平安時代

さぬきうどんについて調べてみた

うどん県」としてすっかり定着した香川県。その名に偽りなく、うどん消費量も全国で第1位である。

2002年9月に「はなまるうどん」が東京へ初進出したことで静かなブームが広がり始めた。そして、2000年代には「丸亀製麺」の出店攻勢によりはなまるうどんを追い抜くと、2018年3月には店舗数が国内外合わせて1,000店舗となる。

香川県民のソウルフードから全国区の知名度を誇るまでになった「さぬきうどん」のルーツとはどのようなものなのだろうか。

ルーツはコントン?

さぬきうどん

【※日本にうどんを伝えたとされる弘法大師・空海。wikiより引用】

香川県=讃岐国は、日照時間が長くて平地が多いことから良質な小麦粉の産地であった。

主要な作物は稲であったが、戦国時代から江戸時代には二毛作が普及し、小麦の生産高も増加した。雨も少ないことから塩田が開発され、醤油は小豆島で生産が行われるようになる。さらにイリコ(煮干)もあったことから、江戸時代には広くうどんが食されるようになった。しかし、江戸時代中期までは醤油が高級調味料だったこともあり、どのような形で味付けをしていたのかはあまり分かっていない。

一方で、さぬきうどんのルーツとしては、平安時代にまで遡るという。

遣唐使として中国から帰国した弘法大師・空海が、当時の中国で食べられていたという、小麦粉を練って茹でた「コントン」を伝えたという説が有力である。コントンとは練った小麦で餡を包み煮たもので、当時は菓子のようなものだったが、時代が下るにつれてうどんに変化したようだ。

江戸時代の さぬきうどん

客に振舞ううどんということならば、元禄15年(1702年)に描かれた「金毘羅祭礼図屏風」が重要な資料となっている。金比羅さんの祭りである例大祭の様子を描いた「六曲一双」の屏風のことだが、左右6枚ずつの扇がひとつの隻となり、計12枚の作品で構成されている。この屏風には建物だけで248軒も描かれており、当時の金比羅門前町の様子を知る上では貴重な資料だ。

そこには3軒のうどん屋も描かれていて、それぞれ「うどん捏ね」「うどん打ち」「うどん切り」の工程が描かれている。さらに、店頭には「招牌(しょうはい)」という看板が掲げられているところからうどん屋であることも分かる。

屏風が描かれたのが300年以上前ということは、さぬきのうどん屋の歴史はそれよりも古いということだ。

明治から昭和

【※はなまるうどんの冷やしぶっかけうどん】撮影:gunny

江戸時代後期になると金比羅参りを対象とした旅籠の1階が、うどん屋となることが多かった。

この頃には付け汁を入れた猪口に薬味と共にうどんを付けるスタイルが主流だったようだ。現在のような「ぶっかけ」が人気となったのは明治になってからである。ぶっかけとはうどんに出汁汁をかけたもので、生醤油をかけた「醤油うどん」とともに人気のメニューとなった。薬味としてネギやおろし生姜、もしくはその両方が付けられる。

20世紀になり、屋台での行商となるまでは、夜鳴きうどんの行商人が天秤棒を担いで営業を行っていた。すでに生麺の卸売業者、通称「玉卸し屋」があり、行商人は契約して道具を借りていたという。なお、夜鳴きうどんの営業は高松市内がメインだったようだ。

戦後になり、それまでは家庭やうどんやで食されていたうどんは、色々な飲食店に置かれるようになる。そして、近年ではネットの普及により「穴場的うどん屋」が全国区に知られるようになり、人気を博すようになった。

製麺所がうどん屋?!

【※丸亀製麺の釜玉うどん】撮影:gunny

穴場的うどん屋の代表格が「製麺所」のうどんである。本来は製麺所でありながら、片手間でうどんを客に提供する。

そのため、立地も山奥や路地裏など店舗としては集客を考えておらず、客は麺を工場で受け取り、飲食スペースで食べるのだ。有名な店では香川県綾歌郡の「山越」がある。もともとは家族営業の製麺所だったが、メディアに取り上げられたことにより、客が殺到。屋外に飲食スペースを設けて対応している。そのため、営業時間も9:00~13:30という短さだ。

山越 → 公式HP

この山越は、茹でたうどんに卵と薬味、出汁を混ぜた「釜玉うどん」発祥の店とされている。

なぜ、製麺所でうどんを食わせるようになったのかは諸説あるが、「あの製麺所のうどんは美味い」「なら茹で立てを食べさせて欲しい」という客の要望が先行していたようだ。「美味い」という客観的事実があって、それが客の熱意によって店にされてしまう。これこそ飲食店経営の理想形ではないだろうか。

全国に広がる本場の味

【※丸亀製麺の海老天とかしわ(鶏)天。本場でもセルフとなっている場合が多い】撮影:gunny

店舗型うどん屋にも老舗・人気店はある。その代表格といえるのが「うどん本陣山田家」だろう。

約800坪という広大な敷地内にある屋敷は登録有形文化財となっており、座席数も300席以上あるが、常に混雑するという名店だ。高松市の本店の他、東京ソラマチにも出店している。他のうどん屋とは一線を画すといわれるほどである。

うどん本陣山田家 → 公式HP

その他にも、冷凍技術の発達により、工場生産の冷凍うどんもシェアを伸ばしてきている。これが、チェーン店の全国展開とともに「さぬきうどん」を全国区に広めたのは確かだろう。

最後に

さぬきうどんの特徴は麺のコシにある。全国的に比べて特別硬いわけではないが、弾力があり、喉越しがいい。この喉越しというのも大切で、讃岐では「うどんは喉で味わうもの」という表現があるくらいだ。この言葉ひとつとっても、いかに讃岐においてうどんが特別な食べ物かわかるだろう。

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コメント

    • 匿名
    • 2018年 5月 13日 8:33am

    丸亀製麺は香川県関係無いですよ?名前だけで。

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