三國志

賄賂を要求した役人を滅多打ち!『三国志』の名場面、その犯人は?

落ちぶれていても王族の誇りを忘れず、志に集う仲間たちと共に幾多の困難を乗り越え、ついには漢王朝(蜀漢)を再興する……そんなサクセスストーリーが判官贔屓の心情を誘ってか、中国の歴史小説『三国志演義(さんごくしえんぎ)』の中でも高い人気を集めている主人公・劉備(りゅう び。字は玄徳)。

そんな劉備は王族の末裔だけあって、貧しくても気品にあふれ、めったなことでは怒りや苛立ちを顔に出さない人格者として描かれており、人格者だけど堅物感あふれる関羽(かん う。字は雲長)、そして喜怒哀楽が激しい乱暴者の張飛(ちょう ひ。字は益徳)と、義兄弟三人でキャラクター分けがされています。

劉備

いつも仲良し三兄弟。誰が見ても誰が誰だか判るよう、しっかりとキャラが描き分けられている。

しかし、史実『三国志』に記録された劉備は張飛以上の乱暴者だったそうで、近年では従来の聖人君子よりも荒くれ者として描かれる作品も増えてきました。

今回は、そんな劉備の荒くれエピソードを、史実と創作で比較してみたいと思います。

史実では劉備が犯人だった!賄賂を求めた督郵を……

黄巾賊(こうきんぞく。中国各地で蜂起していた宗教集団)の討伐に武功を上げた劉備ですが、朝廷にコネがなかったため中山国(現:河北省)安熹県の尉(いorじょう。現代なら警察署長クラス)という武功に見合わぬ低い官職を与えられます。

それでも不満を言わず真面目に務めを果たし、善政を布いていた劉備の元へ、督郵(とくゆう。監督官)がやって来ました。

今回は黄巾賊討伐のどさくさで官職にありついた者が、不正や汚職をしていないかチェックする任務を負っていながら、その督郵が「不利な報告をされたくなければ、賄賂を寄越せ」などと言いだす始末。

つくづく世の腐敗、漢王朝の末期を感じさせますが、その後の展開(劉備たちの反応)が史実と小説で大きく異なります。

【三国志演義では】

まずはお馴染み『三国志演義』だと、賄賂を出さねば罪に問われてしまうことを悩む劉備の姿に、居ても立っても居られなくなった張飛が督郵の元へ殴り込み、督郵を吊るし上げてボッコボコに打ち据えてしまいました。
騒ぎを知った劉備は慌てて止めますが、腐敗した政治権力に愛想を尽かして官職を辞し、関羽・張飛と共に立ち去った……という洗練された展開で、聖人君子な劉備と乱暴者な張飛のキャラを引き立て、読者の共感を集めています。

【史実では】

では、その元となった史実『三国志』の劉備はどうだったのかと言うと、賄賂を要求されるまでは同じですが、自ら督郵の元へ乗り込み、杖で200回も打ち据えたと言います。
何かモノを叩いた経験があれば解ると思いますが、軽くスナップを利かせた布団叩きでも40~50回もやればそれなりの運動なのに、遥かに抵抗の大きい人体を200回打ち据えるという行為は、やられる側はもちろん、やる側にしても負担を感じるもので、よほどの執念がそうさせたのでしょう。

劉備

督郵を滅多打ちにする劉備(イメージ)。

ようやく気が済んだ劉備は、官職の印綬(いんじゅ。身分証明の印鑑一式)を吊るされた督郵の首にかけ(突き返して)、やはり義弟二人を連れて立ち去っていきました。

【おまけ・三国志平話】

ちなみに『三国志演義』が世に出るより前、英雄たちの説話をまとめた『三国志平話(さんごくしへいわ)』では、張飛が督郵を打ち据えるどころか首と手足をバラバラに切り刻み、門前に吊るして見せしめにするという衝撃の結末を迎えています。
いくら貪官汚吏(たんかんおり。腐敗した役人)だからと言っても「流石にやり過ぎだろ」感たっぷりな暴挙ですが、理不尽な政治が純粋な暴力によって否定される表現は庶民の鬱屈を少なからず発散し、願望をもって受け入れられたようです。

ところで、どのストーリーをとっても関羽の存在が今一つ霞んでしまっているようですが、これも「安定した人格者」ゆえの貧乏くじと言えるでしょう。

これからも生み出され、愛され続ける「さまざまな劉備」像

その後も「実は乱暴者だった劉備」エピソードは史実『三国志』にチラホラ見られ、創作者の筆によって「張飛の仕業」とされていきますが、乱暴者属性を張飛に集中させることで、キャラ被りを防いだものと考えられます。

(同様の傾向は日本の『義経記』などにも見られ、武蔵坊弁慶の登場によって、それまで荒くれ者だった源義経が乱暴要素を弁慶に譲り、悲劇の貴公子キャラに特化していきました)

劉備

蜀漢の皇帝に上り詰めた劉備。ここまでのプロセスには、まだまだロマンが秘められている(かも)。

しかし、乱暴者が二人いるからと言って必ずしもキャラが被るとは限らず、普段から荒くれている張飛に対して、普段は温厚で見た目も優男っぽいけど、一度キレたら誰よりも恐ろしい……そんな劉備像で描かれる『三国志』物語も、また違ったストーリー展開が楽しめそうです。

模範的な聖人君子でもなければ、絵に描いたような破落戸(ごろつき)でもなく、両極端の絶妙な中間を加減しながら、これからもさまざまな劉備像が生み出され、読者たちによって愛されていくことでしょう。

※参考文献:
立間祥介 訳『三国志演義(上)中国古典文学大系 (26)』平凡社、1968年1月
井波律子 訳『正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)』ちくま学芸文庫、1993年4月
立間祥介 訳『全相三国志平話』潮出版社、2011年3月

アバター画像

角田晶生(つのだ あきお)

投稿者の記事一覧

フリーライター。日本の歴史文化をメインに、時代の行間に血を通わせる文章を心がけております。(ほか不動産・雑学・伝承民俗など)
※お仕事相談は tsunodaakio☆gmail.com ☆→@

このたび日本史専門サイトを立ち上げました。こちらもよろしくお願いします。
時代の隙間をのぞき込む日本史よみものサイト「歴史屋」https://rekishiya.com/

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 張昭 ~孫権と犬猿の仲だった呉の政治家「放火事件にまで発展」
  2. 後宮1万人!? 三国志最後の勝者・司馬炎、知られざる裏の顔
  3. 【三国志最大の悪役】 暴虐の限りを尽くした董卓 ~史実での実像と…
  4. 天才軍師・諸葛亮は本当に「占術や幻術」を使っていたのか? 『奇問…
  5. 【曹操vs袁紹】天下分け目の官渡の戦い
  6. 劉備と関羽の本当の関係 「一緒にいた期間は実は少なかった」
  7. あの「乱世の姦雄」曹操も傷ついた?親友・張邈の裏切りエピソード【…
  8. 【古代中国の四大美人】貂蝉は実在したのか?「色気で呂布と董卓を仲…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【不幸すぎるロイヤルマリッジ】国王に拒まれたキャロライン王妃の悲劇

イギリス王室の歴史には、華やかな戴冠式や壮麗な王宮の陰に、数々の愛憎劇が秘められています。…

ヨーゼフメンゲレ 〜南米に逃亡したナチス狂気の医師

アウシュビッツでの生体実験ヨーゼフメンゲレ は、悪名高きかのアウシュビッツ強制収容所にお…

吉田城へ行ってみた【続日本100名城】

吉田城の歴史吉田城(よしだじょう。愛知県豊橋市今橋町の豊橋公園)がある「吉田」は、東海道53…

台湾人が恐れる小さな吸血鬼〜 小黒蚊 【刺されるとかゆみが何ヶ月も続く恐ろしすぎる蚊】※台湾旅行の際の予防法と対処法

台湾人が恐れる小さな吸血鬼とは?台湾在住の筆者は、何年もこの虫に悩まされている。日本の有…

【全員裸だった】古代オリンピック 〜近代オリンピックとかけ離れた驚異の実体とは

古代オリンピックとは、ギリシャ神話の最高神であるゼウスに捧げるスポーツ祭典である。地中海に面…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP