城,神社寺巡り

奈良の静かな名所を歩く 佐保路の三観音を訪ねて(不退寺・海龍王寺・法華寺)

奈良市内観光では、鹿と触れ合いながら世界遺産の構成要素である神社仏閣を巡ることが定番となっています。

一方で有名な寺社では、京都ほどではないものの混雑する時間帯も多く、古都奈良の落ち着いた雰囲気を味わいにくいという声も聞かれます。

そのような中、比較的静かに古寺散策を楽しめる場所として知られているのが、佐保路(さほじ)の三観音巡礼寺院である「不退寺・海龍王寺・法華寺」の3寺院です。

佐保路とは、東大寺転害門から西に延びている平城京の南一条大路から法華寺までの道を指し、そこからさらに西側は左紀路(さきじ)と呼ばれています。

奈良時代、この一帯には藤原氏をはじめとする高位貴族の邸宅や別邸が立ち並んでいたことが、文献や発掘調査から知られています。

今回は、佐保路にひっそりと建つ3寺院を、その歴史的背景とともに紹介いたします。

不退寺

画像:不退寺の南門と本堂 筆者撮影

不退寺は、寺伝によれば、承和14年(847年)に寺院として整えられたと伝わっています。

この地はもともと、平城天皇が譲位後に隠棲した「萱の御所」の跡とされ、平城天皇の皇子である阿保親王、さらにその子の在原業平(ありわら の なりひら)が暮らしていた場所と伝えられています。

画像 : 在原業平 在原業平朝臣/青蓮院宮尊純親王 public domain

阿保親王の没後、その菩提を弔うため、在原業平が自ら聖観音像を刻んで安置し、邸宅を寺に改めたのが不退寺の始まりとされ「業平寺」とも呼ばれてきました。

境内に足を踏み入れると、一般的な寺院とは少し趣の異なる、どこか貴族の邸宅を思わせる落ち着いた雰囲気が感じられます。

不退寺の本堂は重要文化財に指定されており、堂内には同じく重要文化財である本尊の「聖観音像」と「五大明王像」が安置されています。

聖観音像とは、多面多臂といった超人的な姿ではなく、一面二臂の人間に近い姿で表された観音像のことで、大慈の観音とされています。

また、不退寺の見どころは本堂や本尊だけではありません。

重要文化財に指定されている「南門」や「多宝塔」も残されており、静かな境内で古寺ならではの風情をゆっくりと楽しむことができる寺院となっています。

海龍王寺

画像:海龍王寺の本堂 筆者撮影

海龍王寺は、筆者が以前「五重小塔の寺」として紹介したこともありますが、ここでは改めてその成り立ちを簡単に振り返っておきます。

海龍王寺の起源は、藤原不比等および、その娘である光明皇后の邸宅敷地内、北東隅に設けられていた小さな宮内寺院にあるとされています。

この宮内寺院を基に、遣唐留学僧であった玄昉(げんぼう)の帰国を前に、無事に海を渡り最新の仏法を日本へ持ち帰ることを祈念して、光明皇后が伽藍を整えたことが海龍王寺の始まりと伝えられています。

画像:玄昉 public domain

玄昉の帰国時期については諸説ありますが、8世紀前半の出来事と考えられています。

「海龍王寺」という少し不思議な寺号は、玄昉が帰国の途上で暴風雨に遭いながらも『海龍王経』を唱え続けたことで、無事に日本へ戻ることができたという伝承にちなむものです。

現在の境内には、17世紀に再建された本堂のほか、奈良時代の古材を用いて昭和期に大修理が行われた西金堂、鎌倉時代に建立された経蔵などが建ち、規模は小さいながらも歴史の重なりを感じさせる寺院となっています。

海龍王寺の本尊は、鎌倉時代に造立された重要文化財の十一面観音立像です。

十一面観音は頭部に11の顔を持つ観音像で、さまざまな苦しみに応じて姿を変え、現世・来世にわたって人々を救うとされます。

聖観音と同様に、六観音の一つに数えられる存在です。

海龍王寺のもう一つの大きな見どころが、西金堂内に安置されている高さ約4mの五重小塔です。

画像:海龍王寺五重小塔 筆者撮影

この五重小塔は創建当初から堂内に置かれていたと考えられており、奈良時代の建築様式を今に伝える貴重な遺構として、建築物として国宝に指定されています。

境内が限られていたことから、屋外に塔を建てるのではなく、堂内に小型の五重塔が造られたものと推察されています。

法華寺

画像:法華寺の本堂 筆者撮影

法華寺は、大和三門跡の一つに数えられる、気品ある尼寺として知られる寺院です。

この法華寺も、もとは藤原不比等の邸宅であった場所を、その娘である光明皇后が寺院としたことに始まります。

奈良時代の創建当初、法華寺は総国分尼寺としての格式を備え、七堂伽藍を有する大規模な尼寺であったとされています。

当時は国家仏教の一翼を担う存在として、全国の尼寺を統括する役割も果たしていました。

しかし、創建当時の伽藍はその後の長い年月の中で失われ、現在の法華寺に往時の姿をそのまま伝える建物は残っていません。

現在の境内には、桃山時代に再建され、重要文化財に指定されている南門・本堂・鐘楼の三棟を中心に、小さな池の中に建てられた美しい護摩堂などが点在し、比較的こぢんまりとした佇まいの寺院となっています。

画像:法華寺の鐘楼 筆者撮影

画像:法華寺の護摩堂 筆者撮影

法華寺の本堂には、悲田院を設けるなど慈悲深い政策で知られる光明皇后の姿を写したとも伝えられる、国宝の十一面観音像が本尊として安置されています。

この十一面観音像は秘仏とされており、毎年3回、それぞれ1〜2週間ほど行われる特別開扉の期間にのみ、拝観することができます。

また、法華寺には約100本の椿をはじめ、「法華寺蓮」と呼ばれる蓮など、多くの花木や草花が植えられた華楽園があります。

花の季節には境内の散策とあわせて、こちらもゆっくりと見学するとよいでしょう。

終わりに

佐保路の三観音巡礼寺院は、平城宮跡の北側に位置し、静かな住宅街の中に点在する、古都奈良らしい風情を感じられる散策コースです。

観光客で賑わう中心部とは少し離れているため、落ち着いた空気の中で寺院巡りを楽しむことができます。

世界遺産の構成要素である平城宮跡とあわせて、是非これらの古寺を一度は訪れ、散策されることをお勧めします。

文:撮影 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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