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1992年9月、2歳まで実父から性的虐待を受け、6歳で養父母と実弟の刺殺を計画したソシオパス美少女、ベス・トーマスのドキュメンタリー番組『チャイルド・オブ・レイジ(怒りの子):虐待の物語』がアメリカの放送局CBSで放送され、全米に衝撃を与えた。
児童養護施設に保護されたべスが2歳まで父親から暴行を受け続けていたことも驚愕だが、生後7ヶ月だった弟のジョナサンは四六時中ベッドに放置されていたため、後頭部が平らに変形し自力で頭を持ち上げることもできない状態だったという。
彼女たちの母親は、ベスが1歳の時、肺炎で他界していた。
妻を亡くしたベスの父親はアルコール依存症に陥り、ベスと弟ジョナサンはともにネグレクト(育児放棄)と虐待をされ、心に深い傷を残すことになったのだった。
劣悪な環境から保護されたベスとジョナサンは、牧師のティム・テナントとその妻によって里子として引き取られた。
しかしテナント夫妻は、ベスたちが実父から受けていた悲惨な虐待の事実を知らされていなかったという。
目次
ベスの異常すぎる行動
里親のもとで新しい生活をスタートさせたベスだったが、ある時から異常行動が露呈し始める。
嘘をつく、物を盗む、自傷行為などの行動も見られ、次第に飼い犬への拷問や、巣に帰ろうとするひな鳥を殺めるなど動物虐待も行うようになった。
さらに、義理の祖父を誘惑しているところを周囲の大人に止められたり、弟ジョナサンに重症を負わせ、養父母が病院にかつぎこんだこともあった。
極めつけは、養父母のテナント夫妻と弟ジョナサンを、夜中に包丁で刺殺する計画を立てていたことも明らかになった。
テナント夫妻は身の安全を守るため、夜間はやむなくベスを部屋に閉じ込める措置を取ったという。
CBSのドキュメンタリー番組『チャイルド・オブ・レイジ(怒りの子)』では、当時6歳のベスが無表情で
「夜中に寝ている養父母と弟を殺そうと思っている」
と精神科医に告げる光景が放送され、視聴者を震撼させた。
ベスが患った3つの障害
養父母のテナント夫妻はこれらの事態を重く受け止め、ベスを児童精神科に受診させることにした。
ベスは当初、医師に対し良い子を演じて問題がないことを印象づけようとしたが、大人には通用せず、「性的虐待後遺症」「反応性愛着障害(Reactive Attachment Disorder: RAD)」「ソシオパス」と診断された。
医師の診断によってベスの障害の深刻さを理解した養父母のテナント夫妻は、彼女を根本から救うべく児童をケアする特別施設に送ることを決意する。
ベスは専門家によるケアとセラピーを何年にもわたって受け続け、この3つの障害に対して正面から向き合い治療することになった。
「ソシオパス」と「サイコパス」の気質と行動の違い
ベスが診断された「ソシオパス」は病気ではなく気質を示し、社会的には「サイコパス」と混同されやすい。
「ソシオパス」と「サイコパス」には、「他者への共感性の異常な欠如」という共通点がある。
しかし、ソシオパスは「幼少期のトラウマや虐待など環境的な経験が原因で、後天的に起こりやすい」のに対し、サイコパスは「先天的な遺伝的要因や生物学的要因が強く影響している」とされている。
ソシオパスの特徴
「衝動的な行動」
しばしば衝動的に行動し、短期的な快楽や目先の利益を優先する。このため、計画性に欠ける行動を取りがちである。「対人関係の不安定さ」
人間関係は不安定であり、深い信頼関係を築くことが難しい。感情の起伏が激しく、対人関係においてトラブルが多い。「共感の欠如」
自分の感情や苦痛には敏感だが、他者の感情や苦痛への共感に欠けることが多く、自分の行動が他者に与える影響をあまり考えられない、「治療効果」
環境要因が強いため、適切なセラピーやカウンセリングが効果を発揮することがある。とくに、幼少期からの早期介入が重要であるといわれている、
サイコパスの特徴
「計画的な行動」
目標達成のために冷静に長期的な計画を立て、その計画に従って行動する。「対人操作」
他者を操作する能力が高く、表面的には魅力的であることが多い。このため社会的に成功しているケースも少なくない。「感情の欠如」
自分の感情を自身から切り離しているため、他者の感情に対する理解や共感も著しく欠如する。これにより、冷酷で無情な行動を取ることができる。「治療効果」
治療は困難とされているが、認知行動療法などが一部のケースで効果を示すことがある。社会的な規範やルールを学ぶことで、行動のコントロールがある程度可能になる場合もある、
ベスはどうやって回復していったのか?
ベスが患っていた3つ目の「反応性愛着障害(RAD)」は、幼少期の重大なネグレクトや虐待などに起因する深刻な精神障害である。
他人と健全な愛着関係を形成することが難しく、極端な不安と警戒心、攻撃性、他者への信頼と共感性の欠如などの症状を示すという。
ベスの異常行動の数々は深刻なトラウマの表れであり、原因は生後2年の間に受け続けた実父からの虐待や、ネグレクトであることは明白だった。
ベスは3つの障害を治療するプロセスのなかで、その後の人生にポジティブな影響を与えることになる2人の女性と出会う。
児童精神科の分野で豊富な経験を持ち、愛着障害やトラウマの治療に精通したセラピスト、コネル・ワトキンスと、テナント夫妻の次にベスの里親となったナンシー・トーマスである。
コネル・ワトキンスの光と闇
愛着障害の専門家のコネル・ワトキンスは、長期間にわたる徹底的な治療を施した。
するとベスは少しずつ他者との信頼関係を築く能力を身につけ、自らの意志で自己制御ができるまでに回復したという。
自傷行為をやめ、弟ジョナサンに対する虐待も心から反省できるようになったのだ。
コネルによるベスへの治療と回復のプロセスは、反応性愛着障害(RAD)の治療成功事例としてアメリカで広く認知され、同様の問題を抱える子どもたちへの治療法の発展に大きな影響を与えることになった。
ところが、ベスが回復してから数年後の2000年。
コネルは、コロラド州で反応性愛着障害(RAD)を患っていた当時10歳の少女キャンディスに施した「再出産療法」によって、彼女を窒息死させてしまったのである。
「再出産療法」とは、健全な愛着関係を形成するために誕生前に子宮にいた状態をシミュレートし、「生まれ出る感覚」を体験するという画期的なセラピー手法であった。
子どもを毛布に包んで少しずつ圧力をかけ、生まれ出る感覚を体験することで、慢性的な恐怖心を安心感に変容させるというものである。
キャンディスは繰り返し「苦しい、息ができない」と訴えたがコネルらはセラピーを続け、約70分後、キャンディスは意識を失い窒息死してしまった。
コネルとセラピストらは、キャンディスの死に関与したとして過失致死罪で有罪判決を受け、16年の懲役刑を言い渡された。
キャンディスの死により、「再出産療法」は紙一重の危険性と非倫理性を批判され、多くの州で禁止されることになったが、ベス・トーマスがこのセラピー手法で劇的な回復を見せたのもまた事実であった。
二番目の養母、ナンシー・トーマス
ベスは、コネルのセラピーを受診し始めたのと同時期にテナント夫妻のもとを離れ、愛着障害の専門家であったナンシー・トーマスの養子となった。
ナンシーは、ベスのように虐待によって不安定になった子どもたちを100人以上育ててきた実績があった。
ナンシーの養育アプローチは愛情と厳格さを兼ね備えたもので、ベスに安定した環境と一貫したルールを提供しながら深い愛情を注ぎ続けた。
こうしてベスは、何年にもわたるナンシーのセラピーにより異常行動が抑えられるようになり、他者へ愛情を示したり愛情を受けることを学んでいった。
そして、価値のある一人の人間として、信頼を得られるようになっていったのである。
ベスのその後
その後、ベスは公立学校に通い、友だちを作り、教会で賛美歌を朗らかに歌えるようにまで健全に成長し、現在は結婚してアリゾナ州で看護師として働く傍らセラピストとしても活躍している。
さらに、養母ナンシーとの共同執筆で書籍『More Than A Thread of Hope (希望の糸以上のもの) 』を発表。
「反応性愛着障害 (RAD)」の子どもを養育する家族を支援する会社『Families by Design』もアメリカに設立している。
ナンシーは、現在のベスを「彼女はいまや怒り狂う少女ではなく、受賞歴のある正看護師であり、素晴らしい講演者に成長した」とコメントしている。
過去のつらい経験を乗り越えたベスは、ナンシーと数々のサポーターによる愛と献身により、新たな人生を築き上げることに成功した。
また、虐待された被害者が適切な治療と支援を受けることで回復できるという希望を全世界にもたらすことになったのだ。
参考 :
Practical Psychology『Beth Thomas – Child Of Rage』
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