古代文明

人類最古の「ガン」は170万年前のホモ・サピエンス以前の種の骨肉腫だった

ガン」は現代の病と考えている人が多いが、実は古代から存在していたことが確認されている。

世界でもっとも多くの種の人類の遺骨が眠っているため、「人類のゆりかご」と呼ばれる南アフリカにあるスワートクランズ洞窟内で、

「ガンに冒された約170万年前の人骨が発見された」

と学術誌『South African Journal of Science(南アフリカ科学ジャーナル)』で2016年に論文発表されたのだ。

人類最古の「ガン」は170万年前だった

イメージ画像 : スワートクランズ洞窟がある南アフリカの人類化石遺跡群  wiki c

興味深いのは、私たち人間の種であるホモ・サピエンスではなく、それよりはるか前の種からすでにガンが存在していたという事実である。

ホモ・サピエンスは約30万~20万年前にアフリカで誕生したと考えられているため、約170万年前というと「パラントロプス・ロブストゥス」または「ホモ・エルガステル」という種であることが考えられるという。

人類最古の「ガン」は170万年前だった

画像 : パラントロプス・ロブストス  wiki c

人類最古の「ガン」は170万年前だった

画像 : メスのホモ・エレクトスの復元 wiki c Tim Evanson

研究チームが、発見された人骨をマイクロCTスキャンにかけたところ、左足の指の骨に悪性腫瘍(ガン)である骨肉腫を抱えていたことがわかった。

骨肉腫はカリフラワーのような外観が特徴的で、現代では比較的若年層が罹患することが多いが、発見された化石の人骨は成人していた可能性が高いことが調査でわかっている。

人類最古の「ガン」は170万年前だった

画像 : 骨肉腫 病理組織像 wiki c

論文の著者のひとりであるウィットウォーターズランド大学のエドワード・オデス氏は、

「古代人のような質素な食事、クリーンな自然環境で生活していてもガンに冒されていた。
私たちの人体は、はるか昔からのDNAレベルでガンの芽に巣食われている。
どのような生活スタイルであってもガンをなくすことはできないということだ。」

と述べている。

発見された人骨の化石は、骨肉腫に冒された左足の指の骨片以外の部位は発見されておらず、年齢や性別、死因が骨肉腫だったかどうかなどの詳細は明らかになっていないが、相当激しい痛みに襲われ、歩行困難だったことだけは推測できるという。

アメリカ・ピッツバーグのカーネギー自然史博物館の古脊椎動物学者、ブルース・ロスチャイルド氏は『LIVE SCIENCE』で、

「骨は、化石記録の中で生き残ることができる数少ない組織のひとつだ。
臓器、皮膚、その他の軟組織は骨よりも腐敗しやすいため、最古のガン症例が骨にあったことは驚くべきことだ。」

と語っている。

また、学術誌『South African Journal of Science(南アフリカ科学ジャーナル)』に掲載された2016年の別の研究によると、南アフリカで発見された「アウストラルピテクス・セディバ」として知られる約190万年前の人類の祖先の種からは、脊椎の良性腫瘍が発見されたという。

人類最古の「ガン」は170万年前だった

画像 : アウストラロピテクス・セディバ wiki c

遺体の化石は、古人類学者であるリー・バーガー氏によってスワートクランズ洞窟から数km離れたマラパ遺跡で発掘された。

この発見前までは専門家たちのあいだでは、クロアチアで発見された約12万年前のネアンデルタール人の肋骨にできた良性腫瘍が最古のものと認識されていたため、実に178万年以上もの時間を遡ることになる。

画像 : ネアンデルタール人 wiki c

専門家たちは、

マラパ遺跡の人骨の化石から良性腫瘍が見つかったことは、やはり初期の人類がガンに冒されていたことを裏づけるさらなる証拠

と語っている。

ガンに関する文献が最初に執筆されたのは紀元前1600年

今回の発掘調査では人類最古のガンとして約170万年前の足の指の骨肉腫が発見されたが、ガンについて言及している「文献」は紀元前1600年頃に書かれ、医療知識としてはそれより約1000年前のものが最古とされている。

それほど人類(ホモ・サピエンス)における知性の進化と長い歳月が必要であったといえるだろう。

紀元前1600年世界最古のガン研究の文献は、古代エジプトの高級神官、医師、数学者、建築家でエジプト史上初のピラミッドを設計したイムホテプが神官文字で書き残したパピルス(書物)で、

乳ガンについて

「それは冷たくて硬く、皮膚の下に広がる未熟な果実のように濃厚な、乳房の膨らんだ塊である」

と記している。

画像 : イムホテプ wiki c

イムホテプは他にも、「油性腫瘍」や「固形腫瘍」などさまざまな種類のガンの特徴、48件の医療ケースの詳細、人体解剖的研究として、心臓と血管の詳細、肝臓、脾臓、腎臓、尿管、膀胱についての検知、診断、治療、体に負担の少ない外科手術の方法、接骨の方法、予後診断、医薬品の品質基準などをパピルスに書き残し、当時の身体の外傷と外科手術についての高度な教科書として広く機能していたことがうかがえるという。

イムホテプはさまざまな病状に対して、「縫合して傷口を閉じる」「蜂蜜とパンで感染を防ぐ」「生肉で出血を止める」といった数多くの治療法を挙げているが、「乳ガンには治療法はない」と断言している。

紀元前1600年頃の文献であるイムホテプのパピルス(書物)は、約3500年の時を経た1862年にそれを手に入れた考古物貿易商の人物の名が冠され『エドウィン・スミス・パピルス』と呼ばれるようになり、のちにアメリカの考古学者であり歴史家のジェームス・ヘンリー・ブレステッドが10年の月日をかけて2巻の英語の文書に翻訳、ニューヨーク医学会に移譲され、2005年にはメトロポリタン美術館で公開された。

画像 : イムホテプの『エドウィン・スミス・パピルス』 パブリック・ドメイン

画像 : イムホテプのパピルスを手に入れたエドウィン・スミス  パブリック・ドメイン

画像 : イムホテプのパピルスを翻訳したジェームス・ヘンリー・ブレステッド パブリック・ドメイン

2016年に行われた研究では、

「イムホテプの『エドウィン・スミス・パピルス』は、おそらく世界初の外科医の古代エジプト人によって外科医学がどのように実践されていたかを垣間見られるだけでなく、これまでに記録された最古のガンの証拠の一部も提供している。」

と結論づけられた。

『エドウィン・スミス・パピルス』を遺したイムホテプやそれ以前の無名の医学者たちと同じように、現在の医療研究者たちも多くのガンの原因と最善の治療法の解明に尽力している。

同じように、南アフリカの洞窟で発見された約170万年前のガンに冒された名もなき人骨の化石は、悠久の時を刻んで、現代の私たちと同じ痛みと苦しみを共有しているといえるだろう。

参考 : South African Journal of Science

 

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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