江戸時代に成立した『葉隠(葉隠聞書)』には、武士としての心得や逸話が多く収録されており、現代も多くの方に影響を与えています。
当時の武士と言えば、主君、そして御家に対する忠節が第一に求められましたが、その最たるものは何でしょうか。
さっそく読んでみましょう。
原文と解説
忠節の事 御心入を直し、御国家を堅め申すが大忠節なり。
【意訳】忠節について解説する。主君に誤りあればこれを諌め、御家と国を磐石にするのが大忠節である。
一番乗、一番鎗などは命を捨てゝかゝるまでなり。その場ばかりの仕事なり。
【意訳】敵陣への一番乗りや、先陣切っての一番槍などは、生命を惜しまねば誰でも出来ないことはない。また、それらの武功は、戦が終われば次に持ち越せるものでもない。
御心入を直し候事は、命を捨てゝも成らず、一生骨を折る事なり。
【意訳】主君を諌める行為は、生命を捨てれば必ず果たせるものではない。またその場限りで口を開けばすむ話でもない。
先づ諸傍輩も請け取り、主君も御請け取り候者になりて、御懇意を請け、年寄、家老役に成されたる上にてなければ、諌め申す事相叶はず。この間の苦労量り難き事なり。
【意訳】まずは日々の仕事で同僚からの信頼を得て、その上で主君に信頼されて年寄や家老にまでならねば、主君を諌める資格が得られない。ここまでに費やされる時間と労力は計り知れないものである。
我が為の私欲の立身さへ骨折る事なり。これは主君の御為ばかりに立身する事なれば、中々精気続き難き事なり。然れどもこの当りに眼をつけずしては、忠臣とはいふべからず。
【意訳】自分の私利私欲で出世をはかるのでさえ大変なのに、ただひたすら主君のために出世するのは、なかなか根気が続くものではない。しかしこういう視点を持って奉公しなければ、忠臣とは言えないのである。
……ということでした。おつき合い下さった皆様、誠にありがとうございます。
さて、ここで言いたいことをまとめておきましょう。
生命を捨てさえすれば、何かしらのリターンは得られる武功
一番乗りや一番槍といった武功は、とても華々しく、いかにも武士らしくカッコいいです。
しかしそれらの武功はあくまで自分が出世するため、恩賞にあずかるためでしかありません。
もちろん主君の領土防衛・拡大に貢献している側面もありますが、結局は主従の利害関係に過ぎないという解釈です。
仮に生命を落としてしまっても、自分の家(遺族)は保護されるでしょうし、万が一家が絶えても最悪「名誉」という冥土の土産は得られます(この辺りは価値観によるでしょうが)。
もちろん「言うは易く行うは難し」ですが、理論上は生命を捨てさえすれば、それなりの見返りはあると言えるでしょう。
諫言はハイリスク&ノーリターン?な可能性も
その一方で、諫言はどうでしょうか。
言ってみれば主君にケチをつけるわけですから、ご機嫌を損ねるのは間違いありません。
主君が穏便に済ませてくれればいいのですが、そうでなければ最悪「切腹」を命じられるリスクすらあります。
罪人として生命を落とせば、遺族に対する補償など原則ありません。
もちろん名誉などもなく、しかも主君が行いを改めてくれるとは限らないのです。
目的は果たせず、罪人に落とされて名誉もなく、遺された一族は路頭に迷いかねない……それが諌言というものです。
仮に運よく諌言を聞き入れてくれたとしても、それはあくまで諌言を聞き入れる主君の度量によるもの。
決して自分の手柄ではありませんし、手柄と思ってはならないのです。
とても正気の沙汰じゃない?
極めつけには、諌言ができるようになるまでの時間と労力。
よくドラマなどで、新入社員が社長や役員に対してズケズケ物申す場面があるものの、そんな行為は言語道断。
(まぁ、現代社会でも通常ありえないからこそドラマは面白いのですが)
同僚や上司、そして主君の信頼を勝ち取るために何年もの努力を重ね、運がよければ年寄や家老といった役職につけます。
要するに「諌言する資格」を得られるのです。
自分の私利私欲であってさえ、そこまで出世するのは大変な苦労ですし、多くの奉公人は年寄・家老までなれずに終わります。
にも関わらず、ひたすら主君のために自分が望まない出世を目指すというのは、ちょっと正気の沙汰ではありません。
忠義と狂気は紙一重、しかし、この一線を超えてこそ忠臣と言えます。
終わりに
二八 忠節の事 御心入を直し、御国家を堅め申すが大忠節なり。一番乗、一番鎗などは命を捨てゝかゝるまでなり。その場ばかりの仕事なり。御心入を直し候事は、命を捨てゝも成らず、一生骨を折る事なり。先づ諸傍輩も請け取り、主君も御請け取り候者になりて、御懇意を請け、年寄、家老役に成されたる上にてなければ、諌め申す事相叶はず。この間の苦労量り難き事なり。我が為の私欲の立身さへ骨折る事なり。これは主君の御為ばかりに立身する事なれば、中々精気続き難き事なり。然れどもこの当りに眼をつけずしては、忠臣とはいふべからず。
※『葉隠聞書』第十一巻
今回は江戸時代の武士道教本『葉隠』より、最大の忠節について紹介してきました。
生命まで捨てることはないにせよ、現代のビジネスパーソンにも通じる精神があるかも知れません。
この話を読んでみて、皆さんはどう感じましたか?『葉隠』には他にもエピソードがたくさんあるので、また紹介したいと思います!
※参考文献:
菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2004年10月
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月
文 / 角田晶生(つのだ あきお)
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