平安時代

在原業平と『伊勢物語』について調べてみた

『伊勢物語』とは

むかし、男ありけり」という冒頭があまりにも有名な『伊勢物語』は平安時代に書かれた歌物語である。

125段から成るこの物語では「」の生涯が、彼の数多き恋愛を中心に描かれている。中学校の国語の教科書でも取り上げられる『伊勢物語』、この「男」とは実在した人物である在原業平(ありわらのなりひら)のことだと私たちは子どもの頃に教えられてきた。ではモデルとなった実在の在原業平とはどのような人物だったのだろうか。

今回は『伊勢物語』のモデル、在原業平その人について詳しく見ていこう。

在原業平という人物

在原業平と『伊勢物語』について調べてみた

※在原業平

業平の父は平城天皇の第一皇子である阿保親王、母は桓武天皇の皇女である伊都内親王である。つまり在原業平は父方の血を辿れば平城天皇の孫であり、母方の血を辿れば桓武天皇の孫という非常に高貴な生まれであった。しかし、業平はその高貴な生まれに反して不遇な立場を過ごしたようだった。

というのも810年に起きた薬子の変が原因である。薬子の変はいわば嵯峨天皇と平城上皇の政変争いであったが、平城上皇はこの争いに敗れ、平城上皇の子孫たちは皇位継承権を剥奪され、皇族の身でありながら厳しい立場に立たされることになった。

826年には業平は臣籍降下し、在原朝臣性を名乗っている。その後もしばらく官職に就いた記録はなく、不遇な時期を送っていたようだ。

しかし、在原業平と聞いて私たちが真っ先に思い浮かべるのはどちらかといえば華やかなイメージだ。それは『伊勢物語』に見られるような業平の恋多き生涯に影響しているのだろう。

業平の数多き恋

在原業平といえば、『古今和歌集』序文において代表的な歌人の一人として数えられている、いわゆる六歌仙の一人である。

在原業平と『伊勢物語』について調べてみた

※六歌仙(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主)

また、彼は歌が上手かったことに加え、非常にイケメンな人物であったと言われている。
業平の死後に成立した『日本産代実録』には業平について次のような記述がある。

「体貌閑麗、放縦不拘」「略無才学、善秀歌」

容貌は美麗であり自由奔放な性格、そして学に欠けるが和歌は素晴らしいと、そんな記述が存在する。この時より業平は美男子として有名だったようだ。

美男子でしかも和歌が上手かった業平、彼に関する恋の逸話は数多く存在する。

親友の娘を妻にしたり伊勢神宮の巫女と関係を持ってしまったりとなかなかに波乱万丈な恋愛を繰り返していたようである。

そんな中でも特に有名なのは、藤原高子(ふじわらのこうし/たかいこ)との知られざる秘密の恋だろうか。

高子との秘密の恋と『伊勢物語』

後に清和天皇の女御となる藤原高子は藤原長良を父に持ち、当時栄華を極めていた藤原家の高貴な女性だった。

かたや時期天皇の女御、かたや臣籍降下した落ちぶれ貴族と身分違いの二人、そんな二人の秘密の恋は『伊勢物語』を通しても伺い知ることができる。
業平と高子は駆け落ちを試みたという逸話があるのだが、『伊勢物語』の『芥川』の段ではそんな二人の駆け落ちの様子が垣間見える。

在原業平と『伊勢物語』について調べてみた

業平35歳、高子18歳、許されぬ身分違いの恋に燃えた二人はある日駆け落ちを断行する。しかし、二人が試みた駆け落ちは一夜であっさりと追手に追いつかれてしまい二人の仲は引き裂かれてしまった。『芥川』の段では、この駆け落ちのエピソードが描かれているのだが、この章段は中学生の教科書で取り上げられることも多く読んだことがある人も多いのではないだろうか。

「芥川といふ河を率ていきければ、草の上に置きたりける露を、かれは何ぞとなむ男に問ひける。」

『芥川』のこの一節はあまりにも有名である。逃げ出した男は、女を背負って芥川という川を進む。そこで女は草の上の露を見て「あれは何ですか」と尋ねたというのだ。草の葉の露さえも知らない、高子の世間知らずぶりは余程のものである。それほどまでに高子は高貴な育ちなのだということがこの何気ない問いかけに現れている。

「夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、…(中略)…あばらなる倉に、女をば奥におし入れて、男、弓、やなぐいを負ひて戸口にをり、はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。」

『芥川』の後半にはこんな一節がある。夜も更けてきた上に天候も荒い、男は道中のあばらやの倉に女を押し込め、自分は女を守るようにして戸口に立って夜が明けるのを待った。しかし、その倉には鬼が潜んでおり、女は鬼に食われてしまったという締めくくりである。

鬼とは言わずもがな高子を追ってきた追手の者たちであり、二人の駆け落ちの失敗を描いているのだ。「鬼に食われてしまった」という表現は、駆け落ちに失敗して落胆する業平の失意を痛いほど感じるではないか。

最後に

不遇な身の上に生まれながらも恋多き人生を歩んだ在原業平。『伊勢物語』では脚色を交えながら恋多き色男、業平の人生を鮮やかに描き出している。

在原業平という人物の人となりを探るにおいて、もはや『伊勢物語』は欠かせない大きな存在であると言えるだろう。

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