西洋史

中世ヨーロッパの迷信的な治療法 「トレパネーション、水銀風呂、ミイラの粉」

医療は人類の歴史とともに進化してきましたが、その過程には、現代では信じられないような医療行為や治療法が数多く存在していました。

西洋も例外ではなく、科学的知識が乏しかった時代には、病気の原因が誤解され、迷信や非科学的な治療が行われていました。

今回は、西洋の歴史を振り返りつつ、現代ではあり得ない治療行為をいくつか紹介していきます。(※本稿は医学的な解説を目的としたものではありません)

古代ギリシャとローマの体液説

中世ヨーロッパの迷信的な治療法

画像 : コス島のヒポクラテス public domain

西洋医学の基盤は、古代ギリシャの医師ヒポクラテスに由来します。

ヒポクラテスは、「体液説(ヒポクラテス理論)」と呼ばれる医学理論を提唱し、人体の健康は、4つの体液(血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液)のバランスによって保たれると信じていました。病気は、この体液のバランスが崩れることで発生すると考えられていたため、医師たちは体液のバランスを回復させるための治療を行ったのです。

体液説に基づいた治療法の中でも、特に有名なのが「瀉血(しゃけつ)療法」です。
瀉血は、体内に「悪い血液」が溜まっていると考え、患者から血液を抜き取ることで病気を治そうというものでした。
当時の医者たちは、特定の症状に対して瀉血が効果的だと信じ、腕や首などから大量の血液を抜いたのです。

しかし、瀉血は現代の視点では非常に危険な行為であり、感染症のリスクや、貧血、さらには命を落とす可能性さえありました。実際に、瀉血による過度な出血で命を落とすケースも多く、現代ではまったく受け入れられない治療法です。

それにもかかわらず、瀉血療法は中世ヨーロッパを通じて広く行われ、19世紀初頭まで主流の治療法の一つでした。

中世ヨーロッパの迷信的治療法

中世ヨーロッパにおける医学は、キリスト教の影響下にあり、科学的な理解よりも宗教的な信仰や迷信が大きな役割を果たしていました。

病気はしばしば「神の罰」や「悪霊の仕業」として解釈され、それに対応するための治療も非常に非科学的だったのです。

画像 : 18世紀フランスにおける頭部穿孔手術の図 public domain

トレパネーション(頭蓋骨穿孔術)

中世において行われていた奇妙な医療行為のひとつが、トレパネーションです。

これは、患者の頭蓋骨に穴を開ける治療法で、主に頭痛や精神疾患、さらには悪霊を追い払うために行われました。医師たちは「頭蓋骨に穴を開けることで悪霊が体外に逃げ出す」と信じていたのです。

トレパネーションは、紀元前から行われていた治療法ですが、中世においてもその伝統は続きました。
このような手法は、感染症や出血多量のリスクが高く、極めて危険な行為でした。

魔女裁判に基づく治療

画像 : 魔女狩り public domain

中世ヨーロッパでは、病気や精神障害の原因が「魔女」や「悪魔の仕業」とされることがありました。

特に疫病が蔓延した際には、村や町で「魔女」とされる女性が罪に問われ、裁判にかけられたのです。

魔女狩りの過程では拷問が行われたり、死刑にされることも多くありました。こうした行為は、病気を治すためというよりも、人々の恐怖や迷信に基づくものであり、非人道的な行為でした。

ルネサンス時代の進化と新たな誤解

15世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパではルネサンスによって学問や芸術が大きく進化し、医学も新たな転換点を迎えます。

人体解剖が進み、アンドレアス・ヴェサリウスの『人体構造論』などの画期的な著作が登場することで、人体の正確な構造が明らかにされます。しかし、この時代においても依然として奇妙な治療法が存在していました。

画像 : 水銀蒸気を吸入したり、液体の水銀に体を浸したりする治療法 ※草の実堂作成

水銀を用いた治療

ルネサンス時代の代表的な誤解の一つが、水銀を用いた治療です。

特に梅毒の治療において、水銀が「万能薬」として使用されていました。
梅毒にかかった患者は、水銀を飲んだり、蒸気として吸引する治療を受けていましたが、これは非常に危険であり、多くの患者が水銀中毒に苦しむ結果となりました。

水銀は毒性が高く、長期的に摂取すると神経系にダメージを与え、最終的には死に至ることが多かったため、現在ではまったく使われていません。

ミイラの粉

ルネサンス期には、ミイラを粉にして薬として用いる「ミイラの粉」という治療法も存在しました。

これは、古代エジプトのミイラが特別な力を持つと信じられていたためで、貴族や富裕層が健康や若さを保つために摂取していたのです。しかし、これも科学的根拠に欠ける迷信的な行為であり、現代の視点から見ると非常に奇妙な治療法です。

近世の奇抜な治療法

画像 : 電気ショック療法 ※草の実堂作成

19世紀には、細菌学や解剖学の進展により、医学は大きな進化を遂げました。

ルイ・パスツールやロバート・コッホが、病気の原因として細菌やウイルスの存在を明らかにし、感染症の理解が深まりました。しかし、この時期においても、奇抜な治療法が提案されることがありました。

19世紀後半、電気が発見されると、多くの医師や発明家が電気を使った治療法を提案しました。
「電気が人間の体に活力を与え、あらゆる病気を治療できる」と信じられ「電気ショック療法」や「電気バス」といった治療法が登場したのです。

精神疾患や神経障害の治療に使われた電気ショック療法は、電気を流すことで患者の状態を改善させると考えられていましたが、効果は限定的で、患者に苦痛を与えることも多かったのです。

おわりに

西洋医学は、科学の進歩とともに発展してきましたが、その歴史には、現在では考えられないような治療法が数多く存在していました。

しかし、これらの試行錯誤が積み重なった結果、今日の医学が形作られたともいえます。

過去を振り返ることで、現代の医療技術がいかに重要であるかを再確認し、さらなる進展にも期待を寄せることができるでしょう。

参考 : 『MEDIEVAL MEDICINE』他

 

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