この料理に「パスタ」なんて呼び方は似合わない。「スパゲッティ」じゃなければいけないのだ。
太いスパゲッティに真っ赤なケチャップ。ほんのりとした甘さとちょっとした酸味。
老若男女、世代をこえて思わず「懐かしい」と呟いてしまう「ナポリタン」。世代が違っても懐かしさを感じるその魅力とはなんなのだろうか?
ナポリタン の定義
「ナポリにナポリタンという料理はない」という話は有名だ。日本で生まれた日本の洋食である。
では、ナポリタンの定義とは何だろう?
確かにナポリタンの発祥の歴史をたどれば、その原型はわかる。だが、国民食となったナポリタンはその後も民衆に広まり、まるで生物が進化の過程で枝分かれしたかの如く、色々なアレンジが加えられたのである。
では、我々の中でナポリタンの「最大公約数」的なイメージとはどのようなものか?
まず一番は麺である。麺としてのパスタは1.6mmほどの太さのものを柔らかく茹でる。
乾燥パスタではアルチェネロというのがもっちりしていて良いらしい。
茹で加減も表示時間通りではダメだ。それより少し長く茹でて湯を吸わせる。鍋から取り出したらサラダ油と絡め、手早く冷ます。それを冷蔵庫で一晩置くのだ。油を加えるのは寝かせる際に麺がくっつかないためであり、水分を含ませることで調理するときに乾燥しないようにするためである。
最近のお洒落なイタリアンでは、アルデンテのパスタとソースを絡めたものをナポリタンなどと称するが、そんなものは言語道断である。プヨプヨとしたパスタにトマトソースではなく、ケチャップを絡めてこそナポリタンである。
具の論争
次に大事なのは具材である。
たかが具材と侮るなかれ、種類が少ないからこそ好みが分かれる。
基本的なところでは少々の薄切りタマネギと薄っぺらいソーセージの輪切り、他にはハムやら缶詰のマッシュルーム、輪切りか細切りのピーマンといったところか。しかし、ソーセージの代わりに細切りのベーコンが入ることもある。イメージではソーセージの勝ちだが、「肉を食べている」という食感はベーコンに軍配が上がる。
ピーマンだって彩りや食感のアクセントには大切だが、子供向けに入れない場合も多い。しかし、ピーマンがないナポリタンには寂しさを感じてしまう。
クックパッドを見るとマッシュルームの他にも、しめじやエリンギ、ツナ缶、バジル、ハーブソルト、さらには白ワインなどを入れた「我が家の」ナポリタンが多数掲載されているが、基本的にナポリタンは汁気が飛ぶまで炒めるので、汁気のある具材は合わない。
つまりは安くて、見た目もどこかチープな具材ほどナポリタンらしさを演出してくれる。
トマトソースとナポリのパスタ
ナポリタンはトマトソースではいけない。ケチャップで炒めるのがナポリタンである。
まあ、ときには数種類のケチャップをブレンドしたり、ウスターソースでコクを出すこともあるが、基本的にはケッチャップでなくてはいけない。
ホテルニューグランドなどの本格派なナポリタンのなかには、野菜などをケチャップと煮込んでソースを仕上げているところもあるというが、それでは庶民の味とは違ってしまう。
ましてや、トマトソースなどとは考えられない組み合わせである。
確かに17世紀末のナポリにはトマトソースのパスタが存在していた記録はある。もともとトマトは、新大陸からスペイン経由でヨーロッパに伝えられたので「スペイン風トマトソース」という言葉が残っている。このようにナポリではトマトソースでスパゲッティを食べる習慣があったが、このトマトソースをナポリ風(ナポリアーナ)と呼んだ。
やがて移民と共に大西洋を渡ったトマトソースは、ニューヨークでケチャップに変わる。
イタリアとは違い新鮮なトマトが手に入らなかったからだ。さらにケチャップと柔らかいスパゲッティが入った缶詰が安価で出回り、これがアメリカにおけるナポリタンとなった。
それが戦後の日本に伝わることで、コシのないケチャップ漬けのスパゲッティが日本に広まったのである。
懐かしさの謎
昔は、純喫茶やデパート内のちょっとした食堂でナポリタンを食べるのを楽しみにしていた世代の方も多いだろう。お子様ランチにもケチャップ味のスパゲッティが添えられていた。
一方、バブル期を知らない若い世代には馴染みのないはずだ。「イタメシブーム」により、日本でも様々な本格的パスタが広がり、麺状のパスタのこともスパゲッティとは呼ばなくなった。
そんな隔たりがあるのに誰もが「懐かしい」と口にしてしまう理由・・・。
理由は大きく二つある。
ひとつは麺の柔らかさ。上の世代の人には柔らかな麺が当たり前だが、若い世代に人気なのはちょっと固めのアルデンテ。しかし、子供の頃に柔らかいスパゲッティやうどんを食べたことがあるはずだ。子供というより幼児の頃だな。パスタとうどん、製法や味は違えど同じ小麦から作った麺である。それを幼児向けに柔らかくして食べた記憶が、大きくなっても残っているのである。
もうひとつはケチャップ。
世代を問わず、子供にとってケチャップの味というのは身近な味だった。
フランクフルト、ホットドック、ハンバーグなどなど。
オムライスなどはケチャップで炒めたチキンライスを卵焼きで包み、その上からさらにケチャップをかける。ケチャップには砂糖が多く含まれているため、酸味を強く感じることはない。だから、子供でも慣れ親しむことが出来た。
このような下地があるからこそ、誰もがナポリタンを「懐かしい」と表現せずにはいられないのである。
最後に
大型ショッピングモールなんてない時代、街の中心は駅前の小さなデパートだった。
その最上階の食堂で食べたナポリタンの味は格別だった。
最近では懐かしさと、真新しさからナポリタンが復権しつつあるようだ。これからも国民食として食べられることは大変ありがたい。
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