無双シリーズ皆勤賞の紅一点
コーエーテクモゲームスの『三國無双』シリーズは、PS時代の1997年に発売された対戦ゲームから数えて、26年も続く超人気シリーズである。
最新作の8まで毎回新武将が登場しているが、初期から登場する武将は貴重な存在である。
キャラクター人気投票では、筆者の推し武将である関羽が51位と下位に撃沈したように、古参の武将だから、世間的に人気の武将だからといって無双シリーズで人気があるわけではないが、初期から登場する武将には思い入れの強いファンが多い。
「真・三國無双」シリーズ・キャラクター人気投票
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そんな無双武将の中で、唯一シリーズ皆勤を誇る女性武将が、孫尚香(そん しょうこう)だ。
政略結婚で劉備に嫁いだ孫権の妹として演義でも見せ場があり、三国志に登場する最も有名な女性といっても過言ではない。(元々三国志に活躍の場面がある女性が少ない事もあるが、孫権と劉備の両方に繋がりがある人物というバリューは大きい)
吉川英治の小説で「弓腰姫」の異名を与えられるなど、創作の世界でも優遇されている孫尚香だが、正史にはどのように描かれているのだろうか。
今回は、正史の情報を交えつつ、ゲームや小説の世界で大活躍を見せる孫尚香を紹介する。
実は本名不明?
初っ端から今回のテーマを否定するような話になってしまうが、これまで普通に書いて来た「孫尚香」という名前は、正史にも演義にも登場しない。
孫尚香は京劇に登場する名前で、日本では吉川英治の小説『三国志』(1939-1943連載)で採用されているが、ドラマの『三国演義』や『横山三国志』では「孫夫人」と名前が呼ばれなかった事もあり、ゲームでブレイクするまで名前の表記が安定しなかった。(また、孫尚香の愛称として知られる「弓腰姫」は吉川英治の作ったものであり、こちらも正史にも演義にも登場しない)
シリーズの原点であるPSゲームの『三國無双』では既に孫尚香として登場していたが、発売された1997年当時はインターネットが普及していなかったため、三国志に興味のない人に孫尚香という名前が広がることはなかった。
人気ゲームで大ブレイク
2000年に入りPS2の発売と『真・三國無双』の大ヒット(おまけに筆者が三国志に興味を持った時期)が重なり、これまで孫夫人と呼ばれた孫権の妹は「孫尚香」として日本で大ブレイクを果たす。
思い出話になってしまい恐縮だが、クラスのPS2所持組の間で『三國無双』が流行り、当時は珍しかったPS2を持っている友人の家によく集まっていた。
三国志ファンである以上に、関羽ファンとして推し武将を操作出来る事にワクワクしていたが、何の予備知識もない状態で孫尚香の名前を見た時は驚いた。
当時はまだ孫夫人という認識であった事と、どの本にも孫尚香という名前がない事から三国志の知識がある者こそ混乱する一幕もあったが、今ではあらゆる作品で孫尚香の名前を見るようになり、かなり浸透したと感じる。
余談だが『三國無双』及び『三國志』シリーズではプロフィールに「弓腰姫」という言葉が使われているが、これは吉川英治の作った名前をコーエーテクモゲームス(当時コーエー)が採用したものである。
あまりに現代のゲームユーザーの間で浸透しているためこれまで何の疑問も持たなかったが、小説から生まれた愛称を普及させたコーエーテクモゲームスの功績は大きい。
かなり前置きが長くなったが、今回は世間的に知られる「孫尚香」で統一する。
孫尚香の生涯
孫権の妹及び、劉備の妻として有名な孫尚香だが、女性の宿命か、正史で書かれた記述は少ない。
演義やゲームでは男勝りな性格で刺さる人には刺さる魅力的なキャラだが、正史には孫権の妹であるのをいい事に身勝手な性格で、呉の兵士を引き連れては気ままに振る舞っていたため、劉備は趙雲を孫尚香のお目付け役に据えて監視させていた。
演義では劉備との結婚式の後に、寝所で武装した孫尚香の侍女軍団が二人を出迎え劉備を驚かせたエピソードがあるが、これは正史にも書かれており、孫尚香の手勢(100人程度)は劉備に恐怖を与えるのに十分すぎた。
劉備が益州侵攻のため蜀に入った頃、孫権が孫尚香を連れ戻すために船を出し、孫尚香は阿斗(劉禅)を連れて呉に帰ろうとするが、趙雲によって阻止され、孫尚香一人で帰郷する事になった。(これは正史も演義も一致している)
正史にも演義にもその後の孫尚香に関する記述はなく、孫尚香が帰郷したと報告を受けた劉備の反応も書かれていない。(夷陵の戦いの後に劉備が戦死したと聞いて長江に身投げしたという話もあるが、筆者は脚色されたルートの一つと解釈している)
この時代の女性としては出番に恵まれているが、やはり記述に乏しく謎の多い人物である。
ゲームや漫画といったフィクションの世界ではお互いに惹かれ合うのだが、正史を見ても劉備と孫尚香の関係が良好だったという記述はなく、劉備の配下から好かれていた描写もないため、ゲームで見せる歳の差カップルはゲームだから成立すると言わざるを得ない結論になった。(シリーズが進むにつれて『三國無双』で劉備と孫尚香がお似合いになるからこそ、正史とのギャップに驚く)
劉備と孫尚香の関係が冷えきったものだったとも書かれていないが、好意的な描写がなく、むしろ恐れていたと書かれているのを見ると、孫尚香がいなくなって悩みの種が減り、いい厄介払いが出来たと思っていたのではないだろうか。
弓腰姫スターダムの立役者
今回は孫尚香の思い出と生涯を辿ったが、ゲームのイメージで正史に描かれた人物像を見ると、色々な意味で自分の中の孫尚香像を覆される結果になった。(未遂で終わっているが、劉禅を呉に連れ去られたら歴史が変わった可能性もあった)
記述が少ないからこそ好きに改変出来る演義の得意技と、コーエーテクモゲームスのキャラ付けによって孫尚香として人気を得たが、正史のようなわがままというレベルを逸脱した人間(おまけに誘拐未遂犯)のままであれば自分は孫尚香を好きになれなかっただろうし、日本でも人気は出なかったと思う。
これまで演義やゲームで人気を得た三国志の人物を何人も紹介して来たが、好きになる要素ゼロだった孫尚香を日本で愛されるキャラクターとしてスターダムに押し上げるきっかけを作ってくれた『三國無双』の開発チームとプロデューサーに、彼女は感謝すべきだろう。
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