
画像 : ロックは1950年代に生まれた、比較的新しい音楽である pixabay cc0
音楽とは文化である。
あらゆる時代、あらゆる場所にて音楽は奏でられ、人々は旋律に酔いしれた。
特に中近世に発達したクラシック音楽は、高貴な芸術として今でも親しまれている。
録音技術のなかった時代の音楽を今でも演奏できるのは「楽譜」があるからに他ならない。
驚くべきことに、クラシックが生まれる遥か以前から採譜は行われており、そうして作られた楽譜の中には、現在でも演奏可能な曲が多数収録されている。
今回は、そういった古代の音楽の世界を紹介していきたい。
最古の楽譜

画像 : フルリ讃歌 public domain
ウガリットといえば、紀元前15~12世紀頃に、現在のシリア辺りで栄えていた古代都市だ。
ここの遺跡から発見された『フルリ讃歌』は、約3500年前のものとされる現存する最古級の楽譜である。
(フルリとは、古代メソポタミアの民族「フルリ人」およびその言語「フルリ語」のことである)
楽譜が刻まれた粘土板は約36点の断片が見つかっており、特に『6番』と呼ばれるものは破損も少なく、極めて良好な状態で保存されていた。
幾多の楔形文字により刻まれたその楽譜は、現代の主流である五線譜とは大きく異なる。
完全な解読には未だ至っていないが、この曲はダイアトニックスケール(ドレミファソラシドの音階)で復元できるとする案も提示されており、古代人も我々現代人とそう変わらぬ音感を有していたことがうかがえる。
6番の歌詞の内容は、メソポタミア全域で崇拝されていた女神「ニッカル」へ捧げたものだと考えられている。
大雑把に意訳すると、
「おお、偉大なる女神ニッカルよ。供物を捧げるので、我々に豊穣や繁栄を与えてください」
といったものになる。
ニッカルは果樹園の女神だとされることがあるが、異論も多く、その全容は謎に包まれている。
現代に生きる我々は、ウガリットやフルリ人・フルリ語のことを、断片的にしか知ることができない。
全ての情報を知るには、あまりにも年月が経ちすぎているのが実情である。
古代ギリシャの音楽
古代ギリシャはローマをはじめ、西洋のさまざまな文化に多大な影響を与えたことで知られる。
かの賢人ピタゴラス(紀元前572年頃~紀元前494年頃)は「ピタゴラス音律」と呼ばれる人間にとって心地よい音の調律を発案し、西洋音楽の基礎を築いた。
かつてギリシャ文化圏に属していた現在のトルコ、アイドゥン近郊で発見された墓石には、通称『セイキロスの墓碑銘』と呼ばれる楽譜が、古代ギリシャ文字で刻まれている。

画像 : セイキロスの墓碑銘 wiki c Artem.G
解読すると、どうやら「セイキロス」なる人物が「エウテルペ」という人物(神という説もあり)に捧げた歌であるという。
人生の尊さ・儚さを説いた歌詞であり、3拍子でのびやかに歌い上げる曲であると解釈されている。
墓石は紀元後1~2世紀頃に建てられたと推定され、目立った欠損もなく旋律と歌詞がそろったほぼ欠損のない楽譜としては、世界最古級のものだといえよう。
他に挙げられるギリシャの古代音楽としては、デルポイという遺跡で見つかった『デルポイの讃歌』なるものがある。

画像 : デルポイの讃歌 public domain
楽譜は主に2種類あり、それぞれ『第1アポロン讃歌』『第2アポロン讃歌』などと呼ばれる。
共に太陽・音楽の神「アポロン」を称える曲であり、他にもさまざまな神々についての言及がなされている。
デルポイはアポロン信仰の中心地であったため、このような歌が作られたのも自然なことであろう。
古代エジプトのキリスト教聖歌
エジプトのオクシリンコスという都市で見つかったのが、『オクシリンコスの讃歌』だ。
3世紀末頃に作られたと推定される、世界最古級の「聖歌の楽譜」である。

画像 : オクシリンコスの讃歌 public domain
聖歌とはキリスト教において、祭事や儀式の際に歌われる楽曲のことをいう。
オクシリンコスの讃歌は唯一神・イエス・聖霊、いわゆる「三位一体」を称える内容の詩が、ギリシャ文字で記されているのが特徴である。
3世紀頃の古代エジプトの情勢は非常に複雑怪奇であった。
当時エジプトはローマ帝国の支配下にあり、土着の多神教徒と外来のキリスト教徒が暮らしていた。
ローマはエジプト人やギリシャ人のような多神教徒には比較的寛容だったが、キリスト教徒に対しては時期によって弾圧が強まることもあった。
そのため、エジプト国内におけるキリスト教の立場は決して安定したものではなかった。
そんな中で採譜されたのがこのオクシリンコスの讃歌であり、弾圧の中で唯一神に救いを求める歌とも、苦境にあっても信仰を捨てない決意表明の歌とも解釈されている。
古琴の楽譜

画像 : 碣石調幽蘭第五 序文 public domain
西洋だけではなく東洋にも、『碣石調幽蘭第五(けっせきちょう ゆうらん だいご)』という古代の楽譜が存在する。
なお現存する写本自体は唐時代(7~8世紀)のものとされ、日本には平安時代頃までに伝来したと考えられている。
中国本土では既に失われた楽譜となっており、現在は日本に伝わる写本が1巻残るのみである。
7弦の琴による演奏を想定した楽譜であり、漢字で「どの指」を「どの位置」において「どのように」弾くかが、事細かに著されている。
ただし、音をどのくらい伸ばすかや、休符(音を止めるタイミング)などは記されておらず、そこは想像で補って演奏する必要がある。
これら古代の楽曲の中には、五線譜に変換されネット等で公開されているものもあるので、興味のある人は一度演奏してみるのもよいだろう。
参考 : 『新 西洋音楽史』シリア国立博物館(Virtual Museum of Syria)デンマーク国立博物館(所蔵資料)他
文 / 草の実堂編集部

























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