室町時代

羽黒山五重塔に行ってみた【東北最古にして唯一の国宝の塔】

山形県鶴岡市、羽黒山の山頂にある「出羽神社(いではじんじゃ)」を目指し、山道を歩いていると、樹齢300年以上の杉並木を抜ける。その先には自然溢れる景観に隠れるように立派な塔が建っていた。

羽黒山五重塔(はぐろさんごじゅうのとう)」である。

400本以上の杉並木のなかには、樹齢1000年以上の「爺杉」と呼ばれる天然記念物もあるのだが、それらに負けない迫力だ。

羽黒山五重塔 建立は室町時代

羽黒山五重塔
※羽黒山五重塔(はぐろさんごじゅうのとう)

東北地方最古にして、唯一の国宝の五重塔であり、高さは29mを誇る。最初は、平安時代の中期に平将門により創建されたといわれている。現在の塔は再建されたものだ。

『羽黒山旧記』という史料によれば、1372年に大宝寺政氏(だいほうじまさうじ)によって再建された。政氏は庄内地方の戦国大名で、羽黒山の別当職であった。別当職とは、いわば朝廷に任命されたその地方の責任者である。信仰にも厚かったといわれている。

さらに1608年には、出羽57万石の山形藩主、最上義光(もがみよしあき)が修造している。記録によれば1369年に建て始め、1377年に屋上の相輪を上げたことで完成した。ちなみに相輪を除いた塔そのものの高さは22mである。

宮廷書家とのつながり

現在では博物館に保管されているが、かつては四方に小野道風(おののみちかぜ)による書が額に納められていた。小野道風とは平安時代の貴族、書家であり、それまで主流であった中国的な書風から離れて日本の書風、すなわち「和様書道」の道を切り開いた人物である。

源氏物語でも「道風の書は美しくてまばゆく見える」と記されるほどであり、「書道の神」とまでいわれたほどだ。


※小野道風(菊池容斎画、明治時代)。

その書とは、南に「応身」、東に「法身」、西に「報身」、北に「化身」というものであった。化身以外の3つは仏教における仏のあり方を表しており、三身説ともいう。
応身(おうじん)」は、この世で悟り、人々の前に現れる釈迦の姿を、「法身(ほっしん)」は宇宙の真理を、そして「報身(ほうじん)」は修行を経て成仏する
姿を意味している。なお、「化身」は「応身」と同じ意味だ。

神仏習合から神社へ

以前は塔のなかに「観音」「明王」「菩薩」を安置しており、仏教的要素の濃い塔であった。

しかし、五重塔そのものは「出羽神社(いではじんじゃ)」の所有となっている。それは羽黒山全体で神仏習合の形態をとっていたためだ。しかし、明治の神仏分離とその影響で発生した廃仏毀釈運動のために、山にあった寺など仏教建築物はほとんどが壊されて、五重塔だけが残された。塔の周囲にも建物があったが、それらも失われたのだ。

その名残りだけは山中でも見ることが出来る。五重塔から山頂へ向けて「一の坂」「二の坂」を登ると、「三の坂」の入り口から脇道が延びている。その先には、約300年前に築造された別院の基礎が残っているのだ。建物こそないが、池を配した庭園の跡を見ることができ、この山のあちらこちらに建物があったことを偲ばせる。

現在では五重塔の初重の内部には仏像に代わり「大国主命(オオクニヌシ)」が祀られるようになった。


※出羽神社、祭殿

もともと、この地方は月山(がっさん)、湯殿山(ゆどのさん)、そして、羽黒山を合わせて「出羽三山(でわさんざん))」と呼ばれており、古来から修験道者が修行を行う「修験道の山々」であった。麓の鳥居をくぐると祓川という川が流れているが、かつて出羽三山に参拝する人々は皆、この川で身を清めたといい、今でも修験者は冬にはここで身を清めている。

驚くべき三神合祭殿

現在では、出羽三山のそれぞれに「月山神社」「湯殿山神社」「出羽神社」が鎮座しており、これらすべてをひとつの宗教法人として「月山神社出羽神社湯殿山神社(出羽三山神社)」の名称で登録している。特に出羽神社には三神合祭殿と宗教法人本部が置かれることとなった。


※出羽神社の三神合祭殿

長い石段を登った先には「こんな山頂にここまで大きな社殿が!」と驚くほどの三神合祭殿があり、出羽神社には穀物の神である「稲倉魂命(ウカノミタマ)」が祀られている。


※大鳥居

羽黒山とは現在でも聖域であり、五重塔だけでなく、様々な見所が残っている。JR鶴岡駅や、山形自動車道・鶴岡ICから羽黒山に向かうと、その手前には車道をまたぐほどの大きさの「大鳥居」が出迎えてくれ、神聖な気持ちとなるだろう。なんといっても、冬でさえ雪の降り積もる塔の美しさを見に来る参拝客もいるほどなのだ。

四季を通して異なる美しさを見せる五重塔。ぜひ一度はご覧いただきたい。

羽黒山へのアクセス

バス:鶴岡市から庄内交通バス「羽黒山行き」で約50分。五重塔を見る場合は、「随神門バス停」下車。

車:山形自動車道鶴岡ICから鶴岡・羽黒線経由で約10km。

出羽三山神社公式HPhttp://www.dewasanzan.jp/

関連記事:神社
一宮 彌彦神社(弥彦神社)に参拝に行ってきた【新潟オススメ観光】
一之宮 貫前神社に参拝に行ってきた【群馬オススメ観光】
神社の正しい祈り方について調べてみた

 

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

gunny

投稿者の記事一覧

gunny(ガニー)です。こちらでは主に歴史、軍事などについて調べています。その他、アニメ・ホビー・サブカルなど趣味だけなら幅広く活動中です。フリーでライティングを行っていますのでよろしくお願いします。
Twitter→@gunny_2017

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

草の実堂Audio で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 実は誤解も多い?京都の「舞妓」と「お座敷遊び」たまに行く筆者が解…
  2. 永享の乱 【関東地方の戦乱はここから始まった】
  3. 【文人たちの愛した風景 京都篇】 池波正太郎が愛した京都の情景と…
  4. 【実体験レビュー】駅ナカ×シェアオフィス=ステーションワークを利…
  5. 『選挙の現場』一般市民が担う「投票立会人」を体験してみた
  6. 木曽義仲の強すぎる便女・山吹御前の知られざる生涯 「巴御前だけで…
  7. 奈良市内で囁かれる都市伝説「長屋王の祟り」 ~その歴史的背景とは…
  8. 諏訪原城へ行ってみた 【武田流築城術の最高傑作】続日本100名城…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【ブギウギ】 スズ子の移籍騒動 ~史実の笠置シヅ子は監禁状態に

梅丸楽劇団で人気スターとなった福来スズ子は、あこがれの人、松永からライバル会社への移籍を持ちかけられ…

『北の果てに消えたヴァイキングたち』グリーンランドの「ノース人」の謎とは

遥か北欧の荒波を縦横無尽に駆け巡り、ヨーロッパ各地にその足跡を刻んだヴァイキングたち。…

戦国時代を招いたダメな将軍!足利義政 ~前編 「優柔不断が大混乱を招く」

足利義政とは室町幕府第8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)は、京都東山に銀閣寺を建て東…

16人の妻妾との間に53人の子をもうけた「オットセイ将軍」徳川家斉

田沼意次を罷免し、松平定信を筆頭老中に登用「第十一代の若き徳川の将軍、幕政の立て直しに挑む。…

『御伽草子』に登場する「ものくさ太郎」のサクセスストーリーを紹介

「まったく、ものぐさなヤツめ」今どきあまり使わないでしょうか、何事も面倒がる者を「ものぐさ」…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP