どうする家康

【どうする家康】山県昌景だけじゃない!信玄・勝頼を支えた武田四天王を一挙紹介【設楽原の戦いで三名が討死】

NHK大河ドラマ「どうする家康」皆さんも観ていますか?筆者も毎週楽しみに観ており、今後の展開から目が離せません。

さて、徳川家康(演:松本潤)の前に立ちはだかる甲斐の武田勝頼(演:眞栄田郷敦)。亡き父・武田信玄(演:阿部寛)から受け継いだ精鋭を率いて激闘を繰り広げます。

そんな勝頼を支えているのは山県昌景(演:橋本さとし)と穴山信君(演:田辺誠一)、そして……望月千代(演:古川琴音)?

ちょっと頭数が少ないですね。武田二十四将とも謳われた名将たちはどこへ行ってしまったのでしょうか。

もしかしたら、ドラマ制作の予算が足りず、キャストを雇えなかったのかも知れませんね。

そこで今回は武田二十四将の中から抜きん出ていた武田四天王を紹介。NHK大河ドラマ「どうする家康」に、せめて名前くらいは登場して欲しいものです。

春日虎綱(かすが とらつな。高坂昌信)

武田四天王

春日虎綱 肖像

大永7年(1527年)生~天正6年(1578年)5月7日没(病死)

通称:源五郎、弾正忠、逃げ弾正

元は甲斐国八代郡石和郷(山梨県笛吹市)の百姓・春日大隅(かすが おおすみ)の子として誕生。

16歳で父を亡くし、遺産相続に敗れて路頭に迷っていたところを信玄の小姓として召し抱えられました。

以来、信濃攻略に軍功を重ね、北方・対上杉の守りを任されます。

信玄死後、勝頼からも同任務を任されるも、武田家中央における勝頼一派と宿老たちの分断を憂えていました。

天正3年(1575年)5月21日の長篠合戦(設楽原の戦い)には参戦していなかったため、命拾い。ボロ負けした勝頼を出迎えて保護したそうです。

斜陽の武田家を憂えて勝頼らに諫言、それをまとめたものが甲州流の軍学書『甲陽軍艦』と言われています。

内藤昌秀(ないとう まさひで。内藤昌豊)

武田四天王

内藤昌秀 肖像

大永2年(1522年)生~天正3年(1575年)5月21日没(長篠の合戦で討死)

通称:源左衛門、修理亮、大和守

16歳ごろ、父・工藤虎豊(くどう とらとよ)が信玄の父・武田信虎(のぶとら)に殺されたため諸国を放浪。38歳となった永禄2年(1559年)までには信玄の元へ帰参しています。

信濃・上野の攻略に武功を積み上げましたが、一度として感状をもらうことはありませんでした。

不思議に思った家臣が信玄に真意を尋ねたところ「修理ほどの弓取りなら、あれくらいの働きは当然」とのこと。一方の昌秀も「個人の手柄にこだわる必要はない」と気にかけず、厚い信頼関係をうかがわせます。

一方、武田家きっての硬骨漢でもあり、甲州法度之次第に「喧嘩両成敗」が定められた折には信玄に抗議。

「処罰を恐れて不当な挑発に泣き寝入りするような者ばかりになったら、武田家は滅んでしまいます!」たとえ磔にされようと、子供たちには「売られた喧嘩は絶対に買え」と教えたのだとか。

そんな昌秀は長篠の合戦において、馬場信春と共に勝頼を逃がすため殿軍をつとめ、徳川勢に討ち取られてしまいました。

馬場信春(ばば のぶはる。馬場信房)

武田四天王

馬場信春 肖像

永正12年(1515年)生~天正3年(1575年)5月21日没(長篠の合戦で討死)

通称:民部少輔、美濃守、鬼美濃

元の名は教来石景政(きょうらいし かげまさ)。信玄の父・武田信虎の代から仕える古参です。

若き信玄の初陣で敵将・平賀源心(ひらが げんしん)を討ち取る大武勲を飾ります。やがて忠功により名門の馬場氏を継ぎ、馬場信房そして信春と改名しました。

信濃・駿河攻略でも武功を重ねた信春は、生涯において70回以上の合戦に臨みながら、かすり傷一つ負わなかったと言います。

人々から「不死身の鬼美濃」などと恐れられた信春ですが、長篠の合戦においては勝頼を逃がすために内藤修理と共に殿軍を務めました。

迫りくる織田の大軍を相手に一歩も退かず、勝頼が十分逃げたと見極めた後、自ら首を差し出したそうです。

その強さと潔さに、かの織田信長(演:岡田准一)さえも「馬場美濃守手前の働き、比類なし(『信長公記』)」と絶賛したのでした。

山県昌景(やまがた まさかげ)

山県昌景 肖像

永正12年(1515年)生~天正3年(1575年)5月21日(長篠の合戦で討死)

通称:源四郎、三郎兵衛尉

信虎・信玄・勝頼の三代に仕えた猛将。若い頃より手柄を重ねます。

しかし容姿には恵まれず、身長は130~140センチと当時の男性としても小柄で、また兎唇(口唇口蓋裂。生まれつき鼻の下が割けた状態)の醜男だったとか。

やがて兄(叔父説もあり)の飯富虎昌(おぶ とらまさ)が謀叛の疑いで自害すると、虎昌の率いていた精鋭部隊「赤備(あかぞなえ)」を引き継ぎました。

信濃・飛騨・駿河・上野の攻略など三面六臂の大活躍。また信玄の側近として政治面でも力強く支えた文武両道の名将です。

長篠の合戦では真っ先駆けて敵中へ突撃。徳川・織田連合軍の銃火にあえなく散華してしまいました。

「長篠合戦図屏風」では、昌景の首級を敵に奪われまいと、家臣の志村貞盈(しむら さだみつ)が持ち帰っている様子が描かれています。

終わりに

討死した主君・山県昌景の首級を持ち帰る家臣の志村又左。東京国立博物館蔵「長篠合戦図屏風」より

以上、武田四天王についてごくざっくり紹介してきました。一度に3/4が討死してしまうとは、勝頼にとって、長篠の敗戦がよほど痛手であったことが分かりますね。

果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」では、長篠の合戦(設楽原の戦い)がどのように描かれるのでしょうか。

そして彼ら四天王に出番はあるのでしょうか。どうか、彼らに最期の魅せ場をお願いします!

※参考文献:

  • 柴辻俊六 編『新編武田信玄のすべて』新人物往来社、2008年6月
  • 平山優『敗者の日本史9 長篠合戦と武田勝頼』吉川弘文館、2014年1月
  • 丸島和洋『戦国大名武田氏の家臣団 信玄・勝頼を支えた家臣たち』教育評論社、2016年6月

 

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角田晶生(つのだ あきお)

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