海外

タピオカミルクティーの創始者は誰か?「発祥地の台湾で10年も裁判が行われていた」

日本でも大流行

タピオカミルクティーの創始者は誰か?

タピオカミルクティー イメージ画像

近年、日本で「タピオカミルクティー」が大流行した。

タピオカミルクティーは台湾発祥のスイーツドリンクである。台湾にはとにかく沢山の飲料店がありタピオカミルクティーにも様々な種類がある。カスタマイズができ甘さや氷の量、トッピングなど自分の好みによって変えることができる。

タピオカの種類も様々である。細長い寒天のようなものや、小さなタピオカもある。
台湾ではタロイモスイーツも有名だが、タロイモの小さな団子が入ったものもある。

台湾では、極小サイズがタピオカで、一般サイズより少し大きめなのは「波霸」と呼ばれている。

この「波霸」は胸の大きい女性を表す形容詞だ。今や死語になっているかと思うが、いわゆる「ボイン」という意味で、ふくよかなタピオカというイメージである。
ベースになっているのも紅茶だけではない。烏龍茶や冬瓜茶などもある。
烏龍茶は紅茶ベースよりもすっきりとしてコクがある。

タピオカミルクティーは台湾人にもやはり愛されている。お年寄りから子供まで大好きだ。

タピオカミルクティーの蓋には「甘い飲み物は健康を害します。無糖を推奨します。」と書いてある。まるでタバコのパッケージのようだ。なぜなら飲料の飲み過ぎで糖尿病になる人が多いからである。ちなみに筆者はMサイズを買ってカロリーを抑えるようにしている。

このように一般庶民に愛される「タピオカミルクティー」であるが、実は「創始者は誰か?」ということで台湾で裁判が行われていたのだ。

誰がタピオカミルクティーの生みの親?

タピオカミルクティーの創始者は誰か?

画像 : 春水堂と翰林茶館のタピオカミルクティー

台湾には「春水堂」という有名な飲料店がある。この店の濃厚な黒糖を使ったタピオカミルクティーは、もはや飲み物ではなく立派なスイーツだ。

この春水堂の商品部だった林秀慧は、1987年3月に台中に飲料店を開店した。そして、たまたまの思いつきで粉圓(タピオカパール)とミルクティーを混ぜて、世界で一杯目のタピオカミルクティーが誕生したと主張する。

もう一店舗は「翰林茶館」というお店である。創始者の涂宗和は1986年に台南に飲料店を開店。街で粉圓(タピオカパール)を見かけ、急にひらめき、初めてタピオカミルクティーを開発したと主張する。

彼の話が真実なら、生みの親は翰林茶館ということになる。

そしてこの2店舗は裁判を始め、なんと10年も続いたのである。

創始者の看板を出せるかどうかは、やはりお店側にとっては大きな問題である。「元祖」という言葉は人の購買意欲を高める。

結論から言うと裁判所の判決は「和解」であった。

タピオカミルクティーは、台湾人はもとより世界中で親しまれる飲み物に成長した。独占販売されるべきものではなく、どの店も販売して良い。創始者は誰かということよりも新しい商品を開発することで、お客様を楽しませることが大切だという結論であった。

そして「これ以上創始者は誰かという問題で争う必要はない」と両店に言い渡したのである。

ネットでも多くの人がその判決に賛成している。創始者は誰かなど誰も気にしておらず、美味しいタピオカミルクティーを飲むことができればそれで良いという意見が多かったのである。

なんともホッコリさせられる判決と言えるのではないだろうか。

 

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 兵馬俑の親指を盗んだアメリカ人 「破損した兵馬俑の価値は450万…
  2. 北朝鮮は台湾有事をどう捉えるか ~米中対立が北朝鮮の「漁夫の利」…
  3. 【クレオパトラの海底神殿発見】アレクサンドリアの探査が注目されて…
  4. 台湾の人気レトロ観光地~ 眷村とは 「かつての国民党軍の宿舎群」…
  5. フィリピンの激安LEDライト付き使い捨てライターの魅力 【現地の…
  6. 「焼酎の歴史」について調べてみた
  7. 2050年までに32の米国の主要都市が「海面上昇」の深刻な危機
  8. なぜチリがワインの名産国になったのか?

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

「喧嘩上等!」数々の事件を起こした幕末の剣豪・上田馬之助

上田馬之助とは上田馬之助(うえだうまのすけ)とは、肥後新田藩・細川家に仕えた藩士で、幕末…

なぜ『古事記』は作られたのか?作成背景とその目的を探る ~古事記の謎

日本の歴史や神話を学ぶとき、必ず出てくるのが『古事記』である。『古事記』は日本最古の…

世界の戦闘民族ヴァイキングについて調べてみた 「曜日やクリスマスツリーの起源だった」

世界には多くの民族が存在する。その中でも特に戦争や戦いの中に民族のアイデンティティを持っている民族が…

共に能力はありながら…天下を獲った秀吉と、北条を滅ぼせなかった太田資正の違いとは

改めて言われるまでもなく、世の中とは実に不条理なもので、善行を積んだからと言って必ずしもよい結果がも…

京都五山の送り火、8月16日じゃないのに夜空に燃えた大文字

現在はお盆の送り火として、8月16日にだけ灯される京都五山の大文字や妙法・舟形。しかし過去に…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP