西洋史

マリー・アントワネットは本当に悪女だったのか「パンがなければお菓子を食べればいい」の真相

画像 : マリー・アントワネット public domain

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」は、歴史上の悪名高い言葉としてよく知られている。

この発言をしたとされるのがフランス王妃マリー・アントワネット(1755‐1793)であり、彼女は高慢で民衆の痛みを知らない上流階級の象徴のように語られがちである。

当時のフランスはフランス革命前夜で、財政危機や不作、重い税負担によって民衆は飢えに苦しんでいた。
そんな時にこのような発言をしたら、民衆たちの怒りが爆発するのも当然である。

だが、ここで歴史的事実を指摘しておかなければならない。

マリー・アントワネットがこのような発言をした記録はないのだ。

そもそも発言の出所はどこなのか?

画像 : 晩年のルソー public domain

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」、正確には「それならばブリオッシュを食べればいいじゃない(Qu’ils mangent de la brioche)」という言葉は、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーの自伝『告白』に由来するとされる。

同書には、ルソー自身がパンを手に入れられなかった際、「それならばブリオッシュ(菓子パンの一種)を食べればいいじゃない」と言った、ある高貴な姫君の話を思い出す、というエピソードが描かれている。

ただし、その発言者は「ある高貴な姫君」と記されるのみで、具体的に誰であるかは明らかにされていない。
ルソーも実名を挙げておらず、この逸話が実在の誰を指すのかは特定できない。

さらに重要なのは『告白』が第1部6巻と第2部6巻からなる全12巻構成で、このエピソードが登場するのは6巻である点である。この部分は1765年ごろに書かれたと考えられており、刊行はそれより後になる。

その1765年ごろ、マリー・アントワネットはまだ9歳前後で、フランス王家に嫁ぐ前である。
当時はテレジア家のオーストリア皇女として教育を受けていた幼少期であり、婚約者も決まっていなかった。

フランス人哲学者の著書に出てくる「ある高貴な姫君」候補にするには無理があるだろう。

なぜマリーは汚名を着せられたのか?

画像 少女時代のマリー・アントワネット (画:ジャン=エティエンヌ・リオタール) public domain

以上のことから、この発言についてはマリー・アントワネットは冤罪である可能性が極めて高いと考えられる。

しかも彼女は、多少の散財こそあったものの、慈善的な側面もあったとされる。
宮廷儀礼の簡素化を進め、厳冬の際には貧民救済のために自らの楽しみを控えたとも伝えられている。
そうした面を踏まえると、単純に「民衆の苦しみを知らない王妃」とは言い切れない。

では、なぜ彼女は言ってもいない言葉の汚名を着せられたのだろうか。

諸説あるが、その大きな理由の1つとして考えられるのが、彼女がオーストリアから嫁いだ王妃だったことである。

フランスとオーストリアは、17世紀前半からマリーがフランス王家に嫁ぐ1770年までの100年あまりの間に、6度にわたって戦争を繰り返してきた。

三十年戦争の一部(1635年 – 1648年)
仏蘭戦争(1672年 – 1678年)
大同盟戦争(1688年 – 1697年)
スペイン継承戦争(1701年 – 1714年)
ポーランド継承戦争(1733年 – 1735年)
オーストリア継承戦争(1741年 – 1748年)

当時の戦争は、休戦を挟みながら長期に及ぶことが珍しくなかった。極端な例としては、1339年から1453年までイギリスとフランスの間で続いた百年戦争がある。

そうした長い対立の歴史を思えば、オーストリアのハプスブルク家から嫁いできた彼女に対するフランス国民の心証が良かったとは考えにくい。
フランス革命のなかで民衆のスケープゴートとされ、汚名を着せられた可能性は十分にある。

マリー・アントワネットの一般的なイメージといえば「高慢で民衆の痛みを知らない上流階級の悪女」と「革命に散った悲劇のヒロイン」の2つだろう。

実際には後者の方が実情に近く、「スケープゴートにされた悲劇のヒロイン」だったのかもしれない。

参考文献:
出口 汪『名言の真実』Antonia Fraser『Marie Antoinette: The Journey』他
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

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フリーランスエンジニア、WEBライター、インディーズ映画製作者。大学院修了(英文学)後、システム会社に勤務しながらライターを兼業。神谷正倫 名義で親族と共同制作した映画『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の三本が劇場公開された実績あり。仕事でも留学でもなく、純粋な趣味で海外20か国に渡航経験がある。

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