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WBC開幕―最初の世界王者はイギリスだった?ヨーロッパ野球の意外な歴史と現在地

2026 ワールド・ベースボール・クラシック開幕

画像 : WBC予選試合会場・米アリゾナ州ツーソン(2025年)Devlin Bishop Public domain

最高峰の野球の国際大会、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が2026年3月5日に開幕する。

メジャーリーグベースボール(MLB)機構とMLB選手会が設立したワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)が主催する同大会は、世界最高峰のプロリーグであるMLBの現役選手が参加可能な現状唯一の国際大会である。

世界中に視聴者を抱えるサッカーワールドカップが中立組織である国際サッカー連盟(FIFA)の主催であるのに対し、WBCは一国の利益団体が開催している。

筋としては世界野球ソフトボール連盟(WBSC)が開催すべきだが、前身となる国際野球連盟(IBAF)が資金難に陥りMLBから援助を受けた経緯があるため、WBSCはMLB機構に頭が上がらない。

本来ならWBSC主催のプレミア12が頂点を決める大会であるべきだが、プレミア12にメジャーリーガーは出場できない。両組織の力関係を考えると難しいだろう。

その結果、一国の利益団体が運営する大会が、最もレベルの高い国際大会になってしまっている。

仮にサッカーワールドカップの主催がFIFAからイングランド・プレミアリーグに変更になったら大問題だろう。
そういった歪な権力構造は、公平性を保つうえでの大きな問題だ。

現時点のWBCは準々決勝以降はすべてアメリカ開催である。
他大陸から移動してくる他のチームは時差ボケもあるし、アメリカ代表には地の利もある。
公平性が担保されているとは言い難いが、主催者がアメリカのプロリーグ運営組織であることと、これほど大きな大会を主催できる野球インフラがある国が限られていることから、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。

ただし、2028年ロサンゼルス・オリンピックでは自国開催であることから、例外的にMLB選手の出場が実現するかもしれない。

WBSCのリッカルド・フラッカリ会長はロサンゼルス・オリンピック追加競技候補の野球が大会に採用された場合、MLBからトップ選手の参加を確約する文書を受け取ったことを明かしている。

幸いにしてすでに野球とソフトボールのオリンピック復帰がアナウンスされており、現役MLB選手のオリンピック出場が実現する可能性はかなり高まったと思われる。

本当に実現したら国際野球の歴史における大事件である。

初代野球世界王者はイギリスだった?

画像 : 2019年6月、イギリスの首都ロンドンにあるロンドン・スタジアムでのMLB公式戦 public domain

世界中にプロリーグが存在するサッカーに対して、野球のプロリーグが存在する国は限られる。

最高峰のMLB(アメリカ・カナダ)以外だと、興行としてある程度成り立っていると言えるのはNPB(日本)、KBO(韓国)、CPBL(台湾)、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(メキシコ)ぐらいだ。

それに加えて自国のリーグこそ盛んではないが、メジャーリーガーを大量排出しているドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコは確実に強豪国の部類に入る。
社会主義体制下で独自の路線を進んでいるキューバも野球の盛んな国の一つである。

他、ニカラグア、コロンビア、オーストラリア、ブラジルも何人かメジャーリーガーを輩出しているが、FIFAワールドカップの参加チーム数48と比較すると「野球が多少なりとも盛んと言える地域」はあまりにも少なすぎる。

参加国が少なすぎると大会として恰好がつかないのだろう。WBCの参加国には上記以外の「野球のイメージが極めて希薄な国」も含まれる。

二大会連続出場を果たしたチェコはその一つだ。

チェコ代表はチェコ・エクストラリーガでプレーする選手が大半を占めるが、同リーグはアマチュアリーグである。
元マイナーリーガーでマイナー最上位のAAA級まで昇格した経験のあるマルティン・チェルベンカ、元巨人のマレク・フルプなど一部プロ経験者もいるが、登録メンバーでめぼしい球歴があるのはこの二人ぐらいである。

チェコ代表はWBCではプールCに割り振られているが、同組の日本、韓国、台湾、オーストラリアは全員プロかプロ主体の陣容だ。準々決勝進出どころかコールド負けを回避するのも難しいだろう。

現在、ヨーロッパに野球の完全なプロリーグは存在せず、オランダ、イタリアなどに報酬を受け取っているプロ、セミプロ選手が一部存在する「部分的プロ化」がせいぜいである。

どのような競技であれ、国内にプロリーグが存在しないのは厳しい。

サッカーブラジル代表は主力の大部分がヨーロッパでプレーしているが、国内リーグのカンピオナート・ブラジレイロ・セリエAは、欧州5大リーグには及ばずとも、若手の登竜門や全盛期を過ぎたベテランの受け入れ先として十分に機能する国際的上位水準を保っている。

一方、ドミニカ共和国では、主力選手を国外に送り出し、国内は育成に特化するという構造を取っているが、それでも一応プロのチームは存在する。
ドミニカのプロチームは、MLBオフシーズンのウィンターリーグと、ショーケースや育成を目的としたサマーリーグが中心である。

実は最初の「野球世界王者」はそんな「野球不毛地域」のヨーロッパからが誕生している。

何と初代の世界王者はイギリスなのだ。

現在はアマチュアのNational Baseball Leagueしか存在しないイギリスだが、野球の歴史は意外に長く、ごく短期間だがプロ野球リーグが存在した時期が二度ある。

一度目が1890年に開幕した「大英国民リーグ」である。
同リーグは残念ながら成功を収めることはできず、わずか一シーズンで消滅している。参加した選手は主にサッカー選手で、サッカーのオフシーズンのトレーニングとしての参加だった。

二度目は1935年。北部の工業都市マンチェスターを中心に「北英野球リーグ」が誕生し、翌年には「ヨークシャー・リーグ」と「ロンドン・メジャー・リーグ」が発足した。
こちらは一時数千人の観客を集めることもあったが、結局イギリスに野球が定着することは無く1937年に消滅している。

イギリスが「初代世界王者」となったのは2度目のプロリーグ消滅から間もない1938年のことである。

幻に終わった東京オリンピック開催を前に、アメリカ代表が来英し、イギリス代表と5試合のエキシビジョンマッチを行った。

イギリス代表は4勝1敗でこのシリーズを制し、後年、国際野球連盟(IBAF)がこの対戦を第一回ワールド・チャンピオンシップとして追認したことで、イギリスは公式記録上の初代世界王者となったのだ。

ちなみにこの時のイギリス代表メンバーは、大半がイギリス国籍を持つカナダ人選手だったというオチがついている。

今大会のWBCイギリス代表メンバーで一番の大物はジャズ・チザム・ジュニアだが、彼はバハマ出身である。
バハマは1973年にイギリスから独立するまでイギリス領だったため、大会規定でイギリス代表資格があるのだ。

昨年、MLB初出場を果たしたハリー・フォードは両親ともにイギリス人だが、本人はアメリカ生まれアメリカ育ちである。

他のWBCイギリス代表登録メンバーも可能な限り追跡したが、少なくとも筆者が調査した限り、イギリス生まれイギリス育ちの選手はゼロだった。

ヨーロッパ野球の二大強国「イタリアとオランダ」の局所的人気

画像 : キュラソー島・ウィレムスタットの町並み ファイルRodry 1 CC BY-SA 3.0

だが、ヨーロッパでも野球には局所的な人気はある。

サンマリノ共和国、イタリアのネットゥーノ、オランダ自治領のABC諸島(アルバ、ボネール、キュラソー)だ。

イタリアの内陸に位置するミニ国家のサンマリノ共和国は、隠れた野球強豪国である。

サンマリノを本拠地とするT&AサンマリノはイタリアセリエAに越境して参戦しているが、6度のリーグチャンピオンを誇る強豪クラブである。
2012年のイタリアン・ベースボール・ファイナルは、サンマリノとイタリア領の隣町リミニのダービーシリーズになった。

このことからサンマリノだけではなく、その周辺でも局所的に野球の人気があるのだろう。人口3万4000人ほどに過ぎないサンマリノは、2021年についに正真正銘のプロ野球選手も輩出した。

同国出身のアレッサンドロ・エルコラーニはMLBのピッツバーグ・パイレーツと契約し、昨年(2025年)にはマイナーリーグで上から2番目の階級のAA級まで昇格している。

100 1/3イニングで69三振しか奪えておらず内容面で課題が残るが、課題を克服してMLB昇格を果たしたら快挙だ。

イタリアのネットゥーノも、ヨーロッパにおける局所的野球人気の例である。

首都ローマから電車で1時間ほどの近郊に位置するこの街は、駅前に「チッタ・デル・ベースボール(野球の街)」の看板を掲げている。

ネットゥーノを本拠地とするネットゥーノ・ベースボールクラブ1945は、堂々のセリエA最多優勝を誇るイタリア野球の最強クラブである。

ヨーロッパ野球でイタリアと二強として競ってきたオランダは、本土から遠く離れたカリブ海に独自のスポーツ文化がある。

カリブ海のオランダ領、ABC諸島の人口は30万にも届かない程度だが、コンスタントにメジャーリーガーを輩出しており、人口当たりのメジャーリーガー排出率は野球大国のアメリカ、ドミニカ共和国すら上回る。

オランダ代表チームは競技によってはオランダ本土と自治領で別のチームを結成するが、野球のオランダ代表は合同チームである。
オランダ代表の主軸を担うことが想定されるザンダー・ボガーツ、オジ・アルビーズは、MLBオールスターゲームにも選出されたことのあるスター選手だが、彼らはどちらもABC諸島の出身である。

バート・ブライレブン(ただしアメリカ育ち)以来となるオランダ人の野球殿堂入りを果たし、今回のオランダ代表監督を務めるアンドリュー・ジョーンズもABC諸島の出身である。

WBC代表とルーツ主義

画像 : ハンガリーから到着したユダヤ人。(1944年)Bundesarchiv, Bild 183-N0827-318 / CC-BY-SA 3.0

野球と同じアメリカ発のプロスポーツであるNBA(バスケットボール)は、今年のオールスターゲームでアメリカ選抜対ワールド選抜という形式を採用した。

ワールド選抜9名の国籍を見ると、カナダ、フランス、ギリシャ、セルビア、スロヴェニア、イスラエル、トルコ、カメルーン、ドミニカ共和国と実に多様である。

一方、野球では事情が大きく異なる。
カナダやドミニカ共和国のように野球文化のある国を除けば、フランス、ギリシャ、セルビア、スロヴェニア、イスラエル、トルコ、カメルーンといった国の出身で、MLBのロースターに名を連ねる選手は、少なくとも筆者の知る限り存在しない。

アメリカの四大プロスポーツ(アメリカンフットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケー)は、いずれも盛んな地域が偏るドメスティックな競技だが、その中でバスケットボールだけは例外的に、ほぼ世界全域でプレー人口と競技基盤を持っている。

細かく比較すると本筋から脱線した話が延々と続くことになってしまうためここでは自粛するが、NBAロースター入りした選手の出身地と、MLBロースター入りした選手の出身地を比べると面白い。

その差が最も端的に表れるのが、WBCにおける代表チームの構成である。

WBCイスラエル代表には現役メジャーリーガーが何人か名前を連ねているが、それは国外のユダヤ人が申請すると比較的容易にイスラエル国籍を取得できるからである。そのためWBCイスラエル代表は「ユダヤ系アメリカ人によるアメリカ代表Bチーム」のような面子になる。

スポーツジャーナリストの石原豊一氏は「ディアスポラ(離散民)」と表現していたが、的を射た表現だと思う。

同様にイタリアも、イタリアにルーツを持つ人(オリウンド)であれば比較的国籍の取得が容易であるため、WBCになるとイタリア代表はさながら「イタリア系アメリカ人によるアメリカ代表Cチーム」のような面子になる。

今大会のロースターを確認したが、MLB経験者でイスラエル生まれイスラエル育ちの選手はゼロ(ディーン・クレーマーは両親はイスラエル人だが本人はアメリカ出身)で、イタリア生まれイタリア育ちのMLB経験者はサミュエル・アルデゲリのみである。

こういったチームを「代表」と認めるのは「移民の国アメリカ」ならでは「ルーツ主義」の考えだろう。

隣国でアメリカとの行き来の多いメキシコ代表にも、メキシコ系アメリカ人のオールスター選手ジャレン・デュランが名前を連ねている。

WBCは大会ごとに代表の変更も可能で、前回大会ではアメリカ代表として出場したノーラン・アレナドが今大会ではプエルトリコ代表として登録されている。

これはサッカーの「国籍主義」ともラグビーの「所属協会主義」とも異なるWBC独特のルールだが、その根底には主催であるMLB機構および野球の母国であるアメリカ合衆国の文化が透けて見える、と筆者は思う。

参考 : 石原 豊一『真のファンなら知っておきたい 野球の世界情勢』
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

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フリーランスエンジニア、WEBライター、インディーズ映画製作者。大学院修了(英文学)後、システム会社に勤務しながらライターを兼業。神谷正倫 名義で親族と共同制作した映画『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の三本が劇場公開された実績あり。仕事でも留学でもなく、純粋な趣味で海外20か国に渡航経験がある。

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