
画像 : 塩は料理の心だ pixabay cc0
塩化ナトリウム、すなわち「塩」。
それは人体にとって欠かすことのできない、きわめて身近なミネラルである。
しかしこの白い結晶は、古来より神話や伝説の中で特別な意味を与えられてきた。
人が塩に変えられ、龍が塩を生み、神が塩水を司る…
今回は、そんな塩にまつわる神話や伝承を紹介していきたい。
神罰で人間が塩と化す!?

画像 : ラファエロ・サンティ作 『塩の柱に変わるロトの妻』 public domain
塩にまつわる神話で特に有名なものに、旧約聖書の『創世記』にて語られるエピソードが挙げられる。
イスラエルとヨルダンの間には「死海」という、塩分濃度が非常に高いことで有名な塩湖が存在する。
この死海近辺にはその昔、「ソドム」と「ゴモラ」という町が存在したと伝わる。
ソドムとゴモラは非常に治安が悪く、住民の誰もかれもが、邪悪かつ道徳的な堕落に陥っていたという。
カルデアのウルを出たアブラハムの甥ロトは、叔父と別れてヨルダン低地を選び、やがてソドムの町に住むようになった。
彼は極めて善良な人物で、ソドムやゴモラの人間たちとは反りが合わなかった。
その頃、ロトには妻と2人の娘がおり、家族と共に暮らしていた。
そんなある日、ロト一家の元に、二人の美しい青年が訪ねてきた。
ロトは彼らを盛大に持て成したが、そこへ大量の暴徒たちが突如として現れ、家の周りを取り囲んでしまった。
なんと暴徒たちは、見知らぬ二人の美青年に発情し、手籠めにしようと押しかけたのである。
すると二人の美青年は、以下のように語った。
「我々は神の使いです。まもなくソドムとゴモラは神罰により消し炭となります。
ロトよ、あなたは善良な人間だ。こんな町で生きるのはふさわしくない。今すぐ家族とともに逃げるのです」
そう、二人は神の御使い、すなわち「天使」だったのだ。
天使たちは続けて言った。
「逃げる最中、決して立ち止まってはいけません。低地ではなく山へ逃げるのです。
さもなくば確実に全員死ぬ。それと、絶対に後ろを振り返らないように。いいですね?」
狼狽えるロトたちであったが、天使二人の手により、強制的に町の外へと連れ出され、戸惑いながらもロト一家は必死に逃げた。
ほどなくして、空から無数の炎と硫黄が降り注ぎ、ソドムやゴモラは完全に焼き尽くされたという。
しかし途中、ロトの妻が町の様子が気にでもなったのか、禁を破って後ろを振り向いてしまった。
すると、なんということだろうか。
神の祟りにより、彼女の体は一瞬のうちに「塩の柱」と成り果ててしまったのだ。

画像 : 死海南西部のソドム山に佇むロトの妻の塩柱 public domain
死海南西部のソドム山には「ロトの妻」と呼ばれる塩の柱状岩があり、この物語と結び付けて語られている。
この塩の柱は現在でも、死海のほとりにそびえ立っているのだという。
塩龍伝説
中国の医師である李時珍(1518~1593年)が著した医学書『本草綱目』には、世にも珍しい「塩を生み出す龍」についての記述が見える。
皇帝・徽宗(きそう 1082~1135年)が治める、北宋の時代のことである。
蕭注(しょうちゅう)という将軍が南蛮(未開の蛮族)を滅ぼした際、戦利品として塩龍(えんりゅう)という不思議な生き物を鹵獲した。

画像 : 塩龍 草の実堂作成(AI)
龍といえば巨大なモンスターというイメージがあるが、この塩龍は体長が一尺(約30.3cm)ほどしかない、手のひらサイズの小さな龍であったとされる。
その名が示す通りエサは塩であり、海水を干して作った塩を与えると、パクパクと食べたそうだ。
塩を食べた塩龍は、鱗の隙間から特殊な塩を噴き出し、それを酒などに混ぜて服すと精力が増したという。
男にとって、これほど嬉しい効能は他にないであろう。
塩龍は蔡京(1047~1126年)という政治家の手に渡ったが、残念ながら死んでしまったそうだ。
その死骸は塩漬けにして保存されていたが、死骸の鱗に残っていた塩を採取したところ、変わらず薬効が残っていたとされる。
また、江戸の浮世絵師・渓斎英泉(1791~1848年)が著した春画本『閨中紀聞 枕文庫』にも、塩龍にまつわるエピソードが記されている。
葵元慶という男は、情事の前に塩龍の塩を酒に溶かし、ひと口あおるのを習わしとしていた。
すると、たちまち血気がみなぎったという。
しかし彼はそれでも飽き足らず、ついには塩龍の体を直接なめてしまった。
塩龍は、それが原因で死んでしまった。
どうやら塩龍は、ずいぶんとデリケートな生き物だったようである。
塩水の女神
古代ローマの俸給を意味するラテン語「salarium」は、塩を意味する「sal」に由来するとされる。
このことから、兵士に塩が支給されていたという説が語られ、英語の「salary」も同じ語源を持つと説明されることがある。
古代ローマにおいて塩は、地中海の塩分濃度が高い海水を干すことで生成されていた。

画像 : サラシアの彫像 wiki c Warinhari
そんな「海の塩水」を司る女神が、サラキア(Salacia)である。
彼女は海神ネプチューンの配偶神とされ、その名は「sal(塩)」に由来する。
古代ローマ人にとって、海は恵みであると同時に、突如として牙をむく存在でもあった。
塩を含んだ波は、豊穣をもたらす一方で船を沈め、命を奪う。
サラキアは、その気まぐれで危うい海の力を象徴する女神だったのだ。
このように、塩は命を支える最も身近な結晶でありながら、人はそこに神罰や欲望、そして神々の気配までを見出し、いつの時代も想像力を強く刺激し続けてきたのである。
参考 : 『創世記』『本草綱目』『閨中紀聞』『枕文庫』『ラルース ギリシア・ローマ神話大事典』
文 / 草の実堂編集部
























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