北欧神話に語り継がれる伝説の王、ラグナル・ロズブローク。
彼はヴァイキングを率いてフランスやイギリスに度重なる災厄をもたらし、一方で竜退治の英雄譚に彩られた人生を送りました。
猛々しくも悲劇的な彼の生涯、そして彼の家族がどのような人物であったのか、その史実と伝説の狭間に迫ります。
英雄ラグナルの存在を伝えた北欧神話とは
北欧神話とは、北ヨーロッパ地域、特にスカンディナビア半島からアイスランド、デンマーク、ドイツに至るまでの広範囲に伝わる神話体系です。
北欧神話に描かれる神々の猛々しさや終末思想は、北方の厳しい自然環境を反映しているといえるでしょう。
この北欧神話には、二つの主な原典があります。
一つは、9世紀から13世紀にかけて主にアイスランドで編纂され、詩の形式でまとめられた『エッダ』です。
『エッダ』には「古エッダ」と「新エッダ」があり、いずれも神々の物語を中心にしています。
もう一つは、12世紀から14世紀頃にアイスランドで発展した散文形式の長編物語『サガ』です。
『エッダ』が神々の物語を扱うのに対し、『サガ』は歴史的な出来事や人物を主題としています。『サガ』は、「王のサガ」「アイスランド人のサガ」「宗教的サガ」、そして今回取り上げるラグナルが登場する「伝説的サガ」の4つのジャンルに大別されます。
「伝説的サガ」には、ゲルマン民族の英雄たちが描かれており、後の様々な文学にも影響を与えることになります。現代の私たちがラグナルの物語や歴史を知るときに、どこかファンタジーのような要素を感じるのはそのためです。
荒ぶる巨大な竜を退治する青年ラグナル
伝説的サガに分類される『ラグナル・ロズブロークのサガ』によると、ヴァイキング王シグルド・リングの息子であるラグナルは、大きく並ぶ者がいないほど屈強な戦士でした。
ある時、若きラグナルの元に、スウェーデンの王が巨大な竜の悪行に困り果てており、これを退治できる者を探しているとの話が舞い込みました。この竜は一食ごとに牡牛を一頭喰らう程の巨大さでした。
そこでラグナルは、夜も明けきらないうちにたった一人で竜の元に乗り込み、大きな槍の一突きで見事に竜を退治しました。
翌朝、人々が目にしたのはいつの間にか退治され息絶えた竜でした。そして「一夜のうちにして巨大な竜を倒した者は誰か?」と人探しが始まりました。
手がかりは竜に刺さったままの巨大な槍先です。普通の人間なら扱うことすらできないこの大きな槍先には、それにふさわしい槍の柄が必要なはずです。スウェーデン王は苦心の末、その槍の柄を持っていた男ラグナルを見つけ出しました。
ラグナルの強さに感銘を受けたスウェーデン王は、彼に報酬として黄金と姫君を与えたのです。
ラグナルの妻も個性的
ところがこれに激怒したのが、ラグナルの妻アスラウグです。
アスラウグもまた伝説的な人物であり、竜の一種であるファフニールを倒したジークフリートを父に、王女ブリュンヒルドを母に持つ由緒正しい生まれの女性です。
しかし、故あって彼女は幼少期に竪琴の中に身を隠して旅をし、その後も養父母によって貧しい生活を強いられながら成長しました。
そんなアスラウグは、ある日、船を接岸させに来た船団の長であるラグナルと出会います。ラグナルは彼女の美しさと賢さに魅了され、二人は結ばれました。しかし、貧しい身なりをしていたアスラウグとラグナルの結婚は、周囲から身分違いと見なされ歓迎されませんでした。
ラグナルはそのため、アスラウグと別れ、スウェーデン王の申し出を受けて王女を娶ろうと考えたのです。これに対してアスラウグは激しく怒り、自らの身分を明かしました。そして、竜殺しの父を持つ証拠として「蛇の目を持つ子を産む」と宣言し、その通りに男児を出産します。これにより、ラグナルはアスラウグとの離婚を断念せざるを得ませんでした。
しかし、アスラウグの怒りは収まらず、彼女はラグナルの前妻の子たちと共にスウェーデンに攻め込み、復讐を果たします。
ちなみに、この時に生まれた蛇の目を持つ子、すなわちジークフリートの血筋こそが、後のノルウェー王ハラルド美髪王や、デンマーク王ハラルド青歯王へと繋がっていくとサガは伝えています。
ヨーロッパを恐怖に陥れたヴァイキングの正体か?
ラグナルの存在は半ば伝説的であるため、複数の人物が組み合わさってできたのではないかという説があります。
しかし、史実の中で際立った人物と同一視する説も存在します。
特に9世紀に起きたヴァイキングによるパリの包囲は、その象徴的な出来事です。
845年3月、120隻ものヴァイキング船がセーヌ川に侵入し、パリを包囲しました。この時のヴァイキングの長の名が「レギンヘルス」または「ラグナル」と記録されているのです。
当時の西フランク王シャルル2世は反撃を試みますが、内戦の影響もあってパリはヴァイキングによって占領され、多大な貢納金を支払うことでようやくヴァイキングの退去にこぎつけることができたのです。
壮絶な最期と息子たちによる復讐
その後、神話におけるラグナルは、イングランドのノーサンブリア王国にまでその手を伸ばします。
しかし、この時のラグナルは慢心し、妻アスラウグの忠告を無視してたった2隻の商船で侵攻を試みました。そして船は難破し、ラグナルは捕虜となってしまいます。
捕らえられたラグナルは、蛇で満たされた牢に投げ込まれますが、妻アスラウグが編んだどんな武器も通さない服を着ていたため、蛇の噛みつきに耐えました。
しかし、最終的にはその服も剥がされ、ラグナルは「老いた猪がどれほど苦しんだのかを知ったら、若き猪たちは唸りを上げるだろう」という言葉を残して絶命したのです。
この不気味な言葉通り、ラグナルの死を知った息子たちは復讐を誓い、大異教軍を編成してイングランドに攻め込みました。
長兄イーヴァルは、狡猾な戦略で父の仇エッラ王を捕らえ、生きたまま背中を切り裂き肺を取り出す「血鷲の刑」で処刑します。
【ヴァイキングのおぞましい処刑法】 血の鷲とは ~高貴な身分の者だけが狙われる
https://kusanomido.com/study/history/western/79722/
こうして、ラグナルの復讐が成し遂げられたのです。
おわりに
ラグナル、そして彼の妻や息子たちの物語は、荒々しくも人間臭く、厳しい自然や戦いから逃げることが許されなかった時代への畏怖を感じさせます。
現代人がなお、繰り返しヴァイキングの物語やイメージを紐解こうとするのも、厳しい時代を懸命に生き抜いたヴァイキングたちのたくましさへの憧憬が原動力なのかもしれません。
参考文献 :
ゼロからわかる英雄伝説 ヨーロッパ中世~近世編 かみゆ歴史編集部 (著)
北欧神話の教科書: 西洋文化への理解も深まる シリーズ魅力溢れる北欧神話の世界 第1巻 日下晃 (著)
この記事へのコメントはありません。