神話、伝説

『風刺画』に描かれた怪物伝承 ~歴史が映し出す風刺のモンスター

風刺画

画像 : 教皇ロバ ローマ教皇と腐敗した教会を揶揄している public domain

風刺とは、遠回しに批判や揶揄を加える表現のことである。

人類の歴史において、風刺はさまざまな形で用いられ、多くの風刺作品が生み出されてきた。
特に社会の現状や実在の人物を誇張し、怪物のように描く手法は古くから存在する。

本稿では、そうした「風刺画に描かれた怪物」について解説する。

1. ヲロシヤの人魂

画像 : ヲロシヤの人魂 public domain

『怪奇談絵詞』という書物が存在する。

これは幕末から明治初期にかけて制作されたと考えられる妖怪絵巻で、作者は不明である。
その中に登場する妖怪の一つが、「ヲロシヤの人魂」である。

イラストに添えられた説明文には、

「人々恐れをなすといえども全く妄念でやいのたかばたなり。
筋引くようなるは糸なり。風烈しと見る時は早くおろしやおろしやと云う」

と記されている。
これを意訳・要約すると、

「皆こいつを恐ろしいと言うが、それは迷信に過ぎない。実際は見掛け倒しで、まったく大したことはない。風が少し強まっただけで、『おろしや、おろしや』と騒ぎ立てる程度の存在でしかない」

といった意味になる。

「おろしや」とは「オロシャ」、すなわちロシアの古い呼び方である。
また、颪(おろし)と呼ばれる、冬に山から吹き下りる風も、その名に掛かっているとされる。
以上のことからこの妖怪は、ロシアを侮蔑した風刺として描いたものだと考えられている。

ロシアは今も昔も、世界を騒がす暗黒国家として名を馳せているが、そんなロシアの禍々しさを手堅く風刺した、見ごたえのある妖怪画だといえるだろう。

2. バイコーン/シシュファス

画像 : バイコーン/シシュファス public domain

バイコーン(Bicorn)とシシュファス(Chicheface)は、ヨーロッパに伝わる怪物である。
この二つの怪物は対になっており、中近世の多くの風刺画や文学に、共に登場している。

バイコーンは人食い怪物であり、夫婦の内、「恐妻家や誠実な夫」だけを食べるとされる。
餌に事欠くことはなく、まるまると太った姿で描かれることがほとんどである。

シシュファスもまた人食いだが、バイコーンとは対照的に、ガリガリにやせ細った姿で描かれている。
これはシシュファスが、「夫に尽くす良き妻」しか食べられないからだとされる。

これらの怪物は、ヨーロッパ社会の女尊男卑を表していると考えられる。

しかし、実際のヨーロッパ社会は男尊女卑の構造を持っており、その中で立場の弱い男性を皮肉るために生まれた怪物ではないかという解釈もある。

3. ファグア湖の怪物

画像 : ファグア湖の怪物 public domain

ファグア湖の怪物(Monster of Lake Fagua)は、チリに出現したとされる怪物である。

この怪物に関する記事は、1784年にフランスの新聞『Courier de L’Europe』に掲載された。

それによれば、チリのファグア湖で、ドラゴンの体に人間の顔を持つという前代未聞の怪物が生け捕りにされたという。
そして、この怪物は見世物としてヨーロッパへ送られる予定であると報じられた。

しかし、実際には「ファグア湖」なる湖は存在せず、この報道は完全なガセネタであったことが後に判明している。

この怪物のイラストの元となったのが、かのマリー・アントワネット(1755~1793年)を怪物に見立てた風刺画である。

マリー・アントワネットはその破天荒な性格と言動ゆえに、フランス国民からの評判はすこぶる悪かった。
彼女に関する数多くの風刺画が描かれ、中には醜悪な怪物に見立てたイラストも存在した。

そのイラストの一つが、ファグア湖の怪物として流用されたのである。

画像 : マリー・アントワネットの風刺画 public domain

4. 百鬼晝行の妖怪たち

大正5年(1916年)に刊行された、作家・大町桂月(1869~1925年)の著作『絵入訓話』をご存知だろうか。

同書には「百鬼晝行」という名目のもと、画家・平福百穂(1877~1933年)によって描かれた41体の妖怪が収録されている。

桂月は、「百鬼夜行(妖怪の集団)は夜に現れるものと相場が決まっているが、近頃は図々しくも昼間にも出てくるようになった」と述べている。
これは、当時の日本社会の近代化を「妖怪」という形で風刺したものであると考えられる。

では、この41体の妖怪の中から、いくつかを取り上げて紹介していこう。

画像 : 第二十七番 蝿 草の実堂作成

序列二十七番目に当たるこの妖怪は、ハエと人間が混じり合ったような姿をしており、足や手を常に擦り合わせているという。

この妖怪は「臭いもの」に群がる習性を持ち、恥も外聞も存在しない、極めて利己的な存在であるとされる。
興味本位で何にでもたかり、払っても払っても湧いてくるので、五月蠅く邪魔くさいこと、この上ないとのことである。

流行を追うだけのミーハーな衆愚や、事件・事故に群がる野次馬など、集団心理の愚かさをハエに例えて風刺した妖怪だと考えられている。

画像 : 第三十五番 牛 草の実堂作成

序列三十五番目に位置するこの妖怪は、牛と人間の合いの子のような姿をしている。

この妖怪は、この世の全てを疑っており、あっちこっちにフラフラするが、結果的に何もしない。
その角は嫉妬深さや陰険さ、狡猾さを象徴し、他人の意見を聞き入れることなく突き倒し、唯我独尊を貫く。
また、恩人や友人を平気で裏切る薄情さも兼ね備えている。

にもかかわらず、自らを近代的で優れた人物と称し、何の恥じらいもなく振る舞う、人でなしの牛の化け物と説かれている。

画像 : 第三十七番 鶴 草の実堂作成

序列三十七番目のこの妖怪は、一見ツルに見えるが、よく見ると首が湾曲し、頭部は筆になっているという。

新聞社や出版社に特に多く生息しており、その姿そのままに「筆を曲げて」記事を書く。
金のためなら事実を湾曲し世に広めることも厭わない、腐りきったジャーナリズムを象徴した怪物だとされる。

「ペンは剣よりも強し」と言うように、時として言葉は、武力以上の影響力を持つ。
こんな怪物が跋扈する国は、やがて傾き、滅びの道を辿るであろうと、桂月は説いている。

これら妖怪は現代社会にも通ずる、人間の普遍的な愚かさを表した存在だといえるだろう。

参考 : 『怪奇談絵詞』『妖怪図鑑』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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