男性同士の愛をテーマにしたボーイズラブ。
「BL」などとも呼ばれ、日本の女性を中心に小説や漫画、そして今やドラマ等でも幅広く人気を博しているジャンルです。
サブカルチャーのコンテンツのようなものかと思いきや、歴史を辿るとそこでは古くから様々な愛の物語が紡がれていました。
今回はこのボーイズラブの起源を求めて、古代ギリシアと古代ローマの事情をご紹介します。
古代ギリシアの賢人も夢中に
古代ギリシアでは、同性愛、とりわけ年上の男性と少年の関係(パイデラスティア)が、教育的・文化的な要素を持つものとして一部で受け入れられていました。
少年たちは成長の過程で母親の元を離れ、肉体を鍛え上げる訓練を受けました。
その過程で鍛えられた均整の取れた身体は、美と徳を象徴するものとして称賛され、少年愛は世界の調和をもたらす「天上愛」とまで讃えられていたのです。
例えば政治家にして大詩人、ギリシア七賢人の一人として知られるソロンは、その詩の中で「丈夫な胃と脇腹と足をもち、少年や女の若々しさを時折楽しめる者の幸せは、大富豪の富にも劣らない」と、その喜びを賛美しています。
それほどまでに少年愛を讃えたソロンでしたが、一方で法律を作り、学校や格闘技場から同性愛を排除しようとしました。
ローマ帝国の著述家プルタルコスが著した伝記『プルターク英雄伝』によれば、なんと同性愛を身分の低い人々に禁じ、身分の高い者だけで独占しようとしたとされています。
随分と身勝手な法律ですが、こうした規制の背景から、当時の社会で少年愛がどれほど特別な意味を持っていたかをうかがい知ることができます。
男性の恋人同士だけの軍隊
好きな人の前では、誰でも自分の良いところを見せたくなるものです。この心理は、現代だけでなく古代でも変わらなかったようです。
古代ギリシアの哲学者プラトンは、対話篇『饗宴』の中で、以下のように述べています。
「愛人同士だけで成る国家や軍隊があれば、その統治は最良となるだろう。愛する者のそばで戦うならば、世界を敵に回しても勝利できるだろう」
古代ギリシアの都市国家テーベには、「神聖隊」と呼ばれる軍隊が存在しました。
この軍隊は約300人で編成され、メンバー同士の強い絆がその結束力を支えていました。そのため「ギリシア最強」とも謳われ、戦場での勇猛さで知られていました。
しかし、紀元前338年のカイロネイアの戦いにおいて、神聖隊は全員が壮絶な戦死を遂げます。
勝者であったマケドニア王ピリッポス2世は戦後、戦場で並んで倒れる神聖隊三百人の亡骸を目の当たりにし、その忠誠心と勇気に深く感銘を受けたと言われています。
古代ローマでは低俗化
古代ローマにおいても変わらず同性愛は盛んであったものの、同性の売春が横行したことで、古代ギリシアの精神性を重んじた風潮はトーンダウンし、低俗化していきました。
裕福なローマの貴族たちは、少年奴隷たちを「快楽の子」と呼び、家の調度品と同じく贅沢品と見なしていました。
少年たちの多くは奴隷商人によって外国から連れて来られており、ローマの貴族たちは声の美しいエジプトやシリア、アレクサンドリアなどの少年を好んだと言います。
こうした少年奴隷は、快楽の対象とされるだけでなく、宴席では歌や踊りを披露し、客人をもてなす役割も担いました。
時には、客人の手足を洗う役目を果たすこともあり、彼らの美しい髪が食事の際の手拭きとして利用されることもあったと伝えられています。
ローマ皇帝の寵愛
こうした俗化が見られる一方で、ローマ五賢帝の一人であるハドリアヌス帝と、絶世の美青年アンティノウスの物語は、深い愛情の象徴として語り継がれ、多くの芸術作品で表現されてきました。
アンティノウスはローマ帝国の属州ビテュニアにあるクラウディポリスの出身で、西暦124年にハドリアヌス帝の目に留まりました。それ以来、彼は皇帝の寵愛を受け、宮廷生活の中で特別な地位を得たのです。
しかし132年、アンティノウスはエジプトを旅していた際、ナイル川で溺死しました。その死因については、事故、自殺、あるいは宗教的儀式の一環であったとする説がありますが、詳細は明らかになっていません。
古代から伝わる一説によると、ハドリアヌス帝はある時、皇帝としての責務を果たし続けるために、自らの寿命を延ばす方法を魔術師に相談したといいます。魔術師は、皇帝の代わりに命を捧げる「身代わり」が必要だと告げました。
この予言を聞いた者たちは皆恐れを抱き、身代わりになることを拒否しました。しかし、アンティノウスだけが帝のために命を捧げることを決意し、生贄となったと伝えられています。
アンティノウスの死を深く悼んだハドリアヌス帝は、彼を記念して「アンティノオポリス」という都市を建設し、彼をその守護神としたのでした。
時代や地域に関わらず、深い愛の物語に人々の心が動かされるのは、今も昔も変わりません。
ボーイズラブの源泉を歴史から辿っていくと、そんな人間の根源的な愛の形を垣間見ることが出来るのかもしれません。
参考:『世界ボーイズラブ大全』/桐生 操(著)
文 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。