戦国時代

【上杉謙信は女だった?】 上杉謙信女説はどこから来たのか?

上杉謙信女説はどこから来たのか?

戦国時代には多くの逸話があるが、その中でも一風変わった逸話がある。

それは、上杉謙信女説だ。

筆者がこの説を知ったのは、2009年9月に発売された『信長の野望・天道』であり、謙信がゲームの中に女性武将として登場したため非常に驚いた。(コーエーのイラストも美人画で、能力的にも男謙信と変わらないぐらい強い)

今回は、この説がどこから来たのか、はたして信憑性はあるのか探っていきたい。

上杉謙信女説はどこから来た?

上杉謙信女説はどこから来たのか?

画像 : 「芳年武者旡類:弾正少弼上杉謙信入道輝虎(月岡芳年作)」

上杉謙信女説はどこから発生したのか?

答えは、1968年に小説家である八切止夫氏が提唱した仮説にあるようだ。

いくつかの根拠を得た上で女性説の仮説を立て、『読売新聞』の紙面上で発表したことで広まったと考えられる。

ただし、創作と現実の区別がついていないと指摘されており、あやふやな説となっている。

とはいえ、女説を裏付けるような根拠もいくつかあるので簡潔に紹介したい。

上杉謙信女説の根拠について

上杉謙信女説はどこから来たのか?
● ゴンザレス報告書から

スペインのゴンザレスという人物が、日本の調査報告書を国王フェリペ2世宛てに送っている。

具体的には『会津の上杉は叔母が開発した佐渡金山を所有していた』といった内容で、この叔母が謙信のことではないかという解釈である。

● 死因が女性特有のものだった

謙信の死因にはいくつかの説があるが、その中に『大虫』という病気が原因だったとする説がある。

これは江戸時代に書かれた『当代記』に記述があり、『大虫』は更年期に起こる婦人病に該当するという。
男であれば婦人病に罹患することはあり得ない。

● 謙信の筆跡が女性的だった

上杉謙信女説はどこから来たのか?

画像 : 上杉謙信の書状 wiki c AlexHe34

筆跡学によると、書いた人物の性格や心理が分析可能で性別も推測できるとされている。(ただし日本では学問として定義されていない)

謙信による直筆の手紙を分析したところ、どちらかというと女性的であったという。

● 越後の伝承歌が謙信を女性にしていた

越後の伝承歌に「生まれ給いし まんとら(政虎)様は 男も及ばぬ大力無双」というものがあるという。

「男も及ばぬ」というのは、まさに謙信が男ではないという証左である。

● 毎月決まった日に腹痛があった

八切止夫氏は著書の中で「謙信は毎月決まった日に腹痛があった」と伝えている。

この毎月の腹痛は、まさに女性特有の月経である。

● 生涯不犯(しょうがいふぼん)の誓いを立てた

謙信は、生涯不犯(しょうがいふぼん)の誓いを立てている。

これは「死ぬまで一度も女性と夜を共にしない」というものであり、戦国時代では非常に珍しい考え方だ。

跡継ぎが是が非でも求められる時代で、なぜ謙信がこの誓いを立てたのかは疑問視され続けてきた。
実際に謙信は一度も正室も側室も持たず、養子はいたが実子はいなかった。

これが仏教から来る考え方ならば、そもそも殺生をすること自体が矛盾となる。
その矛盾を解決する最もシンプルな方法が、謙信が女性だったという仮説となる。

● 江戸時代に女性の大名が禁止されたから

戦国時代までは、数は少ないが女城主や女領主は存在した。(洞松院、井伊直虎など)

しかし、江戸時代になり幕藩体制となると男系優先主義が貫かれ、江戸時代後期になると過去にあった女性領主の存在まで抹消されていった。

その結果、謙信の出自もできるだけ隠さなければならなくなり、男として語り継ぐ必要があったという仮説である。

上杉謙信女説は都市伝説の類いか?

画像 : 川中島 public domain

上杉謙信女説の根拠をいくつかまとめてきたが、前述したようにこれらの説は信憑性に欠けるとされている。
なぜなら反証がいくつも立てられるからだ。

例えば、謙信は伊勢姫という女性を愛したという。
伊勢姫は謙信の事績を伝える軍記物『松隣夜話』に名前があり、これが事実なら上杉謙信女性説は間違いとなる。

他にも「生涯不犯の誓いは宗教戒律によるものだった」という説もあれば、「男色を好んでいた」という説もあり、「名代家督を守るためにそのように振る舞った」という説もある。

元々謙信は、兄の晴景の嫡男が当主になるための場つなぎ的存在であり、あえて実子を作らないようにしていた。
当主を譲る立場にあった謙信が実子を作ってしまうと問題が多くなるため、あえて生涯不犯の誓いを立てたと考えられる。

スペインで発見された「ゴンザレス報告書」も実在性が疑われている。

このように反証が多くあるため、この上杉謙信女説はあくまでも都市伝説の類いと考えてもらいたい。

参考 : 「当代記」『松隣夜話』他

 

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