令和6年(2024年)3月10日(日)、横浜市社会福祉センターホールで開催された第20回横浜市獣医師会市民フォーラム「動物から元気をもらおう」に参加してきました。
今回の目的は、猛禽類医学研究所(北海道釧路市)で代表を務める齊藤慶輔(さいとう けいすけ)先生の講演会。
テーマは
「絶滅の危機に瀕した猛禽類との共生を目指して~北海道における希少種保全の最前線から~」
すでに報道やSNSなどで知名度が上がりつつある先生ですが、今回は現場のお話しが生で聴けてしまう貴重な機会でした。
それでは、齊藤先生がどんな話しをされたのか?簡単にまとめて紹介したいと思います。
目次
猛禽類医学研究所の活動概要
齊藤先生たちの活動をごくざっくり紹介すると、こんな感じです。
北海道に棲息する猛禽類が
(1) 怪我や病気をしたら治してあげる。
(2) 野生生活に復帰するリハビリも行う。
(3) 死んでしまった子については、原因を究明して再発防止策を提言する。
昨今、人間の活動によって必要以上に距離を縮めてしまった野生動物が、さまざまな被害に遭っています。
齊藤先生たちは、人類の責任としてただ彼らを治療するだけでなく、野生動物と人間が共存できるよう環境づくりに着手しました。
それが環境治療であり、野生動物の種を守る保存医学です。
齊藤先生は30年間にわたり希少な猛禽類(シマフクロウ、オオワシ、オジロワシ、クマタカ等)の治療やリハビリに携わってきた経験談や事例を紹介しました。
希少な猛禽類の保全に向けて、着実に成果を上げて来られた様子に、会場を満たす観客からは感嘆の声が漏れ聞こえます。
以下に、猛禽類医学研究所で手がけている希少種保全の活動例がこちらです。
- 感染症(高病原性鳥インフルエンザ等)
- 交通事故(自動車、電車等)
- 感電事故(電柱、鉄塔等)
- バードストライク(風力発電事故)
- 鉛中毒(狩猟の銃弾)、等
お聞きした限りを、なるべく詳しく紹介していきましょう。
感染症(高病原性鳥インフルエンザ等)
2022年から猛禽類の間で流行した、高病原性鳥インフルエンザ(HPAIV)。
2024年2月末までの間に、13羽を生体収容し、9羽の治療に成功しました。
同研究所には齊藤先生はじめ9名のスタッフが在籍する中、空気感染のリスクが高いため齊藤先生が一人で対応したと言います。
薬剤の経口投与や皮下補液など、つきっきりで看病する様子が語られました。
世界的に例を見ない治療を成功させたことにより、ニワトリなど大量の殺処分にも希望を見出す方が多いと言います。
しかし希少種の保護とは異なり、家畜として扱われているニワトリ等については法的・マンパワー的に厳しい現実が語られました。
交通事故(自動車、電車等)
自動車や電車によって轢かれてしまう猛禽類は後を絶ちません。
自動車の通る高さにポールを立てたり、道路を凹凸にすることで自動車が来ることを早く気づかせたりなど、さまざまな工夫が紹介されました。
事故は人間の生活ルートと猛禽類の生活ルートが交わるところを中心に起こりやすいため、彼らの生態を踏まえた対策が効果的です。
これだけですべての交通事故が防げる訳ではないものの、少しでも不幸な事故を防ぐためにも、今後の充実が期待されます。
感電事故(電線、鉄塔等)
猛禽類が止まり木として利用し、ふとした瞬間に感電してしまう事故が多発しています。
そこで北海道電力と協力して、感電しやすいポイントに妨害物を設置することで事故を未然に防ぐ取り組みが紹介されました。
北海道電力がアニマルウェルフェア(動物福祉)を考えていると言うよりは、感電事故による停電を防止したい意図があると言います。
立場や考えが違っても、利害の一致によって連携を実現できる好例として、道徳の授業にも紹介されたのだそうです。
バードストライク(風力発電事故)
近年、エコな発電手段として注目を集めている風力発電。
しかしその大きな風車が、時として猛禽類の身体を真っ二つに切り裂いてしまうのだそうです。
これがバードストライクと呼ばれ、猛禽類たちにとって大きな脅威となっていると言います。
空を飛ぶ猛禽類たちは高速で回転しているプロペラに気づいていないらしく、どうすれば彼らが避けられるのか、試行錯誤が紹介されました。
「だから風力発電はダメなんだ!」
中にはそういう声も寄せられるそうですが、何かを否定すると考えることをやめてしまうのが人間というもの。
風力発電がダメなら、じゃあ原発を増やすのか。そう単純には割り切れない課題を抱えながら、よりよいあり方を模索し続けています。
鉛中毒(狩猟の銃弾)
脳神経を侵すなど、深刻な被害をもたらす鉛中毒が、自然界にも蔓延していると言います。
その主たる原因は、狩猟で使われる鉛の弾丸。健康被害の少ない銅やスチールに比べてケタ違いに安価なので、未だに使われ続けているそうです。
※現在、北海道では条例によって使用・所持が禁止されています。
※しかし鉛弾が合法である本州以南からやって来るハンターが違法と知らず、あるいは「旅の恥はかき捨て」とばかり鉛弾を使用するのだとか。
不法に投棄された狩猟獣の死肉を食べた猛禽類などが、鉛中毒を発症してしまうのです。
ちなみに齊藤先生は小泉進次郎元環境大臣らと話し合い、2025年から鉛弾の使用・所持を段階的に規制、2030年までに鉛中毒の根絶を約束してくれたとか。
野生動物の鉛中毒は本州以南でも問題となっているので、一日も早い解決が期待されます。
もう野生には戻れない。終生飼育個体の役割は
日々懸命な治療・リハビリが続く猛禽類医学研究所。
1羽でも多く野生への復帰を目指して活動していますが、もう野生に戻れない個体も残念ながら存在します。
脳神経に後遺症が出たり、翼が完全に断たれてしまったり。彼らは希少種であるため殺処分はできず、終生飼育することになります。
1日に1キロの食糧を必要とする彼らですが、その予算は十分ではなく、環境省では治療費の中から捻出するよう指示しているとか。
このままでは、助かる生命も助かりません。そこで齊藤先生らは環境省から猛禽類医学研究所を独立させ、彼らを飼育する財源を確保しているそうです。
「そこまでして、野生に復帰できない個体を飼育する理由はあるの?」
そんな声も寄せられるのだとか。しかし齊藤先生は「人間の都合で傷ついた猛禽類を人間の都合で見捨てる訳にはいかない」と苦しい財政事情の中で飼育を続けてきました。
しかし、終生飼育個体にも重要な役割があり、単なる同情や責任感だけで飼育している訳ではありません。
彼らには、例えばこんな役割があります。
(1) 輸血に必要な血液の提供ドナー
(2) 事故防止対策のモニター
(3) 人慣れさせないための子育て要員
(4) 事故の実態を伝える生き証人、など
片翼を断たれてしまった個体を展示することについては、身障者団体から抗議を受けたこともあったそうです。
それでも目を背けたい現実を直視してもらうため、あえて終生飼育個体に役割を担ってもらったのでした。
一人ひとりが環境治療の担い手に
齊藤先生の講演は1時間半にわたったものの、気づけばあっという間に過ぎていました。
最後に齊藤先生は一人ひとりが今日の話を広めるなど、環境治療の担い手となるよう訴えて講演を締めくくります。
会場からは万雷の拍手が沸き起こり、野生動物との共生や環境治療に対する意識の高まりが感じられました。
近代以来、日本各地で多くの野生動物たちが絶滅の危機に瀕しています。
SDGs(持続可能な開発目標)やアニマルウェルフェア(動物福祉)の重視が世界的な潮流となっている中、日本が世界を牽引できるよう、模範を示してほしいものです。
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