どうする家康

【どうする家康】 本能寺の変に“黒幕”はいるのか? 「世界史の法則」から考察する

家康が信長を殺す?

先日放送された「どうする家康」では、衝撃的なラストシーンが描かれました。

徳川家康の口から「信長を殺す」という言葉が飛び出し、ついに「本能寺の変」のカウントダウンが始まったのです。

日本史のなかでも最大のミステリーとされる、本能寺の変。

信長の家臣だった明智光秀の発作的な犯行だったとされていますが、真相はまだ分かっておらず、多くの歴史ファンの好奇心をかき立てるイベントになっています。

そこで今回の記事では、本能寺の変を「世界史の法則」という観点から、考察してみたいと思います。

本能寺の変に“黒幕”はいるのか?

画像:明智光秀の背後には黒幕がいるのか? public domain

改革者は保守派に必ず抹殺される

「世界史の法則」として、新しい時代を切り開いた改革者は保守派によって抹殺され、必ず短期政権に終わります。

古代ローマの礎を築いたカエサルは「元老院」という保守派と対立し、ブルートゥスらによって暗殺されました。

歴史上初めて中華統一を果たした始皇帝も、儒教という保守的な思想にあらがえず、秦はすぐに滅亡しています。

本能寺の変に“黒幕”はいるのか?

画像:ユリウス・カエサル public domain

この法則は、信長にも当てはまります。

旧勢力である室町幕府を崩壊させたり、仏教勢力を焼き討ちしたりと、信長は保守派のグループと激しく対立しています。

こう考えると、やはり本能寺の変を起こした明智光秀の背後に、黒幕(保守派)がいたことは十分にあり得る話です。

それでは次に、具体的な候補を考えていきましょう。さまざまな主張がありますが、有力候補は3つになります。

足利義昭説

まず1人目の候補は、室町幕府15代将軍であり、最後の将軍となった「足利義昭」です。

信長に保護を受ける形で義昭は京都に入り、征夷大将軍になりました。このとき信長と義昭を結びつけたのが、明智光秀であるとも言われています。

しかし最終的には、信長によって義昭は京都から追放されてしまい、室町幕府は崩壊します。

信長に利用されるだけされて、最後は捨てられてしまう」という悲惨な人生を義昭は送ったのです。信長に対する復讐のために、義昭が暗殺を計画したことは十分に考えることができます。

義昭と光秀の関係性を考慮しても、信憑性がある説になります。

本能寺の変に“黒幕”はいるのか?

画像:足利義昭 public domain

天皇説

次の候補は「天皇(朝廷関係者)」です。

イエズス会宣教師のルイス・フロイスによると、信長は日ごろから「私は神になる」と言っていたそうです。

また信長が築いた安土城には、天皇の住まいを模倣した部屋の存在が、発掘調査で分かっています。この目的は天皇を安土城に移住させるためとも言われています。

天皇の移住が実現した場合、天皇の独立性は失われ、天皇と武士の関係が逆転してしまいます。天皇側、つまり保守勢力からすれば、天皇の存在を軽視する信長の存在は許せるはずがありません。そのため暗殺を計画し、光秀を利用したという説です。

宗教勢力説

最後は宗教勢力になります。信長と仏教勢力は血みどろの激しい戦いを繰り広げました。

有名なのが、比叡山延暦寺の焼き討ちや石山本願寺との石山合戦になります。信長は「楽市楽座」や「関所の廃止」を推進し、またキリスト教の布教を容認するなど、寺社勢力が持っていた既得権益を次々と奪っていきました。

戦いに勝利した信長は仏教勢力に対して、最終的には信仰の自由を認めています。しかし、既得権益を奪われて多くの犠牲者を出した仏教勢力から、信長を憎む声が出てきても不思議ではありません。仏教勢力というのも、可能性がとても高い説になります。

またイエズス会という説もあります。明智光秀の娘である細川ガラシャは、キリスト教の洗礼を受けたキリシタンになります。ガラシャが正式に改宗したのは「本能寺の変」のあとですが、小さな頃からキリスト教との接点はあったそうです。光秀がイエズス会と何かしらの関係を持っていた、という指摘もありますが、実際にはよく分かっていません。

画像:比叡山延暦寺の焼き討ち public domain

家康説は無理があるか…

多くの人々が情熱を抱き、さまざまな想像を駆使して考察する「本能寺の変」。

家康の犯行を指摘する説もあるのですが、あまり支持されていません。

もし家康が信長の暗殺に加担していたならば、大坂の堺にいるはずがなく、このあと経験する「伊賀越え」との整合性も取れないからです。

用意周到に準備を進める家康の性格を考えると、家康説はちょっと無理があるかな、というのが個人的な感想です。

色々な説が飛び出す理由は、決定的な証拠や資料が見つかっていないからです。上記で説明した説も、あくまでも「世界史の法則」から考察した「仮説」に過ぎません。

ぜひ今後の研究や新しい資料の発見を待ちたいところです。

短期政権のあとは長期政権

信長の後継者となった豊臣秀吉と徳川家康は、天皇(保守派)との関係性を重視します。秀吉は「関白」に就任し、家康は「征夷大将軍」の位をもらい、江戸幕府は長期政権に成功します。

長期政権の前には新しい時代を準備する改革者が登場し、その改革者は短期政権に終わります。この法則はすべての歴史に当てはまるものです。

カエサルを継いだオクタウィアヌスは、元老院とのバランスを重視し、古代ローマ帝国の「パクス・ロマーナ」を演出します。

秦が滅亡したあと「漢」を成立させた劉邦は、儒学を保護・官学化(国の宗教)し、漢は400年も続く大帝国となりました。

ドラマのなかで「信長を殺す」と言った家康。「本能寺の変」に加担するような形で描かれるのか、また光秀に先を越されてしまうのか、そして伊賀越えは…。

さまざまな可能性が考えるストーリーですが、次回の放送を楽しみに待ちたいと思います。

※参考文献:神野正史『「覇権」で読み解けば世界史がわかる』祥伝社、2020年7月

 

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村上俊樹

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コメント

    • 名無しさん
    • 2023年 7月 17日 4:26pm

    昨日の大河見ました!時代考証の小和田先生たちと私は個人的に絶対か?違うけどこういう風に描きましたか?脚本家と昔の家康の整合性かなでもドラマとしては面白かったです。
    日本最大のミステリー今回はこういう感じにしましたか?でもすごくありだと思います。でも小和田先生たちの本心はちがうのかな?
    NHKに押し切られたのかな?だって信勝と築山殿殺された家康が復習、一番べたなんだけど今まで大河ではない展開、しかも信長にばれるは新しいのも?最近、言われている穴山梅雪が信玄を裏切った説と家康とを掛け合わせた面白い展開に来ました

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