世界経済フォーラム(本部:ジュネーブ)では、男女の性別格差(ジェンダーギャップ)について調査したジェンダーギャップ指数(以下「GG指数」とします)を毎年発表。令和3年(2021年。以下「今年」とします)における日本の順位は、調査対象156ヶ国中120位という結果が出ました。
これだけを見ると「うわ……日本の順位、低すぎ?」「日本は女性差別が根強く残っている!」「日本はジェンダー後進国だ!」などと思ってしまいますが、ちょっと待って下さい。
このGG指数、どういう基準で算出されているか知っていますか?それが分からないことには、数値だけを見て男女性別格差の実態を把握することは難しいでしょう。
そこで今回はGG指数を通して、日本の男女性別格差についても調べていきたいと思います。
目次
GG指数って、そもそも何?
まず、GG指数とは経済・教育・健康・政治の4分野14項目(下記参考)について調査したもので、その計算式は次の通りです。
女性のデータ÷男性のデータ=GG指数(スコア)
スコアは男女の性別格差が大きければゼロに近づき、小さければ1に近づき、1を超えれば女性の方が有利であることを示します。
【参考・日本のGG指数】
分野1「経済部門における参画度と機会」…スコア 0.604(117位)
1-1労働力の男女比…スコア 0.840(68位)
1-2同一業務での収入格差…スコア 0.651(83位)
1-3推定収入格差…スコア 0.563(101位)
1-4議員・上級職員・管理職の男女比…スコア 0.173(139位)
1-5専門職・技術職の男女比…スコア 0.699(105位)分野2「教育達成度」…スコア 0.983(92位)
2-1識字率…スコア 1.000(1位)
2-2初等教育の就学率…スコア 1.000(1位)
2-3中等教育の就学率…スコア 0.953(129位)
2-4高等教育の就学率…スコア 0.952(110位)分野3「健康と生存」…スコア 0.973(65位)
3-1男女出生比率…スコア 0.944(1位)
3-2健康寿命…スコア 1.040(72位)分野4「政治的権限の有無」…スコア 0.061(147位)
4-1国会議員の男女比…スコア 0.110(140位)
4-2閣僚中の女性の割合…スコア 0.111(126位)
4-3過去50年で国家代表者を務めた年数…スコア 0.000(76位)総合順位 120/156位
……この方法で各項目のスコアを統合した結果、日本の男女性別格差は経済117位、教育92位、健康65位、政治147位、そして4分野の総合で120位という結果となったのでした。
日本女性の健康寿命はアフリカ以下?
「確かに、日本は女性の管理職(経済)とか国会議員(政治)とか少ないもんね。やっぱり遅れているなぁ」
と思ってしまうのは解りますし、その辺りは今後の課題とも思いますが、ただ健康65位って、長寿国と言われている日本としては、流石に低すぎる気がしないでしょうか。
「日本がこんなに低いのであれば、上位64ヶ国は、さぞや素晴らしい医療体制の国々に違いない!」
……と、思うでしょう?でも驚くなかれ。今年のGG指数健康分野第1位は29ヶ国がタイ(同率)となっているのですが、そこにはウガンダ、ザンビア、ジンバブエ、マラウイ、モザンビーク、レソトと言ったアフリカの「最貧国(※)」が入っているのです。
(※)国連が定めた、発展途上国の中でも特に開発が遅れている国々。第四世界などとも。
「え?いくら落ちぶれたとは言っても、日本の健康・医療水準がアフリカ以下って流石におかしくない?」
この謎は「健康寿命(死ぬまでの平均寿命ではなく、介護や支援なしで自立した生活ができる年齢)」の項目を見るとよく解ります。
WHO(世界保健機関)が発表している健康寿命ランキングだと、日本はシンガポールに次いで2位ですが、GG指数では72位にまで落ち込んでしまいます。一方、先ほど出てきたアフリカ・ジンバブエはWHOランキングでは174位なのに、GG指数だと堂々の1位に躍り出るのです。
これはGG指数が「女性の健康寿命÷男性の健康寿命」で計算しているからで、日本女性の健康寿命は75.5歳に対して日本男性の健康寿命は72.6歳なので、
75.5÷72.6≒1.039(小数点第4位以下斬り捨て、以下同じ)となります。
対するジンバブエ女性の健康寿命は54.8歳、ジンバブエ男性の健康寿命は51.2歳なので、
54.8÷51.2≒1.070(※)となり、ジンバブエの方が男女性別格差が少ないから、日本よりもジェンダー先進国!という理屈なのだそうです。
(※)参考文献では1.073となっていましたが、自分で電卓を弾いてみたら1.0703…になったので、こちらを採用しました。間違っていたらご指摘お願いいたします。
要するにGG指数が重視しているのは、健康寿命の長さよりも「いかに男女差が少ないか」であり、「男女どっちも長寿だけど、男性との差が大きい」国よりも、「男女どっちも短命だけど、男性との差は少ない」国の方がよい国と見なされているようです。
「要するに、貧困で医療が行き届かず、治安が悪く、特に男が早死にする国であればあるほど、GG指数は上位になるのである!」
「日本は健康寿命を延ばせるだけ延ばしている。だからGG指数の順位を上げるには、何とかして男を早死にさせるか、要介護にするしかない!」
※参考文献より。
男性がバタバタと早死にして、あるいは生きていても要介護……そんな社会で、本当に女性たちが幸せになれるのか、ちょっと疑問です。
ちなみに、WHOの健康寿命ランキングで1位のシンガポールは、GG指数だと88位と日本よりも低くなっており、GG指数の中には解消すべき男女の性別格差として比較するのが不適切な項目が存在しています。
「ヨイトマケ」の世界が理想?GG指数の目指す労働観
また、経済分野では日本女性の憧れ?とも言われる専業主婦(家事、育児、家族の介護や地域貢献など)の労働価値をいっさい認めておらず、労働力の男女比を完全に同じくすることを理想としています。
しかし、これは体力が必要な土木建築業や身体を壊しかねないため、現状では規制がかかっている鉱山業などの職種にも女性を投入せよということで、まさに「ヨイトマケの唄」のような世界です。
♪……泣いて帰った道すがら
母ちゃんの働く とこを見た
姐さんかむりで 泥にまみれて
日に灼(や)けながら 汗を流して
男にまじって 綱を引き
天に向かって 声上げて
力の限りに 唄ってた……♪
※美輪明宏「ヨイトマケの唄」より。
ちなみに「ヨイトマケ」とは諸説ありますが、「よいっと巻けー!」というかけ声で、重りを滑車で引き揚げてから、手を放して一気に落として地盤を固める作業です。
日本も貧しかった敗戦直後は、女性もこうして重労働に従事せねば生きていけず(男性は戦死しているか、出稼ぎに出ているか、あるいは戦争で障害を負うなど働けないことが少なくなかった)、男女共同参画どころか、女性が主体となっていた職場も少なくなかったと言います。
やれ社会進出と言えば聞こえはいいですが、みんながみんな憧れの花形職業につけるとは限りませんし、「働かざる者、食うべからず」を地で行く社会は、何と言っても余裕がありません。
本当にこういう社会を理想として目指すべきか、よく考えて欲しいところです。
女性の国会議員が60%「ジェンダー先進国」ルワンダの現状
そして、政治分野も見てみましょう。確かに日本女性の国会議員や閣僚は少なく、また女性の首相も出ていない現状(GG指数147位)について、能力ある女性が抜擢されるべき現状は今後の課題と言えるでしょう。
※日本財団の調査によると、日本人女性の約9割が「政治家になりたいと思わない」と回答しており、社会の現状によほどの不満がなければ、それを変えよう=政治を志そうとは思わないことから、望む女性に門戸が開かれていれば十分とも考えられます。
一方、政治分野6位、総合7位で国会議員の約60%を女性が占めているアフリカ・ルワンダが「ジェンダー先進国」かと言うと、決してそうでもなさそうです。
ルワンダは1990年代の内戦・虐殺(部族間の対立など)で国民の10~20%に相当する50~100万人とも言われる犠牲者(その大半が、利害の対立する男性)を出しており、子供や老人を養うためには、生き残った女性が働く以外になかった深刻な事情があります。
また、ルワンダ男性に限った話でもないでしょうが「女性が子供を作ったら、養育義務を放棄して逃げる」事例が少なからず、シングルマザーの比率が高いか、あるいは逃げ出さなくても自分は働かず、女性が働くしかありません。
「そんなグータラ亭主、ウチだったらさっさと叩き出すわよ!」
と言うご意見もあるでしょうが、こういうロクでもない男性に限って容易く女性に暴力を振るう傾向があり、DVだと叫んだところで男尊女卑の傾向が強い地方であれば「妻は夫に従うべき」などと追い返され、暴力で支配され続けることになります。
世界を見渡せば、こんな事例はいくらでもありますが、日本でそこまでの話はなかなか聞きません。皆さんの周りでは、どうでしょうか。
実態を表わしていない順位づけ
そもそもこのGG指数、順位のつけ方も男女性別格差の実態を的確に表しているとは言い難いものです。
例えばさっきの健康分野だと、日本(65位)のスコアは0.973。1位のスコアは0.980でその差は0.007しかありません。
1位の次につけているスリランカは、1位タイの29ヶ国と0.001以下の差しかなく、ほぼ同率なので2位として欲しいところですが、GG指数の規定では30位にまでガクンと下がってしまうのです。
「GG指数は、1位でなければどんなに僅差でもどかーんと順位が落ちる場合がある。順位が低いからといって実態が劣悪とは限らないのだ」
※参考文献より。
こんな感じですから、例えば昨年(令和2・2020年)ランキングでは教育分野で103ヶ国が1位タイとなり、次に0.001しか差がなかった国が104位にされてしまっており、順位の低さがそのまま実態の劣悪さを意味しているわけではありません。
なので、GG指数が1位だと言っても他国と横並びだっただけの可能性もありますし、順位が低いと言っても、ごく僅差(あるいは誤差の範囲)かも知れず、結果だけを見て一喜一憂するのではなく、実際の女性たちが幸せか否かを見極める必要があるでしょう。
終わりに
「男性の育児や家事への参画が進まないから120位!」
「性犯罪に遭った女性にも落ち度があるなんて言う者がいるから120位!」
「女性の性を商品化し、性的搾取しているから120位!」
「DV被害を受けている女性がいるから120位!」
「夫婦別姓が認められていないから120位!」
「高齢男性が女性蔑視発言をするから120位!」
※参考文献より。
GG指数の発表を受けて、口々にこんなことを主張する方々もいますが、データの通りGG指数が言及しているデータは前掲の4分野14項目だけで、こうした「男性の家事育児参加」「性犯罪被害」「性的搾取」「DV被害」「夫婦別姓」「男尊女卑意識」などについては一切触れられていません。
もちろん、それら個々の課題は解決していくべきと考えますが、その論拠として今回のGG指数を持ち出すのは、いかがなものかと考えます。
「しかしGG指数で男への憎しみをつのらせている女って、フェミニズムの何たるかをわきまえていないよね!」
「日本人の女は自分たちが不幸だと思い込むように洗脳されている!」
※参考文献より。
幸福でも不幸でも、その結論ありきで都合のよいデータの都合のよい部分だけを抜き出して声高に叫ぶより、現状の課題を認識してその解決に取り組んだ方が、幸せに近づける可能性が高まるのは言うまでもありませんね。
※参考文献:
- 小林よしのり「ゴーマニズム宣言 第126章 ジェンダーギャップ指数のカラクリ」
『SPA! 6月1日号』扶桑社、2021年5月25日掲載
※参考:
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