神話、伝説

『神話に登場する不老不死の薬』インドやギリシアに伝わる不思議な霊薬の物語

画像 : 秦の始皇帝は不老不死の霊薬を求めたことで有名である public domain

近代における薬学の発展は、目覚ましいものがある。

しかし医療が未発達だった古代の時代においては、現代のようによく効く薬など望むべくもなく、些細な病気やケガが命取りになることも珍しくなかった。

そこで人々は幻想の世界に思いを馳せ、万病を癒したり、不老不死すらもたらすとされる、神秘的な「霊薬」の存在を語るようになったのである。

今回は、そうした不思議な薬と、それにまつわる物語について見ていきたい。

ギリシャの霊薬

画像 : 鷹(ゼウス)にネクタルを飲ませる女神 public domain

ギリシャ神話には、ネクタル(Nektar)という飲料が登場する。

香り・味ともに抜群の神々の飲料であり、神々はこれを口にするとされた。

神々の血はイコル(Ichor)という特殊な体液だとも語られ、彼らが不滅の存在であることの証しとされた。

このネクタルには、悲惨な伝説が存在する。

ある時、神々にネクタルを給仕する係の者が退職してしまったという。
困った最高神ゼウスは、新たな人材をヘッドハントしようと、天界から下界を見下ろしていた。

そこでゼウスの目に留まったのが、この世のものとは思えない美貌を持った少年ガニュメデスであった。

その美しさに心を奪われたゼウスは鷲へと姿を変え、ガニュメデスを掴み取り、天界へと連れ去った。

画像 : アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ作 『ガニュメデスの略奪』 public domain

ガニュメデスに拒む余地はなかった。

彼は理由も告げられぬまま人間としての人生を奪われ、有無を言わさずネクタルの給仕係にされてしまったのである。

以後は、永遠に神々に仕える存在となったとされる。

星座の「わし座」は変身したゼウスを、「みずがめ座」は甕からネクタルを注ぐガニュメデスを表しているという。

夜空に描かれたその姿は、神話では栄誉として語られる一方で、ひとりの少年の人生が断ち切られた痕跡でもあるのだ。

アムリタの物語

画像 : 乳海攪拌 public domain

インド神話にはアムリタ(Amrita)やソーマ(Soma)といった、さまざまな霊薬が登場する。

なかでもアムリタは、飲んだ者に不死をもたらすとされる霊薬であり、天地創造神話の一つである「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」によって生み出されたと語られている。

紀元前4世紀ごろから編纂が進められたと考えられている叙事詩『マハーバーラタ』には、次のような神話が語られている。

(神話概要)

かつてインドの神々は、アスラという魔族と争っていた。

ある時、神々はドゥルヴァーサスという仙人に呪いをかけられ、著しく弱体化してしまった。
そして、これを好機としたアスラたちの侵攻により、神々は甚大な被害を被ることとなった。

困った神々は、偉大なる神ヴィシュヌにどうすればよいか尋ねたところ「アムリタなる不死の霊薬を作って飲めばよい」との返答を得た。

神々はアスラたちに「アムリタを分けてやるから争いはやめよう。ついでに作るのを手伝ってくれ」と言ったところ、アスラ側はこれを承諾した。

かくして、アムリタ製造の儀「乳海攪拌」が決行されることとなったのである。

画像 : 19世紀後半に描かれた乳海攪拌 public domain

神々とアスラは山を棒に見立て海に突っ込み、それに大蛇を巻き付け、左右から交互に引っ張った。
ゴリゴリとかき混ぜられた海からは、動物や宝石といった、さまざまなものが生み出された。

最終的に、医療の神ダヌヴァンタリが、アムリタの入った壺を持って出現し、1000年ほど続いた乳海攪拌の儀は、ようやく終わりを遂げた。

アスラたちは約束通り「アムリタをよこせ!」と要求したが、神々はこれを拒否し、アムリタの独占に成功する。

だがラーフというアスラが、こっそりアムリタを飲んでいるのを、太陽の神スーリヤと月の神チャンドラが目撃した。

両神がこのことをヴィシュヌに密告したところ、ヴィシュヌは制裁としての投げ輪を放ち、ラーフの首を切断してしまった。

しかし、喉元までアムリタが浸透していたがためか、ラーフは首から上だけが不死になっていた。

怒り狂ったラーフは、首だけの姿で太陽神スーリヤと月神チャンドラを追いかけ回すようになり、彼らを飲み込もうとする。

その結果、太陽や月が一時的に隠される現象が起こるようになり、これが日食と月食の起源だと語られている。

ソーマとハオマ

一方ソーマは、アムリタと同一視されることもある霊薬であるが、その起源はさらに古いと考えられている。

紀元前1500年ごろまでに成立したと考えられている古書物『リグ・ヴェーダ』には、ソーマへの賛美が事細かに記されている。

いわく、ソーマを飲むと高揚感や活力が得られ、神々に力と若さを与えるという。

また、ソーマは月を司る神として神格化されており、先述の月神チャンドラと同一視されることもしばしばあったそうだ。

このソーマと起源を同じくすると考えられているのが、古代ペルシャに成立した宗教、ゾロアスター教に登場する霊酒ハオマ(Haoma)である。

画像 : 神格化されたハオマ 草の実堂作成(AI)

ゾロアスター教では、節度を失わせる飲酒は戒められているが、このハオマだけは特別な存在とされ、儀礼において重要な役割を果たしてきた。

ハオマを飲むことで身体は健やかになり、生命力や生殖力が高まると信じられていたという。

その原料については古くから議論があり、正確な植物は明らかになっていないが、現在ではザクロや麻黄などを用いた代用品が作られ、教徒の間で儀礼的に受け継がれている。

ハオマはソーマと同様に神格化された存在でもあり、神話の中では若々しく美しい姿を持つ神として描写される。

正義と清浄を司り、水の浄化や精神の洞察力を高める力を与える存在とされた。

古代の人々が語った霊薬の神話は、単なる空想ではなく、病や老い、そして死という避けがたい現実に向き合おうとした人間の切実な願いそのものだったのかもしれない。

参考 : 『神統記』『マハーバーラタ』『リグ・ヴェーダ』『アヴェスター』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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