江戸で多くの人に読まれていた「瓦版」
瓦版といえば「新聞のルーツ」といった印象を持つ方が多いでしょう。
人々は火事や地震速報の情報をそこから得ていましたが、江戸市内に存在した多くの瓦版はどちらかといえば「大衆雑誌」のような性格だったようです。
今回は、そんな瓦版について紹介していきます。
夕方から売られる「ゴシップ満載」の瓦版
瓦版は、大きく分けると2種類あります。
一つは夕方くらいから街に出て、軽快に声をあげながら売り歩く瓦版売りです。
3、4人くらいお囃子をする人を引き連れて三味線などを鳴らし、歌いながらゴシップネタを売り歩きました。
「これから飲み屋に行くか!」という人たちが、話を盛り上げるためのネタを仕入れるために買っていったようです。
これは「人魚がでたぞ!」というゴシップニュースです。
人魚と聞くと、ディズニー映画に出てくるマーメイドを想像する方も多いと思いますが、江戸時代の人魚は私たちの想像の斜め上を突き破っています。
瓦版に描かれている人魚には角が生え、般若のような恐ろしい顔をしています。
しかも胴には謎の3つの目。
瓦版の記事によれば「漁船を悩ませていた人魚を捕獲した」とのこと。
また「人魚はひと目見れば不老長寿、無病息災で幸せになる」といった内容も記載されています。
現代の私たちから見たらどうみてもインチキだと分かりますが、江戸の人々も決して真に受けていたわけではなく、インチキだと分かって買っていたようです。
「瓦版は話三分(はなしさんぶ)」という言葉があり、「まぁ七分は騙されてやろう」とみんな思っていたのです。
そんな少し信憑性にかける瓦版ですが、お店が「あのライバル店の悪口を書いてくれ」と頼むこともあったようです。
美白効果をうたった化粧品なのに色が黒くなってしまっただとか、縁談を破談にするためにありもしないスキャンダルをでっちあげてばら撒く、なんてこともあったようです。
信憑性が高い「時事ネタ」を扱う瓦版
もう一つは二人一組で、お昼ごろに地味に売り歩く瓦版売りです。
内容は時事ネタが多く、調子をつけて売り声をあげることもありません。
こちらの方が信憑性が高いのでよく売れたようです。
「何を売っているんだい?」と耳打ちすると「○○というネタが入っているんだよ」と教えてくれたようです。
ちなみに瓦版は「新聞のルーツ」と考えられていますが、実は正規の出版物ではありませんでした。
幕府の取り締まりが厳しかったので、政治を批判するようなネタなどはバレたらお縄になってしまいます。
そのため、政治批判ネタを題材にした瓦版の場合は、売切れたら即解散していました。
売る側はもちろん買った人も捕まるので、読んだらすぐに燃やします。
「一番のスクープネタは読んだらすぐに証拠隠滅」という約束の元で売られていたのです。
一番売れた瓦版は「火事速報」
このように様々なネタを扱っている瓦版ですが、最も売れたのは「方角場所付(ほうがくばしょづけ)」という火事の速報です。
どの地域で、どれくらい火事が燃え広がったのかの情報を、その日に刷って売り歩いていました。
印刷技術が発展段階の江戸時代で、なぜ火事の当日にすぐ売ることが出来たかというと、地図の部分に「切絵図(きりえず)」という版画を使っていたからです。
版画の地図の上に燃えた場所を赤色で刷るだけ良いので、すぐに売ることができました。
火事のお見舞いに行かなければならないため、この瓦版はみんなが競って買い求めたようです。
「お店の得意先は無事か?親族は大丈夫なのか?」を知るために、我先にと買い付けて現場へ駆けつけていました。
今も昔も、災害時に大切な人の安否が心配になるのは変わりませんね。
おわりに
江戸時代の瓦版は、当時の情報発信の中心であり「ゴシップ」から「時事ニュース」そして「火事速報」までさまざまな情報を提供していました。
正規の出版物ではないとは言え、瓦版は江戸の生活に欠かせないものであり、庶民の生活に深く根ざした存在だったことが分かります。
時事ネタ以外にも娯楽も提供していたメディアの姿は、今も昔も変わらないようです。
お江戸でござる 監修:杉浦日向子 構成:深笛義也
江戸の大変 かわら版〈天の巻〉地震・雷・火事・怪物 (コロナ・ブックス)著:稲垣史生
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