西洋史

24時間体制で守られるハンガリーの聖なる宝「聖イシュトヴァーンの王冠」

画像:王笏、聖冠、剣、宝珠 wiki c CSvBibra

ヨーロッパの地図に小さく描かれる国、ハンガリー。

実はこの国の歴史が「ひとつの王冠」に凝縮されていることをご存じでしょうか。

ハンガリーの至宝、聖イシュトヴァーンの王冠は、単なる宝飾品ではありません。

千年以上にわたり、王権の正統性を示し、戦乱や政変の中で幾度も危険にさらされながらも守り抜かれてきた、まさに国家の象徴とも言える宝物なのです。

なぜこの王冠がそれほどまでに重要な存在となったのか、誕生から現代までの歩みをたどってみました。

王冠の誕生とイシュトヴァーン1世の戴冠

画像:イシュトヴァーン1世 public domain

11世紀初頭、ハンガリーは複数の有力勢力が並立しており、統一された国家は存在していませんでした。

そのためマジャル人の支配者であったイシュトヴァーン1世は、この分裂を乗り越え、中央集権国家を築くことを決意します。

彼の統治は単なる武力支配ではなく、宗教的・文化的基盤を整えるものでした。その象徴としてキリスト教を受け入れ、西ヨーロッパとの結びつきを強化しました。

1000年頃、イシュトヴァーンは教皇の承認を得て戴冠式を行いました。

現在伝わる王冠が、その戴冠式で用いられたものと同一であるかについては議論が残されていますが、いずれにせよこの王冠は権威の証となったのです。

この戴冠によって、イシュトヴァーンは単なる部族長ではなく「神の意志に基づく正統な王」として認められることとなります。

現存する王冠は、11世紀から12世紀にかけて異なる時期に制作されたパーツ(ビザンツ様式の下部と、ラテン様式の上部)が組み合わさった多層的な構造を持っています。

画像:聖イシュトヴァーンの王冠 wiki c granada_turnier

王冠には十字架がそびえ、緻密なエナメル画には全能のキリストや使徒、そして当時の皇帝や王といった天上の秩序と地上の統治者たちが描かれています。

なお、王冠の頂にある十字架は、17世紀頃の保管時の事故によりわずかに傾いていますが、その独特の姿は波乱に満ちたハンガリー史の証人として今日まで愛され続けています。

戦乱と王冠の危機

王冠は歴史の中で幾度も危機にさらされました。

13世紀、モンゴル軍の侵攻(1241~1242年)によってハンガリーは甚大な被害を受けました。

この時、国王ベーラ4世はアドリア海沿岸のトログィルまで退避しました。王冠もまた各地で厳重に守られ、戦火の中で失われることはありませんでした。

16世紀にはオスマン帝国の圧力下で、王冠は再び未曽有の危険に直面します。

画像:スレイマン大帝 public domain

領土が分断される混乱の中、王冠はハプスブルク家のフェルディナント1世と、オスマン帝国の支援を受けた有力貴族・サポヤイの間で争奪戦となりました。

1529年、スレイマン大帝が軍事介入すると、王冠はその手中に収まり、サポヤイの王位承認という政治的演出に用いられます。

これはハンガリー側にとって、王冠が異国の大帝国に握られ、王位の承認までも左右された屈辱的な出来事でした。

その後も王冠は各地の修道院や安全な城へと次々に隠され、移動を繰り返すことでかろうじて保護されました。

戦乱のたびに人々の手で守られたことで、その価値は単なる宝物以上のものへと高まっていったのです。

また、王冠は国民たちにとって精神的な支えにもなりました。

ハンガリーには「王冠そのものが国家の主権を持つ」という独自の思想があり、王冠が安全であることは王権の正統性が維持されている証しでもあるのです。

戴冠の儀と王冠の象徴性の確立

こうして中世以降、ハンガリー王が正統な支配者と認められるためには、歴史に根ざした「三つの厳格な条件」を満たすことが重視されました。

その三つの条件は以下になります。

「聖なる王冠を用いること」

「ハンガリー教会の最高権威であるエステルゴム大司教が執り行うこと」

「初代国王以来の伝統の地セーケシュフェヘールヴァールで儀式を行うこと」

たとえ正当な血筋であっても、この厳格なルールを欠けば国民からは「仮の王」と見なされました。

戴冠式は単なるお披露目ではなく、王が聖冠に対して「国民の権利と自由を守る」と誓いを立て、初めて国を治める真の資格を得る、極めて重い盟約の場だったのです。

画像:フランツ・ヨーゼフ1世 public domain

時代が下り、政治の中心がブダ(現在のブダペスト)へと移った19世紀。

オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立に伴うフランツ・ヨーゼフ1世の戴冠式では、かつての伝統を継承しつつ、ブダのマーチャーシュ聖堂がその新たな舞台となります。

1867年、この教会で聖冠を授かった王は、その足で「戴冠の丘」へと向かいました。そこで王は馬にまたがったまま、四方の空へ向かって剣を鋭く突き出しました。

これは、ハンガリーの領土をいかなる敵からも守り抜くという決意を国民に示す伝統的な所作でした。
当時、大国の支配に揺れていたハンガリーの人々は、古くからの王冠が再び掲げられる姿を見て、自国の歴史が途絶えていないことを肌で感じ取ったのです。

この戴冠の儀は、権威を見せつけるためのパレードではなく、王冠という存在を中心にして、王と国民が「一つの国」であることを再確認する特別な結びつきの場でした。

こうして王冠は、激動の時代においても国民が立ち返るべき心の拠り所となり、ハンガリーを内側から支え続けたのです。

国外保管と現代の展示

画像 : 王冠の絵図 1792年当時のもの(左が前面、右が後面)public domain

20世紀、第一次世界大戦の終結と帝政の崩壊により、王冠の役割は大きな転換期を迎えます。

1916年、ハンガリー最後の国王として戴冠したカーロイ4世を最後に、歴史ある戴冠式はその幕を閉じたのです。

第二次世界大戦末期には迫りくるソ連軍の手から逃れるため、王冠守護隊は命懸けで王冠を国外へ運び出しました。

王冠はオーストリアの修道院や油樽の中に隠されるといった数奇な運命を経て、最終的にアメリカ軍に回収され、ケンタッキー州のフォートノックス金庫室で厳重に保管されることとなりました。

この約30年にわたる不在の間、王冠は鉄のカーテンの向こう側で、ハンガリー国民にとって「いつか帰るべき失われた誇り」の象徴となりました。

1978年、米ハンの関係改善に伴い、ジミー・カーター政権下で王冠はついにハンガリーへと返還されます。
ブダペスト空港に降り立った王冠を、国民は深い感慨をもって迎え入れ、それは分断された歴史と自尊心を取り戻す国家的な儀式となりました。

その後、王冠はハンガリー国立博物館に展示されていましたが、建国千年祭を迎えた2000年からは、国家の至宝としてブダペストの国会議事堂の中央ドーム下に安置されています。

現在、24時間体制で衛兵に守られたその姿を間近にする人々は、千年を超える歳月が刻まれたエナメル画や傾いた十字架に、度重なる戦乱を生き延びた国家の強靭な生命力を見出すことでしょう。

王冠は、国家と国民をひとつに結びつける不変の絆として、今もなおハンガリーという国の中心にあり続けているのです。

参考文献
『ドナウ・ヨ-ロッパ史 (世界各国史 新版 19)』/南塚 信吾 (編)
『図説 ハンガリーの歴史 (ふくろうの本/世界の歴史)』/南塚 信吾(著)
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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