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大阪唯一の村で祝われる楠木正成の誕生日「楠公祭」に行ってみた【千早赤阪村】

大阪唯一の村「千早赤阪村」で生まれたとされる楠木正成(くすのき まさしげ)は、永仁2年(1294)4月25日に生まれたと伝えられています。

ただし、詳細は必ずしも史料で裏付けられているわけではなく、地域に受け継がれてきた伝承のひとつです。

大阪唯一の村の中にある楠木正成誕生地

画像:楠木正成誕生の地 ※筆者撮影

楠木正成が生まれたとされる現在の千早赤阪村では、正成ゆかりの史跡を保存・研究し、文化財の保護と地域文化の振興につなげるため、1974(昭和49)年に千早赤阪楠公史跡保存会が発足しました。

2026年現在は、一般社団法人として活動しています。

画像:楠公誕生地遺跡の説明板 ※筆者撮影

1976(昭和51)年から毎年4月25日を楠木正成の誕生を祝う日として、千早赤阪楠公史跡保存会主催で「楠公祭」が行われています。場所は楠公誕生地遺跡です。

説明板によると、豊臣秀吉が増田長盛(ました ながもり)に整備を命じて土壇を築き、江戸時代に石川総茂(いしかわ ふさしげ)が保護を加えたとされます。

明治に入ると大久保利通がこの地を楠公誕生地として整備し、誕生地の記念碑が建てられたという記録が残っています。

画像:楠公誕生地 ※筆者撮影

(普段の楠公誕生地)

やがて近郷の有志の手によって、1908(明治41)年に楠公誕生地保勝会が組織されて活動を行っていましたが、終戦によって活動が衰退します。

その後、改めて楠公史跡保存会が設立されたという経緯があります。

画像:楠公誕生地 ※筆者撮影

楠公誕生地の隣には、くすのきホールがあります。

ホール建設のタイミングで発掘調査を行った際に建物跡が検出され、出土したものも14世紀(1300年代)と推定されました。

これは正成の時代と一致するため、直接「楠木邸」とは言い切れないものの関連性があるとされています。

午前:2026(令和8)年の楠公祭の様子をレポート

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

つい先日行われた、2026年4月25日午前10時から行われた楠公祭の様子をレポートします。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

楠公誕生地の前にはテントが用意され、すでに多くの出席者の姿がありました。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

誕生地の前に祭壇が設けられています。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭  ※筆者撮影

神職による楠公祭の神事が始まりました。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

次に巫女さんによる神楽が奉納されました。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

巫女さんが手にしているのは刀です。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

南北朝時代の武将の誕生を祝う神事らしく奉納していました。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭 ※筆者撮影

この後、詩吟の奉納、関係者による玉ぐし奉納と続き、主催者からのあいさつが最後にありました。

画像:楠木正成誕生の日 楠公祭  ※筆者撮影

厳かな儀式は終わりましたが、この後、地元の子どもたちによる太鼓の奉納がありました。

大楠公の歌なども披露され、可愛らしい太鼓の奉納が無事に終わりました。

午後:楠木正成を祀った最古の神社の前で太鼓奉納と餅撒き

画像:楠木正成誕生の日 ※筆者撮影

4月25日は午後にも正成誕生をお祝いする行事があります。

場所は建水分神社(たけみくまりじんじゃ)です。

画像:楠木正成誕生の日の春祭 ※筆者撮影

建水分神社の春祭は「くすのきさん」と呼ばれていて、祭典、奉納和太鼓と餅撒きが行われます。

画像:建水分神社説明板 ※筆者撮影

建水分神社の説明です。

創建は西暦92年の十代・崇神天皇(すじんてんのう)と伝わるほど由緒ある神社ですが、楠木正成が幼少のころから神社の氏子として崇敬していた神社(楠木氏の氏神様)です。

1334(建武元)年に後醍醐天皇からの命で、社殿を川下から山の上に遷したと伝わります。

画像:南木神社 ※筆者撮影

建水分神社の境内にある南木(なぎ)神社は、正成が戦死した湊川の戦いの翌年、1337(延元2/建武4)年に、正成をまつる神社として創建。

後村上天皇により「楠木」の名字をもじった南木明神という神号を賜ったと伝わります。

画像:楠木正成誕生の日 和太鼓奉納 ※筆者撮影

南木神社の前の境内には太鼓が設置されています。

通常は一組だけの太鼓奉納ですが、2026年は土曜日ということで5組の和太鼓奉納が行われました。

画像:楠木正成誕生の日 ※筆者撮影

同時に、餅撒き用の祭壇も用意されました。

画像:楠木正成誕生の日奉納太鼓 ※筆者撮影

午後3時からの祭典開始より、1時間前の午後2時から和太鼓の奉納がスタートしました。

画像:楠木正成誕生の日 建水分神社の祭典 ※筆者撮影

午後3時に、宮司を先頭に建水分神社での祭典が始まりました。

画像:楠木正成誕生の日 建水分神社祭典 ※筆者撮影

氏子総代の方々が宮司についていきます。

画像:楠木正成誕生の日 建水分神社の祭典 ※筆者撮影

階段の上に建水分神社の拝殿があり、本殿はさらに階段の上にあります。

画像:楠木正成誕生の日 建水分神社の祭礼  ※筆者撮影

建水分神社での祭典が終わった後は、続いて南木神社に行き祭典が行われました。

画像:楠木正成誕生の日奉納太鼓 ※筆者撮影

祭典が終わったところで太鼓の奉納が再開しました。

太鼓の奉納の最中に少しだけお菓子撒きが行われました。

画像:楠木正成誕生の日 餅撒き※筆者撮影

午後4時に太鼓の奉納が終わり、いよいよ餅撒きです。餅撒きには以下の意味があります。

・餅を撒くことで、災いを追い払う。「厄払い・魔除け」

・豊作や安全を祈る。「神様への感謝・祈願」

・「福」を地域の人々に分けて一緒に祝う「幸福の共有」

画像:楠木正成誕生の日 餅撒き ※筆者撮影

祭壇の上に関係者が上がって餅が撒かれ、みんな一斉に撒かれた餅を拾いました。

画像:楠木正成誕生の日の餅撒きの後 ※筆者撮影

餅撒きが終わると、参列者はそれぞれ手にした餅を持って帰っていきます。

こうして建水分神社の春祭りは無事に終わりました。

地域の人が大切にしている楠木正成の誕生日

画像:楠木正成誕生の日 ※筆者撮影

毎年4月25日に行われている楠木正成の誕生を祝う、大阪唯一の村・千早赤阪村でのふたつの誕生祭、厳粛な中で行われた楠公祭とみんなで楽しく餅を拾う春祭の違いはありましたが、取材を通じて地域の人々が今も大切にしていることが強く伝わりました。

参考文献:
千早赤阪楠公史跡保存会(編)、生駒孝臣(著)尾谷雅比古(著)
「楠木正成 知られざる実像に迫る」批評社
太平記/地元の説明板
文 / 奥河内から情報発信 校正 / 草の実堂編集部

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奥河内から情報発信

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歴史・地域文筆家。国内外問わず歴史が好きなことから様々な時代の歴史の執筆を手掛け、楠木正成や五代友厚などを取り上げた小説の電子書籍を出版している。
2021年に大阪府河内長野市に移住。同年9月から2026年3月まで「奥河内から情報発信」という名でYahoo!ニュースエキスパート地域(河内長野市など)を担当。2026年1月からは自サイト「南河内ニュース」を立ち上げ、主に南河内地域の知られざる、また埋もれた歴史を自ら歩き回って掘り起こしを行いながら、歴史を知らない人でもわかりやすい文章の執筆に心がけている。
知る人ぞ知る南河内ゆかりの人物の歴史小説のコンテストにも何度か応募し最終審査近くまでの実績あり。

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