前回の続きです。
目次
いざ!ミネアポリスへ
NFCチャンピオンシップでバイキングスに圧勝して第52回スーパーボウル進出を決めたフィラデルフィア・イーグルスだが、NFCチャンピオンシップの前に行われたAFCチャンピオンシップはニューイングランド・ペイトリオッツが勝っており、先にNFC王者を待つ形になっていた。(カンファレンスチャンピオンシップはスーパーボウルでホーム扱いのカンファレンスが15時開始、アウェイ扱いのカンファレンスが18時40分開始と決まっている)
何かの運命か、イーグルスが前回スーパーボウルに進出した第39回スーパーボウルの再戦となるが、この試合はペイトリオッツのサイン盗みがあった「疑惑の一戦」であり、イーグルスにとって第52回スーパーボウルは13年前の借りを返す戦いでもあった。
試合前のオッズは恒例のアンダードッグだったが、過去2試合、そのアンダードッグ評価を覆してここまで来た。
そもそも、スパイにボールの空気圧の不正指示などの疑惑はあれども史上最高のQBとの呼び声が高いトム・ブレイディと、5度のスーパーボウル制覇(当時)を誇るビル・ベリチックHCを相手にするのはどのチームでも簡単な事ではない。
世間の予想はペイトリオッツ一色だが、あらゆる逆境を乗り越えて来たイーグルスのスーパーボウル初制覇の相手としては最も相応しかった。
NFCチャンピオンシップから一週間経った1月28日、イーグルスのメンバーは多くのファンの見送りを受けながらミネアポリスへと旅立った。
スーパーボウルのジンクス
スーパーボウルまでの二週間、何か勝てる要素はないかと探していたが、ブレイディは40歳ながらシーズンMVPに最多パスヤードの「二冠」を達成しているなど尚更ペイトリオッツ有利に見える。
だが、シーズン最多パスヤードを記録したQBのスーパーボウル制覇はゼロであり、それを見たら何となくイーグルス有利に見えて来る。
もっとも、前回イーグルスが出場した39回から51回まで白ユニフォームを着たチームが12勝1敗(35回からカウントしたら13勝4敗)というデータがあり、それを頼りにペイトリオッツが白ユニフォームを選んだというニュースが流れると、今度はイーグルスが不利に思えてしまう。(ブレイディ加入以降で白ユニフォームを着たスーパーボウルは3戦全勝だが、ユニフォームの色は有利不利の根拠にはならないため、ジンクスなど何のアテにもならないただのネタでしかないという結論になる)
アテにならないジンクスからは離れて、ペイトリオッツに何か弱点はないものかと今シーズンの成績を見ていると気になる数字が出て来る。
失点こそリーグ5位(イーグルスはリーグ4位)と優秀なペイトリオッツだが、喪失ヤードはリーグ29位(イーグルスはリーグ4位)と低迷していた。
ペイトリオッツの試合はほとんど見ていないため詳しい事は分からないが、ある程度進ませてFGは許してもTDは許さない、いわゆる「曲がっても折れないディフェンス」なのだろうか。(もしくは大量リードを奪った終盤に相手の自由にやらせて4thダウンギャンブルを失敗させているのか)
ペイトリオッツの歪な成績には違和感しかないが、数字通り簡単に進めるのであれば、イーグルスならTDを奪えるはずだ。
そして、一発勝負のプレーオフに於いて、勝負を呼び込むのはディフェンスの強さである。
ストレートに言ってしまえばディフェンスが「ザル」なペイトリオッツと比較すると、ディフェンスの力で勝って来たイーグルスに勝機は十分ある。
根拠として強いとは言えないが、決して的外れではない自信があった。
他にイーグルス有利となるような要素がないかと探していると、ペイトリオッツがスーパーボウルでコイントスに勝った2試合はいずれも負けているという笑い話のようなネタが出て来る。
このネタを本気にしている者はほとんどいなかったが、注目のコイントスで勝ったのはペイトリオッツだった。
シーズンMVPの所属チームがスーパーボウルで勝ったのは30回以降で3チームだけ(ブレイディがMVPとなった時は一度もスーパーボウルで勝っていない)
シーズン最多パスヤードを記録したQBはスーパーボウルで勝てない(ブレイディが最多パスヤードを記録したからイーグルス有利とは言えない)
ペイトリオッツがコイントスで勝ったスーパーボウルは負けている(コイントスで勝ったのは2回だけだから根拠なし)
国歌斉唱中の雰囲気はイーグルスの圧勝だった(国歌斉唱中のフォールズの闘志漲る表情と何処か落ち着かない様子のブレイディの対比は見ていて気になった)
ジンクスといえないような笑い話ばかりだが、ネタがいくつも集まれば「勝てるかもしれない」という根拠のない自信になる。
ありとあらゆるネタを拾ってポジティブな気持ちを維持するよう努力していたが、ここまで来たらチーム全員を信じるしかなかった。
Philly Special
中立地ながらUSバンク・スタジアムの7割を埋めたイーグルスファンの声援が響き渡る中、後半の攻撃を選んだペイトリオッツのキックオフで第52回スーパーボウルが始まる。
最初は様子見なのか、本当にザル守備なのか、最初のドライブは簡単に進み、あっという間にエンドゾーンが目の前になる。
TDが奪えずFGになるが、やはりペイトリオッツのディフェンスは弱いと確信する。(但し、TDだけは許さないゴール前の強さもさすがである)
一方、ペイトリオッツのオフェンスも順調に進み、あっさり同点になる。
その後も一進一退の攻防は続き、前半も残り2分を切ってイーグルスがリードをしていたが、スコアは15対12の接戦だった。
エンドゾーンまで1ヤード残して4thダウンとなり、イーグルスは決断を迫られる。
オンサイドキックというリスキーな方法を使うか、もっと可能性の低い相手のミスに期待しない限り、後半はペイトリオッツオフェンスで始まる。
FGで5点差にするのも間違いではないが、後半最初のドライブで逆転を許して、ビハインドの状態からオフェンスを始めるのは避けたかった。
タイムアウトを取ってピーダーソンと最終確認をすると、フォールズがフィールドに戻って来る。
どうやら、本気でTDを狙うようだ。
不必要な時でも4thダウンで攻める傾向が強く、ファンからは「クレイジー采配」と賛否両論あるピーダーソンだが、5度のスーパーボウル制覇を誇るペイトリオッツに勝つには、クレイジーと言われるほどの勝負度胸が必要だった。
フォールズがプレーを伝えると、選手がポジションに着く。
フォールズが不自然なほど前に出て、素人でも何かをするのが分かったが、ペイトリオッツディフェンスがスペシャルプレーに警戒したのを見てフォールズが合図を出す。
コーリー・クレメントがスナップを受けると左サイドに走り出す。
露骨なスペシャルプレーだったので既に相手ディフェンスが待ち構えているが、クレメントは左サイドから走って来たトレイ・バートンにボールを渡す。
バートンの視線の先には、エンドゾーンの中でフォールズがフリーで待っている。
QB経験のあるバートンが完璧なコントロールでパスを投げると、フォールズはボールをキャッチするだけで良かった。
スコアは22対12となり、イーグルスのリードが10点差に広がったところで前半が終了する。
このプレーは「フィリースペシャル」という名で語り継がれる事になり、半年後には銅像が建てられるなどフィラデルフィアの伝説となった。
ペイリオッツのプレッシャー
3点差でも6点差でもなく、10点差で前半を終える事が出来たのは本当に大きかった。
仮に後半最初のドライブでペイトリオッツにTDを許しても、まだリードしているという安心感は想像以上に大きい。
悲願のスーパーボウル制覇まで残り30分、イーグルスのキックオフで後半が始まる。
過去2試合は後半無失点と圧倒的な守備の強さを見せ付けながら勝って来たイーグルスだが、ギアを上げたペイトリオッツにあっさりTDを許してしまう。
10点差が一瞬で3点差になるが、イーグルスも直後のドライブをクレメントへのTDパスで完結させるなど、一歩も譲らないTD合戦となる。
ここまで来ると先にTDが途切れた方が不利になるが、先に止まったのはイーグルスだった。
再びTDを決められて3点差に迫られた後のドライブでTDを取れず、エリオットのFGで3点追加するが、32対26とリードは6点しかない。
TDに加えPATのFGが決まれば逆転されてしまう。
祈るような気持ちでディフェンスのビッグプレーに期待するが、初優勝を目指すイーグルスを嘲笑うかのようにペイトリオッツはあっさりとTDを決め、PATで逆転する。
時間は9分も残っているし、イーグルスのオフェンスも好調である事を考えたら、再逆転は十分可能ではあったが、どんなにゆっくり攻めても2分は残る。
2分もあれば簡単に得点出来るペイトリオッツのオフェンス力を考えたら、例え逆転しても3点では足りない。
このドライブで逆転出来る自信はあったが、リードを奪ったとしても全くリードしている気がしない。
むしろ追い詰められているような感覚に陥る。
対戦相手が口を揃えて証言する、ペイトリオッツのプレッシャーは想像以上だった。
運命のギャンブル
「このドライブでTDを決めないと負ける」というプレッシャーと戦いながら、イーグルスのオフェンスが始まる。
なるべくペイトリオッツに時間を残さないよう、ゆっくりオフェンスを進めるイーグルスだが、残り6分で1ヤードを残して止まる。
3回で止めてボールを取り返し、最後にFGを決めて勝つ自信があればパントでもいいが、今日のペイトリオッツオフェンスが絶好調である事を考えたら行くしかない。
4thダウンギャンブルを失敗したら、失敗した位置から相手ボールとなる。
自陣45ヤードで4thダウンとなったイーグルスが次のプレーで1ヤード進めなければ敵陣45ヤードに変わる。
つまり、ペイトリオッツにとって絶好のポジションを与える事になる。
失敗したら大ピンチどころか試合終了になってしまうが、ピーダーソンはシーズンを賭けたギャンブルを決断する。
フォールズの投げたパスは最も信頼出来るターゲットであるザック・アーツがキャッチしてクリア、1stダウンを更新して逆転への望みを繋げる。
試合は残り5分を切り、時間を使って得点したいイーグルスと、早く得点させたいペイトリオッツの駆け引きが激化する。
残り52ヤードをどう進むか、タイムアウトを含めた時間の使い方が非常に重要になる。
残り3分を切ってエンドゾーンまで残り14ヤード。
ペイトリオッツのタイムアウト2つと、ツーミニッツウォーニング(前後半残り2分で時間が止まるNFL独自のルール)で最低3回時間が止めるため、3回の攻撃で10ヤード進んでクリアして、ランで時間を使いながらラスト1秒で超至近距離からFGを決めて勝つというシナリオは現実的ではない。
アジャイのランで3ヤード進み、エンドゾーンまで残り11ヤード。
ペイトリオッツもタイムアウトで時間を止めて残りは2分30秒となる。
2ndダウンでジェフリーを狙ったパスは失敗して、残り2分25秒。
ペイトリオッツのタイムアウトを使わせないまま3rdダウンとなる。
7ヤード進めなければFGに行くしかない、運命の3rdダウン。
フォールズのパスを受けたアーツの前はがら空きで、そのままエンドゾーンに飛び込む。
38対33と逆転し、TDとPATで逆転されない点差に広げようと2点を狙うが、クレメントへのパスは失敗となり、7点差に広げる事が出来なかった。
神の左手
ペイトリオッツにとって、残り2分21秒でTDを決めるのは難しいミッションではない。(しかも、タイムアウト1つにツーミニッツと2回も時間を止める手段が残っている)
早速パスで8ヤード進み、試合を見ているNFLファンの多くがペイトリオッツの逆転勝利を確信していたが、ブランドン・グラハムの左手がブレイディからファンブルを奪う。
こぼれたボールをデレック・バーネットが拾い、敵陣31ヤードという絶好のポジションからイーグルスボールになる。
一度でもクリアすればイーグルスの勝利ではあったが、FGで8点差に出来る事と時間消費を優先してランで時間を使い、セオリー通りFGで8点差にする。
大事なタイムアウトを使いきったペイトリオッツに残された時間は65秒(1分5秒)しかなかった。
日照りが終わる時
残り1分5秒しかないとはいえ、なるべくペイトリオッツに不利なポジションから攻撃させたい。
エリオットがエンドゾーンギリギリに落としたキックを何とかリターンしようとするペイトリオッツだが、全く進む事が出来ず、時間を7秒も使った上に自陣9ヤードというほぼ最悪に近いポジションから最後の攻撃が始まる。
残り58秒で91ヤード進んでTDを決めるのは、困難ではあるが不可能ではない。
イーグルスとしては残り1ヤード前までは進まれてもいいから、一発TDだけは許さないという守備を敷き、簡単にパスを通させる代わりに時間を使わせる。
ペイトリオッツが進むと同時に時間も少なくなり、残り時間は僅か9秒、エンドゾーンまで51ヤードもある。
恐らくラストプレーとなるであろう次のプレーで51ヤードの一発TDさえ許さなければ、イーグルスがスーパーボウルチャンピオンだ。(反則があれば残り時間ゼロでもプレー可能という事は考えない)
スナップを受けたブレイディにイーグルスのDLが襲い掛かる。
強烈なラッシュをかわすと、ブレイディは敵味方が入り乱れるエンドゾーンに向けてパスを投げるが、密集しすぎて誰も捕れない。
時計がゼロになると同時にボールが地面に落ち、タイムアップとなる。
NBCではアル・マイケルズがイーグルスの長い日照りが終わったという名実況で視聴者を感動させると、日本ではNHKがテロップを出してイーグルスのスーパーボウル初制覇を伝える。
スーパーボウル進出が決まってからの二週間、イーグルスが勝ったらどんなリアクションをしよう、どんなツイートで喜びを爆発させよう、など頭の中では色々と考えていたが、23年間待ち続けた「その瞬間」が来た時は、アメリカのファンと同じくテレビの前で叫び回るしかなかった。(スーパーボウル制覇と同時にプロポーズが成立したイーグルスファンのカップルの方はおめでとうございます)
はじめてのロンバルディトロフィー
ウェンツが抜けてから、絶望感とともに世間からは「アンダードッグ」と嘲笑される日々だった。
そのアンダードッグが「絶対王者」を倒してスーパーボウルに勝つというのは、誰かが書いた映画のシナリオのように見えるが、紛れもない「現実」だった。
ミッドナイトグリーンの紙吹雪が舞う中、13年前、フィラデルフィアに持ち帰る事が出来なかったビンス・ロンバルディ・トロフィーをオーナーのジェフリー・ルーリーが掲げる。(スーパーボウルの紙吹雪は記念品としてそれなりに出回っているため、レアアイテムに見えて割と簡単に手に入る)
遠く日本で試合を見ていた筆者も、テレビの前で「せーの!」と言いながらルーリーと一緒に万歳をする。(完全にサッカーのノリ)
完全に個人的な話になってしまうが、浦和レッズが優勝した2017年11月25日のAFCチャンピオンズリーグ決勝2ndレグは埼玉スタジアムにいて、応援しているチームが優勝する喜びと感動は3ヶ月前に経験していたが、この感動は何度でも経験したくなる。
試合を振り返ると、いい意味でも悪い意味でも自分のやり方を貫き、相手の罠や誘いには乗らない(気付かない)ピーダーソンならではの勝利だった。
後出しの結論になってしまうが、これまでの対戦相手が屈して来た「ペイトリオッツのプレッシャー」という、言葉で説明出来ない曖昧なもの(強いて表現するなら「ハッタリ」や「脅し」というべきか)を武器に、自分達のペースに巻き込みながらじわじわと相手を追い詰めるペイトリオッツにとって、十八番の心理戦が通用しないイーグルスは相性が最悪の相手だった。
Fly Eagles Fly
シーズン中の快進撃は本物だったのか、ウェンツでプレーオフを戦ってもスーパーボウルで勝てたのか、議論やifは今でもある。
過去の優勝チームと比較しても、イーグルスが史上最強のチームとは言えない。
セオリー無視でまともな采配が出来ないピーダーソンは名将には程遠い。
それでも、一発勝負のスーパーボウルは勝利こそが全てである。
ピーダーソンの鈍感力の勝利だろうが、ペイトリオッツとの相性の勝利だろうが、細かい事はどうでもいい。
数々の苦難を乗り越えて掴んだロンバルディトロフィーの重みと感動は歴代のどの優勝チームにも勝るものだった。
2018年2月4日はフィラデルフィア・イーグルスを愛する人間にとって最高の一日になったが、感動のクライマックスは最後の最後にやって来る。
表彰式が終わると、TDの度に流れていたファイトソング『Fly Eagles Fly』が流れ、世界中のイーグルスファン全員で合唱する。(NBCではいいところでCMに入ってしまったため、NHKのように最後まで表彰式を放送してくれた海外勢しか最後まで歌えなかったのが残念ではある)
レギュラーシーズンから高得点試合が続いたため、数えきれないほど歌って来たが、シーズンの最後にみんなで歌った『Fly Eagles Fly』は、これまでで最も幸せな瞬間だった。
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