古代ギリシア文明は、政治、学問、文化、芸術など、現代社会のあらゆる側面に決定的な影響を与え続けています。
ギリシア神話のモチーフは文学や美術に受け継がれ、デモクラシーの起源は今なお存続する政治形態の源流となっています。
今回の記事では、古代ギリシア文明を概観していきたいと思います。
現代社会に決定的な影響を与え続けるギリシア文明
古代ギリシアが西洋文明の基礎となった理由は以下の通りです。
- ギリシア神話がのちにヨーロッパ文学や芸術に大きな影響を与えた。
- ソクラテスやプラトン、アリストテレスらの哲学が西洋哲学の源流となった。
- ドーリア式やイオニア式などの美術様式が確立し、西洋美術に引き継がれた。
- デモクラシーの原型となる民主政がギリシアのポリスで誕生した。
上記のように「政治、思想、文化、芸術」など多方面で、西洋文明に大きな影響を与えたためです。
ギリシア語由来の言葉は今も多く残されています。
「ニケ」はギリシア神話における勝利の女神の名前で、スニーカーブランド「Nike(ナイキ)」のロゴマークはこの女神の翼をモチーフにしたものです。
ローマ神話では「ウィクトーリア」と呼ばれ、英語の「victory」の語源になっています。
「ナルシシズム」は自分自身に夢中になる自己愛的な性格を指し、ギリシア神話に登場する自分の姿に恋をした「ナルキッソス」に由来しています。ナルシシズムという言葉は、自分を過度に愛するという意味で心理学の用語として定着しています。
それ以外にも「エディプス・コンプレックス」「レズビアン」など、様々な固有名詞が古代ギリシアに由来しています。
スポーツや学問などの分野で一般名詞としても用いられていることから、ギリシア語が欧米文化に深く浸透していることがうかがえます。
地中海を中心に拡大したギリシア文化
古代のギリシア文化圏が東地中海全域に広がったのは、ギリシア人による盛んな植民活動が影響しています。
ギリシア人にとって食料事情の改善が、海外進出の動機の一つであったと言えます。
ギリシア本土は山がちな地形であり、小麦栽培に適した広大な平野が少なかったため、主要な生産物はオリーブやブドウでした。
当時の主食だった小麦を大量に生産するには条件が悪かったため、ギリシア人は小麦の豊富な生産が可能な土地を求めて、地中海沿岸地方への植民を活発化させます。
イタリア南部にネアポリス(現在のナポリ)、フランス南部にマッサリア(現在のマルセイユ)といった都市が建設されています。これらの植民都市では小麦生産が盛んになり、ギリシア本国への食料供給の拠点となりました。
このように本土の地形的制約から小麦の安定供給を確保する必要性から、地中海沿岸地方へのギリシア植民都市の建設を促進することになったのです。
ギリシア本土からイタリア、シチリア、北アフリカに至る、地中海沿岸に数多くの植民都市が建設され、これらの都市はギリシアと同様の文化、政治制度、建築様式を共有することになります。
さらにギリシア神話やギリシア語が地中海交易を通じて広まった結果、政治・思想・文化・芸術の多方面でギリシアの影響が広がり、東地中海全域がギリシア文化圏となったのです。
ギリシアで民主政が生まれた背景
メソポタミアのチグリス・ユーフラテス川や、エジプトのナイル川のような大運河が、ギリシアには存在しませんでした。
大運河を管理・利用する強力な中央集権的な権力が育たなかったため、小高い丘を中心とした都市国家ポリスが各地に発展しました。
ポリスでは市民が自治的に運営に関与する、民主主義的な制度が育ちました。
中央集権的な権力に頼らない分権的な社会の特徴をギリシアは持っていました。
ギリシアの地理的な特徴が中央集権化しにくい社会環境を作り出し、結果としてポリスという自治的な都市国家の発展を促したのです。
アルファベットの発明
ギリシアは貿易を積極的に行いましたが、交易をする上で、商品の記録や通信が必要不可欠です。当時のエジプトが使用していたヒエログリフや楔形文字は習得が難しく、ギリシア人には扱いにくい文字でした。
そこで彼らは、1文字を1音に対応させる表音文字のアルファベットを考案します。
アルファベットは習得が容易で、交易の記録や通信に適していただけでなく、ギリシア人の教育水準や知的水準の向上にも役立ちました。つまり商業上の必要性から、ギリシア人は自分たちの言語に合わせた効率的な文字システムを発明したのです。交易がギリシア文化の発展を促す原動力となったことが分かります。
ギリシアではオリーブ油が重要な生産物で、オリーブオイルは陶器の容器に保存されていました。しかし当時の紙(パピルス)は高価だったため、使用済みの陶器は割って平らにし、文字を書く用途として再利用されました。
記録などに利用できる紙の制約を、陶器の活用が補うことで、ギリシアの教育や知的発展を大きく支えていたと考えられます。
資源の制約から生まれたアイデアが、ギリシアの進歩に貢献したといえるでしょう。
哲学の誕生
そしてヨーロッパ学問に決定的な影響を与えた、三人の哲学者が生まれました。
ソクラテスは「無知の知」を説き、衆愚政治に陥った当時のポリス政治に疑問を呈しました。
弟子のプラトンは理想の政治形態を追求し、対話篇「国家」で哲学者による王政を説いたほか、超越論的な理論形式としての「イデア」を提唱しました。
また、アリストテレスは多方面の知識を集大成して「政治学」などの分野を確立しました。
この3人のギリシア哲学者はそれぞれ独自の思想を展開し、西洋思想に大きな影響を与えます。
自由な知的探究を支持したギリシアの土壌が、哲学思想の発展を促したと言えるでしょう。
(参考文献)ゆげ塾ほか(2018)『ゆげ塾の構造がわかる世界史【増補改訂版】』ゆげ塾出版
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