幕末明治

土方歳三と山南敬助の不仲説《新選組》

歴史上の人物の中で、坂本龍馬・織田信長に続く人気者と言えば、やはり幕末期に京都で活躍した、新選組の面々であろう。

その中でも、局長である近藤勇、薄幸の美青年剣士・沖田総司、そして根強い人気を誇るのが、新選組の副長であった土方歳三(1835~1869)である。

土方歳三と山南敬助の不仲説《新選組》

※土方歳三

そんな土方歳三には、不仲を噂されていた同士がいることをご存じであろうか。

それは、かつて新選組にて、同じ”副長”という肩書きを持っていた、山南敬助(やまなみ/さんなん・けいすけ、1833~1865)である。

この記事では、2人の不仲説は本当だったのか、なぜ2人の関係がこじれてしまったのか、詳しいことを調べていきたいと思う。

山南敬助とは

江戸では天然理心流の剣士・近藤勇に挑むも、試合には敗退。
このことがきっかけで、近藤を慕うようになった山南は、近藤の下にいた土方歳三、沖田総司らと行動を共にするようになったと言われている。

そんな山南敬助は、小柄で色白の、どちらかといえば優しげな顔をした青年であったという。

近藤勇や土方歳三は百姓の家の出身であったが、山南敬助は元々が藩士であるので、彼らよりも教養や学識に優れていた。

また、”剣”の道にかなり過激な考えを持っていたという土方歳三に比べ、山南敬助は温厚派であったという。

かつて新選組局長であった芹沢鴨の粛清の際には、主たる戦力として活動していたが、その後の池田屋事件には出動せず、屯所に待機していたといわれている。

山南敬助はこの時負傷し、傷をいやすために出動しなかったとされているが、おそらくこの頃から、近藤や土方、特に土方との考え方に溝が出来、少しずつではあるがギスギスした関係になっていったのであろう。

山南敬助の最期

詳しいことは分かっていないが、ある日、山南敬助は新選組から脱出する。

しかし、京からほど近い大津にて、沖田総司に追いつかれ、その翌日には屯所に連れていかれることになる。

新選組には厳しい掟があり、その中のひとつが”脱走をしたものは切腹”というものであった。
当然、山南敬助も切腹を命じられることとなった。

この時の、彼の悲恋にまつわる言伝えが残っている。

それは、島原の遊郭「角屋」に在籍していた遊女・明里(あけさと)の存在である。

この「角屋」は、当時新選組が頻繁に足を運び、贔屓にしていた遊郭であり、山南敬助も足しげく通っていたという。

その中で、山南敬助は明里という遊女と恋に落ちる。
彼女は当時21~22歳頃で、とても上品な女性だったという。

最高位である”太夫”の位に次ぐ、”天神”というランクに位置づけられていた明里は、当然人気の遊女であったが、山南敬助の柔らかい物腰や、教養ある人柄に惹かれたのかもしれない。(一説には、山南が新選組を脱出した際、明里を一緒に連れて行った、ともある)

明里と山南は、彼が切腹前に閉じ込められていた座敷牢の格子越しに、今生の別れを交わした…と言われている。

だが、この逸話はあまりにもロマンチックすぎて、後年の創作なのではないか、と言われているようだ。

山南敬助と土方歳三は、なぜ不仲だったのか?

脱走した理由について、山南敬助は誰にも語ることはなかったようだ。

彼が切腹する際、介錯を務めたのは沖田総司であるが、その沖田にも、そして局長である近藤勇にも、決して本当の理由を明かそうとしなかったという。

そこに大きく関係しているだろう、と推測されるのが、同じく副長であった土方歳三との関係である。

無論、この2人も、出会った当初から不仲であったというわけではない。

記録によれば、文久3年に大坂で起きた”岩城升屋事件”という事件では、浪士を撃退する際、刀が折れてしまった山南敬助のことを、土方歳三がかばいながら戦った、という記録がある。

このことからわかるように、2人の仲は最初からこじれていたわけではなさそうである。

しかし、新選組が勢力を拡大し、組としてどんどん成長していくにしたがい、組の運営方針や新選組隊士としての思想をめぐって、2人は対立を深めていくこととなる。

新選組ははじめ、「尊王攘夷」を掲げて活動を始めていたはずだが、組が大きくになるにつれて、その目的をどんどん失っていった。

あくまでも「尊王攘夷」にこだわっていた山南と、出世を目指す近藤についていきたい土方とは、考え方を異にしていったのであろう。
このことから、山南の新選組に対する不信感が募っていったと考えられる。

山南敬助が逃亡を企て、屯所に連れ戻された際、多くの隊士は、山南敬助に同情的だったという。
特に伊東甲子太郎や、永倉新八など、新選組の主力メンバーからは、「このまま脱走しろ」と言われていたのだとか。

だが、山南敬助は脱走することはなく、自分の死を受け入れたと言われている。

もしも、新選組の掟の中に、「逃亡者は切腹」という項目がなければ、山南敬助は違った形で、歴史の表舞台で活躍していたのかもしれない。

 

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アオノハナ

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日本史、アジア史、西洋史問わず愛読しております。

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コメント

  1. アバター
    • 匿名
    • 2020年 5月 10日

    文中で登場人物の名前が間違っております。
    校正はしっかりしましょう。

    ×伊藤甲子太郎と長倉永八

    ◯伊東甲子太郎と永倉新八

    0
    0
    • アバター

      修正させていただきました。
      ご指摘まことにありがとうございます。

      0
      0
    • アバター
      • 匿名
      • 2020年 5月 12日

      近藤勇って天然理心流ですよね?

      0
      0
      • アバター

        修正させていただきました。
        どうもこの記事はミスが多かったようで、ご指摘まことに感謝です。

        0
        0
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