古代文明

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

古代のファッション文化は、今でも受け継がれているものが多い。

今回は西洋文明の発信地である、古代ギリシャのファッションを取り上げてみたいと思う。

古代ギリシャとは

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

古代ギリシアの象徴、アテナイのアクロポリス wiki c Harrieta171

古代ギリシャは、紀元前700年頃から140年ごろまでにエーゲ海を中心としたギリシャ世界で発達した文明である。

当時は国家という概念はなく、都市を中心とした都市国家(ポリス)を形成し、都市国家ごとに文化や思想の違いがあった。

古代ギリシャのファッション

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

プラトン時代のアカデメイアを描いたモザイク画。

ギリシャのファッションは男女で大きな違いはなく、身体に布一枚を巻き付けてピンなどで止めて落ちないようにしていた。
ギリシャの気候は温暖で、夏場では30度を超える日もあり、冬でも10度前後のようで基本的に薄着である。

初期の頃の素材はウールを使用していたが後半になるにつれて亜麻布が使われる事が多くなり、中国からシルクがもたらされることでウールは主に外套(上着)に使用される事が多くなったようだ。

民主主義の発達したギリシャ世界では、王や貴族などと一般庶民のファッションの差は素材の違いくらいで、他にはあまり違いはない。
生地を染める際にも庶民は白色の物が多いが、王族や貴族はサフランや貝紫などの非常に高価な染料を使用していた。
カラフルな色合いの服が身分の高さの象徴であった。

古代ギリシアの男性は、はじめ長方形のウール布を右肩を露出して体に巻きつけていた。この着方はエクソミス(肩を出す)と呼ばれ、男性の基本的な服装であった。

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

エクソミス服とクラミュスという短いマントを着込み、ピレウス帽を被ったオデュッセウスの像

身分が高い者や礼装には丈の長い衣装を着て、羊飼いや軍人と云った運動量の多いものは短い衣装を着た。

女子の衣服はかつてはドーリア人が持ち込んだウールの一枚布であり、これをペプロスと呼んだ。

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

ペプロスを着用した女性の像

アルカイック期に入ると、イオニア人が東方から流入した亜麻の優美な衣装を持ちこみ、亜麻で作られたペプロスはキトンと呼ばれ、ギリシア全土を席巻した。

女性のキトンの着付け方は

1・ドーリア式
2・イオニア式

の2種類があった。

ドーリア式とは上端を折り返して体に巻きつけ、両肩を留めて腰に帯を締める着方。

イオニア式とは腕を出す穴を残して脇が縫われた二枚の布で体を挟み、肩から手首までを数か所に分けて留めた後、帯を占めて襷のように肩ひもを掛ける着方。
ドーリア式にイオニア式キトンを重ねて着ることもあった。

古代ギリシャのファッションについて調べてみた

古代ギリシャのヘアスタイルとメイク

古代ギリシャのヘアスタイルは、男性は短く髪を刈り込み、女性は髪の毛を編み込み頭頂部に結い上げる事が一般的だった。

女性のメイクは好まれず、メイクをしていたのは売春婦のみであった。さらに売春婦は髪を金髪に染めていた。

当時からヘアカラーは存在し、アルカリを牛脂に混ぜて髪に塗り、太陽光に何時間も浴びる事で脱色させていた。
この方法は脱色する作用はあるが髪の毛に色を入れる事は出来ず、髪の毛のダメージもかなりの物であった。

古代ギリシャのメイクはシンプルであり、白粉に鉛を使った顔料を使い肌を白く見せていた。
この鉛の白粉は有毒性が高く、鉛中毒になる危険があった。

口紅には果物からとった天然の染料を使い、眉毛にはコール墨(金属やすす)を使ったり、動物の毛を使い着け眉をしていた。

紳士はミント、菫、麝香草などの香料で肌を洗っていたが、体の各部に違う香料を付けたりエジプトから化粧品を輸入するなど極端な奢侈に走るものがいたので、ソロンの改革では香料の禁止令が出された。

古代ギリシャのアクセサリー

ギリシャ世界では金属加工の技術が発達しており、金細工、銀細工が主であった。

特に女性は装飾品をつける事が多く、男性は基本的には装飾品を身に付けることは一般的ではなかったが、王族はその限りではなく、権力の象徴として身に付ける事がある。

他国の様に主教的な意味合いは少なく、装飾品をファッションの一部として個人の個性を表現するのはギリシャの特徴である。

現在にも残るギリシャファッションの影響

・現在の結婚式で花嫁が被る純白のベールや花冠は、ギリシャの花嫁が被っていたことが由来。

・現在のミニスカートは、古代ギリシャ人やローマ人の伝統的チュニックが由来

・ハイヒールは、元々舞台役者が観客によく見えるようにと底の高い靴を履きだしたのが始まりとされており、「コトルノス」という舞台用の厚底靴(ブーツ状)を履いていた。

・喜劇に出演する役者は「サイコス」と呼ばれる底の薄い靴を履いていた。なお、サイコスは英語のソックス(靴下)の語源で、sykhosからラテン語のsoccus(ソッカス)となり、socksに変わっていった。

ギリシャ文明は、時代により小アジアの影響を受けたり多様な文化が発展していった。特にアレキサンダー大王の時代はヘレニズム文化と呼ばれ、ギリシャとアジアの文化が融合したことにより衣服に使う素材や製法、装飾品のデザインが多様化しグローバルな進化を遂げていった。

このギリシャ文明は、後に西洋世界を席巻するローマや中世のルネッサンス時代にも影響を与えている。

ギリシャの文化は、ヨーロッパの文化の始まりと呼ぶにふさわしい。

 

草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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コメント

    • 金澤喜平
    • 2021年 6月 04日 10:36pm

    アテナイのアクロポリス神殿に驚きました。
    その土台は巨木の化石と思います。何億年の昔の地球は巨木に覆われていたのかと、山の岩を見ると考えさせられます。

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