海外

スペイン風邪 ~歴史上最大の猛威をふるったインフルエンザ

歴史上、感染症が原因で多くの人間が死に至った。
ペストは14世紀にヨーロッパの約3分の1を死亡させ、天然痘はアメリカの先住民族の約90%を死に至らしめた。

しかし短期間で最も多くの人間を死に至らしめたのは、20世紀初頭に発生したスペイン風邪である。

今回は史上最強のインフルエンザウイルスである、スペイン風邪について調べてみた。

スペイン風邪とは

スペイン風邪とは、1918年~1920年にかけ全世界的に大流行した「H1N1亜型インフルエンザ」である。
世界人口は当時18億人~19億人であり、そのうちの26%が感染、死者数は5000万人~1億人もの死者が出たとされている。
人類史上最も死者の出たパンデミックである。

世界は第一次世界大戦中であり男性の死亡率が高かったことから、第一次世界大戦の終結が早まった。
感染が広まり始めたのはスペインではなくアメリカとされているが、感染症の情報が多く報道されたのがスペインであったため「スペイン風邪」と呼ばれている。

スペイン風邪

1918年、米国カリフォルニア州オークランドでのスペインかぜの流行=オークランド公立図書館

スペイン風邪の特徴

スペイン風邪は、鳥インフルエンザが突然変異を起こしたものである。
通常は鳥から人へ感染しないウイルスが人に感染するようになり、更に人から人へ感染するように変異が起きた。
新しい変異ウイルスであったため免疫を持った人はおらず、多くの死者を出すことになる。

通常のインフルエンザは子供や高齢者などの体力の低い人たちの方が死亡率が高いが、若年層の死亡率が異様に高かった。
サイトカインストーム体内に入ってきた病原体に対して免疫が過剰反応する事、アナフィラキシーショックとは違う)が起きることで臓器に異常が出て死に至るという可能性も指摘された。

戦時下であったため過酷な環境で体力が落ちていた事や、栄養状態が悪かったのも原因とされている。

スペイン風邪

インフルエンザウイルス

スペイン風邪のパンデミック1

1918年3月4日、アメリカ合衆国アメリカ陸軍ファンストン基地で、アルバート・ギッチェル という名の兵士が発熱、頭痛、喉の痛みを報告し、これが記録された最初のスペインかぜの症例とされている。その後に基地内で522人が感染したとされている。

第一次世界大戦中、ヨーロッパに派遣される兵士が多かったファンストン基地の兵士によって瞬く間にヨーロッパに拡大していくが、7月には被害が後退していった。

第一波とされるこの流行は比較的弱いもので、毎年の流行の死者数とさほど違いがない。
死者は最大7万5,000人であった。

スペイン風邪

スペイン風邪で治療を受けるファンストン基地の兵士

スペイン風邪のパンデミック2

1918年8月 アメリカのボストン、フランスのブレスト、シエラレオネのフリータウンという3つの港湾都市で同時に発生した。この時のウイルスは毒性が増す変異をしており第2派のパンデミックが始まる。

戦争による兵士の移動で更に感染が広がり、ヨーロッパ各国、ロシアや中東諸国、インド、日本にまで広がった。
この第2派は若年層の死亡率が最も高く、死者数の大幅な増加といった結果になる。
1918年10月は、パンデミックの全期間中で最も多くの死者を出した月となった。

アメリカでは最大29万2000人の死亡が報告され、イギリスでもスペインかぜによる総死者(22万8000人)の64%がこの時期に死亡している。

スペイン風邪のパンデミック3

1919年1月、第2波による被害を免れたオーストラリアを第3波が襲い、1万2,000人以上の死者を出した。

第3波は1月中にアメリカ・ニューヨークとフランス・パリに到達し、4月にはパリで講和会議に出席していたアメリカ大統領ウィルソンも罹患した。
第3波は欧米では1919年の夏までに収束したが、その後はチリやペルーなど南半球の国々や日本に遅れて到達し、各地で大きな被害を出した。
日本は1920年1月から2月にかけて第3波に襲われた。

第3波の毒性は第1波よりも高く、第2波よりも低い物であった。

今後スペイン風邪の再来はあるのか?

スペイン風邪の原因であった鳥インフルエンザは、現在でも時々発生している。
特に2005年の流行は記憶に新しい。

東南アジア各国で11月までに鳥インフルエンザで62人が死亡している。また、アジアでは2003年後半以降、133人が高病原性鳥インフルエンザに感染し、68人が死亡している。

各国の早急な対策によって人から人への感染には至っていないが、インフルエンザ自体が変異しやすいウイルスであるので今後同じことが起きないとは言えない。
インフルエンザの予防接種などによって対抗策はとられているものの、ウイルスに対抗できる抗ウイルス剤は開発が非常に困難であるのが現状である。ほとんどのウイルス由来の感染症には有効な抗ウイルス剤が存在していないのである。

日々の医療の発展は目覚ましく進化しているがウイルスも進化しているので、人類とウイルスの戦いが終わることはまだ未来の話になりそうだ。

関連記事:
ペストの歴史 「ヨーロッパの人口の3分の1を死に至らしめた病原体」
人類が根絶できたウイルス「天然痘」の歴史と被害

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. ウクライナ戦争によって「第3次世界大戦」の火種が再び欧州に忍び寄…
  2. 『25年間連れ添った夫の正体は実父だった』死後に発覚した悪夢のよ…
  3. 死ぬ直前に味わう5つの感情 ~アメリカ精神科医 エリザベス・キュ…
  4. 英語はなぜ「世界の共通語」になったのか? 4つの要因とは
  5. フィリピンにおける日本人被害者の犯罪増加 ~その理由とは?
  6. プリンス・エドワード島の魅力 「カナダで一番美しい島 赤毛のアン…
  7. Appleが世界企業に成長した意外な理由とは? スティーブ・ジョ…
  8. 韓国の若者の間で急増している動物保護活動 『イ・ヒョリ』の影響力…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【奈良の歴史散策】ならまちの庶民信仰とは?世界遺産「元興寺」とともに巡る

「ならまち」について「ならまち」とは、猿沢池の南側に広がる、格子が特徴的な古い町家が建ち…

日本酒と日本神話について調べてみた【ヤマタノオロチを酔わせた八塩折の酒とは?】

和食ブームの影響で外国人からも人気が高まっている日本酒。その歴史は古く、縄文時代中期頃から酒造りをし…

中国の空母が3つに!「遼寧、山東、福建」 自衛隊は対応できるのか!?

中国海軍は近年、目覚ましい速さで増強を続けている。特に注目すべきは、保有する航空母艦(空母)…

長篠の戦いの本当の理由 「武田軍は鉛が欲しかった」

前編では、長篠の戦いにおける織田軍と武田軍の実像について解説した。今回は、長篠の戦いのシミュ…

「人食いバクテリア」過去最多の感染者 ~致死率30%以上

致死率が30%以上にも及ぶ「人食いバクテリア」による感染者数が世界的に増加。感染する…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP