
画像:土蜘蛛 勝川春亭画 public domain
日本における妖怪の歴史は古く、古代の記録にも異形の存在や怪異を思わせる語りが見えます。
その後も近代に至るまで多くの妖怪伝承が生まれ、実にバリエーション豊かです。
今回ご紹介するのは、恐ろしいというよりむしろ生々しい気味悪さを感じさせる「黒坊主」です。
寝ている女性の口元に近づき、寝息を吸い、粘つく舌で口元を舐めるとされるこの妖怪は、ひときわ不気味な存在といえるでしょう。
しかもこの怪異はただの風の噂ではなく、明治時代の新聞記事にも取り上げられているのです。
黒坊主とはどのような存在だったのでしょうか。
黒坊主の記事
当時の新聞記事をご紹介しましょう。
記事の大意は次のようなものです。
神田福田町に住む大工の棟梁の家に近ごろ怪しいものが現れ、毎夜12時ごろになると、真っ黒な大きい坊主のようなものが出没する。
そのものは棟梁の隣で寝ている女房にのしかかり、頬や口元を舐め、寝息を吸う。
毎晩のように現れるため女房は参ってしまい、親類の家へ避難すると現れないが、家へ戻るとまた出る。
ところが、いつしかその話も聞かれなくなった。『松林伯圓記』
月岡芳年のリアリティある絵

画像:黒坊主の記事『郵便報知新聞』第663号(月岡芳年画)public domain
この妖怪に舐められた跡はネバネバしており、吐く息も異様に生臭く、病気になるのではと思うほど耐えがたい悪臭だったといいます。
その姿は人の目にははっきり映らず、もやもやとした黒い影のように見えたそうです。
新聞記事の絵には、苦しげな表情で横たわる女房、その上にのしかかる黒坊主、そして異変に気づいて驚く亭主が描かれており、場面の不気味さを強く伝えています。
長く太い舌を女房の口元へ伸ばしているようにも見え、人ならぬものとして描かれているのが印象的です。
報知系紙に掲載
文章を記した松林伯圓は、明治期に人気を博した講釈師として知られています。
この記事を掲載したのは、明治5年(1872)創刊の報知新聞系の錦絵新聞『郵便報知新聞 第663号』です。
報知新聞の系譜に連なる媒体であり、のちに報知系紙は「東京五大新聞」の一角を占めるようになります。
もっとも、この記事だけで黒坊主の正体まで断定することはできません。当時の人々のあいだで語られた怪異の1つとして受け止めるのが自然でしょう。
寝ている旅人の息を吸う「山地乳」

画像:『絵本百物語』より「山地乳」(竹原春泉画)public domain
他に、人の寝息を吸う妖怪として「山地乳(やまちち)」が知られています。
江戸時代の奇談集『絵本百物語』に登場する妖怪で、挿絵では、尖った爪を持つ毛むくじゃらの大きな猿のような姿に描かれ、口先も鋭く突き出ています。
解説によれば、コウモリは年を経ると「野衾」という妖怪になり、さらに年を重ねると「山地乳」になって山中に棲むようになるとされます。
山地乳は、寝ている人の寝息を口移しで吸い取り胸を叩いて去っていくのですが、その様子を誰かが目撃していれば吸われた人は寿命が延びるとか。
けれども誰もみていなければ、翌日死んでしまうとのことで、主に奥州(東北地方)に多い怪異として伝えられています。
おわりに
『絵本百物語』が出版された天保12年は、天保の大飢饉の記憶が色濃く残る時期で、飢えだけでなく病による被害も深刻でした。
当時の医師らは「邪気や悪気が体内に侵入して疫病を発生する」と考え、口腔を感染の経路の1つとして意識するようになります。
こうした考え方を背景に『絵本百物語』の作者たちは「口腔から侵入する疫病」に見立てた妖怪を描いたのではないかと考えられています。
明治の「黒坊主」についても何かを見立てたのかもしれません。ただの変質者だった可能性もあるからです。
寝所で起きた説明しがたい怪異を、明治の人々が妖怪という形で語った例の1つといえるでしょう。
参考:妖怪事典(村上 健司 )妖怪「山地乳」と口腔との関係(鶴見大学歯学部)
文 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部

























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