中国史

始皇帝と呂不韋の関係性とは? ~太后に男をあてがい失脚【漫画キングダムから中国史を学ぼう】

前回の記事「【漫画キングダムから中国史を学ぼう】始皇帝(嬴政)の出生に関する謎にせまる」では、始皇帝(嬴政)の出生に関するエピソードを紹介しました。

呂不韋の謀略によって趙を脱出した嬴政は、父親(荘襄王)の死も重なり、わずか13歳で秦王に即位します。

今回の記事では、13歳で王になった嬴政の「そのあと」を見ていきたいと思います。

呂不韋が政治の実権を握る

始皇帝と呂不韋の関係性とは?

呂不韋 イメージ画像

13歳の少年に国の統治を任せることはやはりできないため、丞相となった呂不韋が政治の実権を握ることになります。

王となった嬴政が自ら政治を行い、中華統一に向けて他国と激しく戦うようになるのは、22歳で元服してからになります。

しかし前段階として、国内にいる敵対者を排除しなくてはいけません。排除するなかには、呂不韋も含まれていました。呂不韋が嬴政の母・趙姫(太后)の愛人だったことが原因です。

嬴政が王に即位し、趙姫が太后になったあとも、呂不韋は密会を続けていました。しかし事実が発覚することを恐れた呂不韋は、嫪毐(ろうあい)という巨根の男を自分の代わりとして太后にあてがいます。

漫画『キングダム』でも登場する嫪毐

漫画『キングダム』でも嫪毐は登場します。ひ弱な性格で、まさに巨根だけが取り柄の人物として描かれています。

巨根の嫪毐に溺れた太后は二人の子どもを産み、嫪毐は領地を治めるまでに出世を果たします。

しかし裏で悪事を働く太后の噂は、嬴政にも耳にも入ります。自身の危険を感じた嫪毐は、太后の名の下に兵を集めて反乱を起こしますが、すぐに鎮圧されます。嫪毐とその一族は皆殺しにされました。

この反乱に太后がどれほど関わっていたのか不明ですが、嫪毐のあいだにできた子どもは嬴政によって殺され、太后は幽閉されます。

始皇帝と呂不韋の関係性とは?

イメージ画像:嫪毐

政治の舞台から退場する呂不韋

呂不韋はどうなったのでしょうか。呂不韋が嫪毐を太后にアテンドしたことが、そもそもの原因になります。秦の法に従えば、連帯責任で呂不韋も処刑されるところです。しかし、これまでの貢献によって減刑され、権力の座から降り、遠い地方で静かに暮らすよう命ぜられます。

自ら作り出した王(嬴政)に背いたことで、呂不韋は失脚したのです。呂不韋は歴史の舞台から退場します。

商人から他国の政治を裏で支配し、国の丞相まで務めた呂不韋はかなりのやり手です。その類稀な実力を嬴政も恐れたのかもしれません。

呂不韋が失脚したあと、嬴政は秦の実権を完全に掌握し、嬴政自らが政治を行う専制システムを固めていきます。

嬴政の暗殺未遂事件

嬴政が中華統一を果たしたのは紀元前221年ですが、その直前に嬴政の暗殺未遂事件が起きています。

嬴政が死ねば、母国を滅亡から救うことができる

こう考えた燕の太子は、荊軻(けいか)という男に嬴政の暗殺を依頼します。荊軻は遊侠の世界に身を投じた人物で、今でいうと暴力団(ヤクザ)になるでしょう。

始皇帝と呂不韋の関係性とは?

画像 : 秦王政(左)を襲撃する荊軻(右) public domain

暗殺を引き受けた荊軻は、嬴政に謁見するため手土産を持っていきました。秦を裏切った将軍の首と、燕が秦に割譲する領土の地図を持って、嬴政と面談しようとしました。

計画通り嬴政に謁見できた荊軻は、地図のなかに隠していた短刀で嬴政に襲いかかります。

しかし最初の一撃は失敗します。謁見をした部屋には、他の官僚や軍人が同席していましたが、武器を持つことが禁じられていたため、誰も荊軻を止めることができません、嬴政は剣を持っていましたが、その剣はとても長かったため、なかなか鞘から抜くことができませんでした。

部屋を逃げ回る嬴政に、1人の家臣がようやく声をかけます。

王よ、背負われよ

嬴政が剣を背負うと、鞘が床にストンと落ち、やっとのことで剣が抜けたのです。嬴政は反撃に転じることができ、家臣たちも一斉に飛びついて荊軻を取り押さえました。

ちなみに秦の遺跡である「兵馬俑公」からは、長さ91センチ余りの大きな青銅の剣が出土しています。嬴政の剣はこの青銅のものより長かったと言われています。

暗殺は失敗しました。

荊軻は切り殺されましたが、この事件は多くの人々に語り継がれ、命を捨てて嬴政に立ち向かった荊軻は英雄として扱われたそうです。

始皇帝と呂不韋の関係性とは?

画像 : 兵馬俑 public domain

呂不韋の失脚からわずか15年で…

嬴政が政治に関わる以前から、秦はすでに強力な軍事力を保持していました。商鞅の変法による改革も成功し、嬴政が王に即位したとき、秦が中華統一を果たすための土台はもうすでに整っていたのです。商鞅の変法に関しては、以前の記事「『意見をいう者は全員処刑』 商鞅の恐怖政治とは? 【漫画キングダムから中国史を学ぼう】」を参照していただけると幸いです。

史実に従えば呂不韋がいなくなったあと、15年ほどで6カ国を滅ぼし、嬴政は中華統一を実現させています。中国全土の広さ、戦いの規模から考えても驚異的なスピードです。

嬴政がどのように他国を平定したのかについては、これから展開される『キングダム』のストーリーに期待しましょう。

現時点(2023年7月11日現在)では、68巻まで発表されていますが、まだ1カ国も滅んでいません。原作者の原泰久先生は「何とか100巻以内には…」とのことですが、ちょっと無理そうです。

※参考文献:浅野典夫『「なぜ?」がわかる世界史 前近代(古代~宗教改革)』学研プラス、2012年5月

 

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村上俊樹

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