自然&動物

「フジツボが海老の仲間?」意外と知らない珍妙な甲殻類の世界

画像 : 美味しそうな甘エビ 写真AC cc0

エビやカニは、昔から私たちにとってごちそうである。

これらの海の幸は「甲殻類」と呼ばれる節足動物の仲間に分類される。
しかし、甲殻類といってもその範囲は広く、姿や暮らしぶりは実にさまざまである。

今回は、そんな多彩な甲殻類の世界を少し覗いてみよう。

甲殻類の基本情報

画像 : エビのノープリウス public domain

甲殻類とは、その名のとおり硬い殻に覆われた生き物の仲間である。

体は頭部・胸部・腹部に分かれ、ふつう二対、計四本の触角をもつ。

ただし例外も多く、種類によっては驚くほど複雑な体のつくりをしているものもある。

すべての甲殻類に共通する特徴のひとつが、幼生期に「ノープリウス」と呼ばれるプランクトンの姿で過ごすことだ。

この小さな幼生が何度も変態をくり返し、やがて私たちにおなじみのエビやカニの姿へと成長していく。

陸生の甲殻類

画像 : ダンゴムシ イラストAC cc0

甲殻類の多くは水中で暮らしているが、中には陸地に適応した種もいる。

その代表といえるのが、私たちにとって身近な存在であるダンゴムシだ。

意外に思われるかもしれないが、ダンゴムシもエビやカニの仲間にあたる。
触角は一対しか見えないが、もう一対は退化しており、外から確認するのは難しい。

もう一種、陸上の甲殻類として忘れてはならないのが、フナムシである。

海辺の岩のすき間やテトラポッドをすばやく走り回るその姿は、しばしばゴキブリを連想させる。
そのため嫌われることも多いが、釣り人にとっては貴重な天然のエサとして重宝されている。

これらの陸生甲殻類は、孵化したときから成体を小さくしたような姿をしており、一見すると幼生期(ノープリウス期)を経ていないように見える。

しかし実際には、卵の中でノープリウス期を過ごしており、ある程度成長してから孵化するため、そう見えるにすぎない。

なお、エビやカニも同様に、孵化直後はすでに「ゾエア」と呼ばれる段階に達している。

岩盤などに張り付くタイプ

画像 : 貝殻に固着したフジツボ pixabay cc0

フジツボといえば、岩や船底などにびっしりと張り付き、貝のようにも見える生き物である。

だが意外なことに、このフジツボもれっきとした甲殻類に分類される。
幼生のあいだは海中を泳ぎ回るが、成長すると岩などに固着して変態し、堅い殻をつくる。

殻を取り除いてみると、内部には多数の脚をもつ小さな体があり、その脚を水中へ伸ばしてプランクトンを捕らえている。

この脚は「蔓脚(まんきゃく)」と呼ばれ、蔓脚類と総称されるグループの特徴である。

画像 : カメノテの中身。貝にしか見えない 写真AC cc0

蔓脚類には、フジツボのほかに「カメノテ」と呼ばれる種も知られている。

その名のとおり亀の手のような外殻をもつが、中身は甲殻類特有の柔らかな体をしている。

エビやカニとはまるで異なる姿をもちながら、同じ仲間に属するという事実は、甲殻類という分類の奥深さを感じさせる。

カメノテは食材としても珍重され、磯の香りと甲殻類らしい旨味を併せもつことで知られている。

もう一種、蔓脚類の中でも特に興味深い存在がエボシガイである。

烏帽子の形に似た殻をもつことからこの名がついたが、貝ではなく甲殻類に属する。

流木や船底などに群れを成して固着し、その独特の姿から奇妙な印象を与えることもある。

画像 : エボシガイから生まれる鴈の絵 public domain

このエボシガイには、かつてヨーロッパで奇妙な伝承があった。

人々はその姿から「鳥を生み出す貝」と信じ、海鳥のガンがここから生まれると考えたのである。

もちろん、現代の生物学ではあり得ないことだが、まだ自然の仕組みが十分に理解されていなかった時代には、このような信仰が真実として受け入れられていたのである。

(※関連:「鳥を生み出す貝」伝説の紹介:https://kusanomido.com/study/fushigi/story/104705/

他の生物に寄生するタイプ

甲殻類の中には、他の生物の体に寄生して生きるという、特異な進化を遂げたものもいる。

その代表がフクロムシである。

画像 : フクロムシの雄と雌。特に雌は、この世のものとは思えない姿をしている public domain

フクロムシはフジツボやカメノテに近い仲間だが、その姿はそれらをはるかに超えて異様だ。

雌は「エキステルナ」と呼ばれる袋状の体から無数の管状組織「インテルナ」を伸ばし、宿主の体内へと入り込む。

一方、雄は肉眼ではほとんど見えないほど小さく、雌の体内に入り込み、やがて精子をつくるだけの細胞群に変化する。

フクロムシの幼生はまず「ノープリウス」として生まれ、やがて「キプリス」と呼ばれる段階に成長する。

雌のキプリスは水中を漂いながらカニなどの宿主を探し、見つけるとその体表に付着して変態をはじめる。
成長するにつれ、宿主の体内にインテルナを張り巡らせ、外側にはエキステルナが形成される。

この状態になると、宿主の行動や生殖機能はフクロムシに支配され、まるで寄生者のために生きるかのようになる。

やがて雌の体内で受精が行われると、多数の卵がつくられ、宿主の体に守られながら成長していく。
卵が孵化すると、宿主はその小さな命を放つかのように、幼生を海へと放出する。

その姿はまるで、寄生者と宿主の境界が消え去ったひとつの生命体のようでもある。

一方、雄のフクロムシもキプリスと化し水中を漂い、雌を見つけると、エキステルナからその体内へと侵入する。

雄は雌の体内で変態を続け、最後には生物としての機能を完全に捨て去り、精子を生み出すだけの細胞の塊へと変容する。
そしてエキステルナ内部で受精が行われ、大量の卵が生み出される。

宿主はフクロムシに操られるがまま、まるで我が子のように卵を大事に育てるという。

やがて卵は孵化し、去勢された宿主は、偽物の我が子の旅立ちを見送るのである。

参考 : 『学習科学図鑑 貝・水の動物』『甲殻類学 エビ・カニとその仲間の世界』他
文 / 草の実堂編集部

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 「バカついてる」って何?山梨県では“アレ”の呼び名が個性的すぎる…
  2. 象への虐待について調べてみた 「タイやインドの観光の陰」
  3. 台湾で起こったクジラ爆発事件 「悪臭が数ヶ月続く」
  4. 『1万年前に絶滅したオオカミが復活?』DNA操作で生まれたダイア…
  5. 世界で一番長生きな昆虫について調べてみた
  6. 本当は危険な地名 【危ない漢字が天災のリスクを知らせる】
  7. イングランドで愛される犬と猫たち【公務員として働く猫】
  8. アメリカバッファロー激減の歴史 【なぜ6千万頭から500頭まで減…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【近代イギリス長編小説の頂点】ジェーン・オースティンの生涯

ジェーン・オースティンとはジェーン・オースティン(1775~1817)は、イギリスの小説…

徳川幕府が恐れた猛将・明石全登【戦場から消えた謎多きキリシタン武将】

明石全登とは明石全登(※あかし ぜんとう/たけのり/てるずみ~など読みは他説あり)は宇喜…

【50年以上燃え続ける灼熱の絶景】ダルヴァザの地獄の門とは 〜有毒ガスが噴き出す巨大クレーター

中央アジア南西部に位置するトルクメニスタンには、「地獄の門」と呼ばれるメタンガスが湧き出る巨…

イメージトレーニング【漫画~キヒロの青春】㉒

ゲーハーはなんてことない日常の中でも色々苦労が絶えません。シンプルな美し…

ディエンビエンフーの戦い 「フランス外人部隊最大の激戦」

※フランス外人部隊創設以来、180年に及ぶ歴史の中で、のべ60万人以上が軍務についた…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP