
画像 : インダス文明を代表する遺跡『モヘンジョダロ』 wiki c Saqib Qayyum
インドの歴史は古い。
成熟期のインダス文明は紀元前2600〜1900年頃に栄え、焼きレンガによる都市建築や発達した排水設備を備えていた。
やがてインドに関する情報は、古代ギリシャやローマの世界にも断片的にもたらされる。しかしその多くは商人や遠征者、ペルシア経由の伝聞に頼るものであり、実際の姿とは大きく隔たっていた。
見慣れない動物や現地の人々の風俗は誇張され、ときに生物学的にあり得ない奇っ怪な怪物として語られた。
こうしてインドは古代から中世のヨーロッパにかけて、「異形の蔓延る魔境」として想像されていったのである。
今回はかつてインドに実在すると信じられた、恐るべき幻想の怪物たちの伝承について見ていきたい。
巨大アリの正体はマーモットだった!?

画像 : アリに追われる採掘者たち。中央にアリの群れが見える。 public domain
古代ギリシャの歴史家ヘロドトス(紀元前484~紀元前425年頃)の著書『Histories』は、インドについて記された古書物の一つである。
同書にはインドにまつわる荒唐無稽な怪情報が散見されており、中でも特筆すべきものに「金を採掘する巨大なアリ」の伝承が挙げられる。
このアリは一匹一匹が狐~犬ほどの大きさがあり、地中を掘り進め砂金を集める習性を持つとされる。
現地のインド人は、アリが地中に隠れる最も暑い時間帯を狙って、金を含んだ砂をかき集めるのだそうだ。
しかし日が暮れてくるとアリは地中から這い出してくるので、インド人は急いで逃げなければならなかった。
アリの足は恐ろしく速く、ぼやぼやしていると追いつかれ惨殺されるからである。
このアリの正体は一説によると、ヒマラヤ山脈やチベット高原に生息するヒマラヤマーモットではないかといわれている。

画像 : ヒマラヤマーモット wiki c Webster899
ヒマラヤマーモットは深い巣穴を掘る習性を持ち、その際に金を含んだ土が掘り出されることがあるという。
インド北部などに住む「ミナロ族」は実際に、マーモットが掘った穴の周辺から砂金を集める文化を有していたとされている。
謎の怪物オドントティラヌス

画像 : 兵を襲うオドントティラヌス public domain
マケドニア王国(現在のギリシャ北部辺り)の王、アレクサンドロス3世(紀元前356~紀元前323年)は、世界征服を目論んでいた。
当時最強と謳われたペルシア帝国を破竹の勢いで滅ぼし、次なる進軍先として彼が目を付けたのがインドであった。
アレクサンドロスの軍勢はインドへと遠征し、2年後にはインダス川の支流ヒュダスペス河畔において、パウラヴァ族の王ポロス(?~紀元前317年)を激闘の末に打ち破った。
さて、その戦いの直後、アレクサンドロス軍がとある湖のほとりで野営していた際のことである。
夜中に突如として、ヘビ・カニ・ライオン・ブタ・コウモリといったさまざまな動物たちが、兵士たちに向かって波状攻撃を仕掛けてきた。
その群れの中には、三本角で馬の頭を持つ、ゾウよりもはるかに巨大な怪物が存在したという。
オドントティラヌス(Odontotyrannos)と呼ばれるこの異形の怪物は、火を全く恐れず、あっという間に兵士26人を抹殺したそうだ。
恐るべきオドントティラヌスであったが、アレクサンドロス軍の必死の抵抗により、最終的に絶命したとされる。
このエピソードは、アレクサンドロスがアリストテレス(紀元前384~紀元前322年)に宛てた書簡という体裁をとる『Epistola Alexandri ad Aristotelem』に収録されているものだが歴史的事実ではなく、この手記自体も後世の創作であると考えられている。
ただし、オドントティラヌスのモデルとなった生物は、実際にインドに生息していたという主張もある。
イギリスの考古学者ウォーリス・バッジ(1857~1934年)は、この怪物の正体はワニではないかと論じた。
他にも足のない巨大な蠕虫(ミミズやイモムシ)ではないかという珍説も存在する。
インド人もビックリなインドの怪生物

画像 : マルティコラス public domain
古代ギリシャの医師クテシアスが著した『インド誌』の断片には、現地のインド人が聞いたら鼻で笑うような、荒唐無稽な怪生物が次々と登場する。
代表的なものとしては、人食い怪物マルティコラス(Martichoras)が挙げられる。
その顔は人間に酷似しており、尻尾にはサソリの毒針が生えている恐るべき怪物だとされる。
クテシアスは「実在の生物」であると説いているが、実際はベンガルトラを誇張気味に記しただけだと考えられている。

画像 : ユニコーン public domain
他には、かの有名な幻獣ユニコーン(Unicorn)の源流にあたる一本角の動物も、クテシアスの『インド誌』に登場している。
ユニコーンといえば優雅な一本角を有する馬であり、その角には優れた薬効があることで名高い。
ただしクテシアスの記した一本角の動物は、現在イメージされる優雅な白馬ではなく「インドの野生ロバ」として語られている。
そこから後世のヨーロッパで、一本角を持つ幻獣ユニコーンのイメージが広がっていったのである。
『インド誌』をはじめ、古代の文献に残されたインド像は、現代人から見れば意味不明な奇書の世界としか映らないものも多いだろう。しかし、そこには古代の人々が遠方のインドをどのように想像し、どのように恐れ、どのように語り継いだのかが刻まれている。
荒唐無稽な怪物譚であっても、当時の世界観を知る手がかりとして価値あるものには違いないのである。
参考 : 『Histories』『Epistola Alexandri ad Aristotelem』『インド誌』
文 / 草の実堂編集部

























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