ミュンヒハウゼン症候群
狼少年の話を知っているだろうか。「狼がくるぞ!」と町中を怖がらせていた少年は、本当に狼が来た時に誰もその叫びに耳を貸してくれず、結果的に食べられてしまったという話だ。
嘘をつき続ければ誰も信じてもらえなくなるが、そもそも嘘をつく理由は誰かからの反応が欲しいからだろう。
その自己顕示欲を、さらに歪んだ方向に加速させたのが「ミュンヒハウゼン症候群」だ。
ほら吹き男爵の冒険
ミュンヒハウゼン症候群のミュンヒハウゼンは、この「ほら吹き男爵の冒険」の主役、ミュンヒハウゼン男爵からとられている。
この絵本は、旅をしている男爵が、街で出会う子供たちを驚かせたり、楽しませたりするために事実を何倍にも誇張して話す。
「あの大きな大木よりも背が高い、空にも届きそうな巨大な象だった」
「時速200Kmはある獰猛なハイエナだ。それが1000匹以上!あぁもう、思い出すだけで身震いする」
この物語は当然フィクションであり空想の物語だが、まるでこの男爵のように、嘘をついたり、事実を変えることで周囲の関心をひこうとする病気がある。
子供を犠牲にする「代理ミュンヒハウゼン症候群」
自らに興味をひいてもらうため、自らを傷つけたり不幸を演じたり、あるいは金持ちぶったりしても人の関心はすぐに消える。
しかし、もし自分ではなく寄り添う人物…自分の傍にいて、簡単には自分に逆らえない人間が悲劇をもっていたらどうだろうか。
ディーディー・ブランチャード殺害事件
2005年夏、アメリカ南部に住む車いすの娘ジプシー・ブランチャードとその母ディーディーは、ハリケーンの中、奇跡的に救出された。
娘は車いすに乗っており、知能障害、白血病、筋ジストロフィーなどの難病をもっていた。その娘を甲斐甲斐しく世話する母親に多くの人が感動し、娘の援助のためと多額の寄付金が親子に贈られた。しかし、娘は病気などでは一切なく、母親からの激しい暴力、殺されるかもしれないほどの大量の薬物を毎日飲まされ、ありもしない病気で手術をうけ、洗脳されていたのだ。
彼女はそんな母親から逃げ出すため、出会い系サイトを利用し殺人を依頼。母親は殺害されたが、すぐに犯行がバレ殺人の実行者も、娘も逮捕された。逮捕後の娘ジプシーは「(牢獄で)いままでにない自由を味わっている」と話す。
ガーネット・スピアーズ君殺害事件
2014年1月、わずか5歳の少年ガーネット・スピアーズが亡くなった。
彼は激しい腹痛に襲われ病院に運び込まれたが、脳死と判断されそのまま息をひきとった。ガーネットは生まれたときから体が弱く、23回も入退院を繰り返していた。母レイシーはそんな息子に親身に寄り添い、ブログで彼の症状や日々の出来事を投じた。
レイシーのブログには息子を心配する声や、献身的に見守る母親への賞賛、労りの言葉が溢れた。そんなガーネットの体内からは異常な「ナトリウム数値」が出た。
塩の致死量は0.5g~5g/kgと言われる。5歳の彼の彼を殺すならわずか9.5gから可能だ。
警察の調べで、母レイシーが、ブログでの賞賛が欲しいあまりに息子に塩を盛り続けていたことがわかり、それが原因で息子は死んでしまった。
大量殺人すら行われた「悪魔の看護師 死の天使」
ドイツ北部の病院で、3名の患者を殺害したとして逮捕されたニールス・H。
彼は致死量の不整脈治療剤を投与したことで殺害を行ったとされ、この事件は2014年9月から裁判が開始され、2015年2月には収監・終身刑を受けている。
この男、当時在籍していたデルメンホルスト病院で30人以上、さらに周辺の病院の不審死を考えると200名近くの殺人を行っているのではないかと言われている。
彼がそこまで多くの人を殺害した理由は「自らの能力を誇示するため、退屈しのぎで致死量の薬を投与し蘇生させようとした」というものだ。つまり、この言葉通りなら薬物を投与された人間はもっと多くいたのだろう。
ミュンヒハウゼン症候群
ミュンヒハウゼン症候群は、リストカットや拒食症と似通った部分もあるが、自傷を行う理由が大きく異なる。
ミュンヒハウゼンは、ただ周囲からの関心を引きたいあまりの行為で、拒食や過食のように食にこだわることもなく、手首を切っても、周囲から関心がもらえなければその行為はどんどんエスカレートする。
代理と異なり自分の体に行うため、事例や症例はあまりでてこない。人の関心をひくために家に火を放ったり、わざと冷水を浴びて何度も風邪をひいたり、ストーカー被害をでっちあげたりすることもある。
糖尿病を偽るため尿に砂糖をいれたり、医者すらも惑わすような知識により病気をでっちあげ手術や入院まで行わせるケースもある。
ミュンヒハウゼン症候群の治療
ミュンヒハウゼン症候群に一番気づきやすいのは、医者である。何度も同じ病院に診察にきたり、不可解な病気のなり方を何度もしていれば当然怪しまれる。
ミュンヒハウゼン症候群の患者に薬を渡してしまうとそれ自体を悪い方向へ使うことがあるため、基本的にはカウンセリングでしか治療できない。しかし、例えミュンヒハウゼン症候群だとわかっても病気でい続けようとするため、根治はなかなか難しい。
ミュンヒハウゼン症候群の最大の治療方法は、自分や代理を傷つけることなどしなくても、十分に社会に必要とされ愛されている実感を持つことが必要であるが、それはきっと、患者が心の奥底で最も望んでいることであると同時に、最も否定し受け入れ難いことなのだろう。
偽りから得られる関心や情ではなく、真実の愛と自信をつかんでほしいと、願っている。
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