武田の副大将と呼ばれた 武田信繁
名門武田家は戦国時代、後に「甲斐の虎」と呼ばれた武田信玄ともう1人の血縁者と共に乱世を生き抜いていた。
その血縁者の名前は武田信繁(たけだのぶしげ)、信玄の実弟であり信玄が最も信頼の置く部下でもあった。
そのことから武田の副大将とも呼ばれた信繁の生き様は一体どんなものだったのだろうか。今回は信玄の影に隠れがちな武将、武田信繁の生涯を追ってみたいと思う。
信玄を差し置いて家督継承候補となる
信繁は大永5年(1525)に産まれた。父は武田信虎で信玄とは4歳違いの母が同じ兄弟となる。
信繁は嫡男である信玄よりも信虎に気にいられており、信玄を廃嫡して家督を信繁に譲る気だったと言われている。
しかし、天文10年(1541)に信玄や板垣信方(いたがきのぶかた)、甘利虎泰(あまりとらやす)ら信玄一派によって、信虎は今川領の駿河国へ強制隠居させられた。
信虎に寵愛されていた信繁は信虎について行くことはなく、家督相続して新当主となった信玄の元に残った。信繁は信玄を立て、信玄が元服する際に共に元服を勧められるが、信玄の許可がないと元服しないと決め、許可が出た後に元服している。
そのことからわかるように信繁には野心というものはなく、年長者を敬う孝悌(こうてい)の意識が強く反映されている儒教に大きく影響を受けていたと考えられる。
その後は信玄が行った信濃(現在に長野県)侵攻に補佐役として従軍することになる。
信濃侵攻
武田家第19代当主となった信玄は天文11年(1542)に信濃侵攻を本格化させ、手始めに信虎時代では同盟関係にあった諏訪氏を攻め、当主の諏訪頼重(すわよりしげ)を自害させ、諏訪領を制圧した(桑原城の戦い)。
この時の大将は信繁が任されていたとされており、その後に武田に味方していた諏訪氏の分家、高遠頼継(たかとおよりつぐ)が反乱を起こすも鎮圧した(宮川の戦い)。その時も大将を担っていたとされている。
その後も武田家は着々と信濃を制圧していたが、信濃国北部に勢力を構えていた村上義清と、天文17年(1548)に上田原で対峙することになった(上田原の戦い)。この戦いでは信方や虎泰などの家臣を失い、続く天文19年(1550)では義清の支城・砥石城を攻めるが、大敗を喫してしまう。
翌年には再度義清を攻め、砥石城や葛尾城を攻略し、義清の戦力を低下させることに成功した。その時も信繁は先陣として前線に立ったとされており、武田の副大将と呼ばれるに相違ない勇猛果敢さを轟かせていたと言われる。
窮地に立たされた義清は越後まで落ち延びて、後に「越後の龍」と呼ばれる上杉謙信を頼ることとなった。
川中島の戦い
義清がいなくなった北信濃を侵攻していた武田家は、善光寺まで支配が及んだところで謙信と対峙することになった。
天文22年(1553)に武田軍と上杉軍は川中島(現在の長野県長野市)周辺で戦いを繰り広げていくことになる(川中島の戦い)。
この合戦で両軍は第1次、第2次、第3次と戦いを続けていくが、こう着状態が続いていたため決着には至らなかった。
しかし、永禄4年(1561)の第4次川中島の戦いで戦いは激化していくことになる。
その前の年の永禄元年(1558)には99箇条の家訓を作成し、嫡男の武田信豊に与えている。これは『論語』の他に古代中国古典から引用された内容が多く、信繁の教養の程が窺える。
そして、この家訓は江戸時代では武士の心得として深く浸透していった。
啄木鳥戦法敗れる
第4次川中島の戦いでは妻女山(さいじょさん)に布陣していた上杉軍を別動隊で奇襲し、飛び出てきたところを武田軍本隊が挟撃する啄木鳥戦法(きつつきせんぽう)を山本勘助が考案し実行に移すが、謙信に策は読まれ、別動隊がつく頃には謙信は妻女山を降りており、武田軍本体と上杉軍は八幡原で対峙することになった。
武田軍の先陣を務めていた信繁は上杉軍の猛攻に成すすべなく晒され、義清によって討ち取られ37歳の人生に幕を閉じることになった。
信繁の死は敵味方に衝撃を与え、信玄は信繁の遺体を持って号泣し、謙信からはその死を惜しまれた。
そして、信繁に感銘を受けた真田昌幸(さなだまさゆき)は後に産まれる真田幸村に「信繁」と名付けている。
最後に
最後まで信玄のために忠誠を尽くし、実兄なのにも関わらす臣下として生涯を生きた信繁。
決して年長者の上に立とうとせず、野心を持たなかった信繁は信虎よりも信玄と共に生きていくことを選んだ。それは信虎に見切りをつけていたこともあると思うが、父よりも兄の存在の方が信繁にとって尊敬すべき偉大な存在だと思っていたのかもしれない。
もし、信繁が生きていたら信玄と信玄の嫡男義信の対立は起きなかったかも知れないし、武田家は存命していたかもしれないと考えると、惜しい人ほどすぐ去ってしまう戦国乱世の無情さを思い知れされてしまう。
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