平安時代

陰陽師 安倍晴明の意外な素顔について調べてみた

安倍晴明
(出典 wikipedia)

2001年、野村萬斎主演で映画化された『陰陽師』は、平安時代の魔術師のような存在を一躍有名にした。
とくに、映画の主人公となった安倍晴明は、陰陽師の代名詞のように扱われるようになった。

安倍晴明に関する逸話には、現代科学では説明のつかないものが多く、どこまでが史実でどこまでが虚飾なのかはわからない。
そんな晴明の逸話について調べてみた。
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安倍晴明 の母親はキツネだった?


(出典 satoshi sawada)

安倍晴明の母親・葛の葉は、キツネだったと言い伝えられている。
常識で考えればありえないことだが、この伝説は歌舞伎の題材にもなっているほど有名なものだ。

晴明の父・安倍保名がある日、現在の大阪府の信太の森で、狩りに追われているキツネを助けた。

後日、保名は美しい娘・葛の葉と出会い結婚する。

やがて息子の安倍童子(のちの晴明)が生まれるが、結婚7年目、葛の葉の正体がかつて助けたキツネであることを知ってしまう。

「正体を知られてはもうここにはいられない」と、葛の葉は

「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」

という歌を書き残して姿を消してしまった。

「鶴の恩返しのようなストーリーだが、
嘘か真か「鶴の恩返し」のようなストーリーだが、これが千年の時を越えて語られている、安倍晴明の生い立ちである。
この逸話は生命の母・葛の葉が被差別民であったことの暗喩ではないか、との意見もある。

安倍晴明の業績

安倍晴明
(出典 Kentaro Ohno)

陰陽師・安倍晴明には不思議な逸話がつきまとう。
幼いころムカデなどの虫を食べていたとか、修行中の子供のころから百鬼夜行が見えていたなど、超自然的なエピソードが多い。

なかでも晴明の特技として知られていたのが「泰山府君祭」であった。

泰山府君とは、閻魔大王と同一のものと見られている。
重病で余命いくばくもない者の延命を願い、閻魔大王にお願いして余命を伸ばしてもらうために行う呪術である。
ただし、無条件で余命を伸ばせるわけでもなく、大概は誰かを身代わりに差し出すこととなる。

晴明の逸話でも、病に苦しむ者の近親者が身代わりを申し出て、彼らの命と引き換えに術を行ったというものが多い。
しかし、その結末は大概が「家族を思って身代わりを申し出た心に神仏が感動し、ふたりとも命を救うことを決めた」というハッピーエンドである。

 

安倍晴明
(出典 wikipedia )

師匠の業績を盗んだ安倍晴明


(出典 Kentaro Ohno )

陰陽師として華々しい逸話を残す安倍晴明であるが、そのすべてが史実かどうかと問われると、残念ながら疑わしい。
科学的にあり得ないというだけでなく、実は晴明には「師匠の業績を自分のものと喧伝した」という疑惑があるからだ。

安倍晴明の師匠といわれている人物、賀茂保憲は晴明より4歳年上の陰陽師だ。
「三道博士」と呼ばれ、陰陽道、天文道、歴道を極めた、陰陽師のエリートである。
陰陽師としての仕事のほかにも税収を担当する主計頭などに地位にも座った。
また、彼の娘は「賀茂保憲女集」という歌集を残している。

『大刀契事』という書物によると、

天徳四年(960)、村上天皇の時代に内裏が出火し、そこにおさめられていた日本の霊剣「護身剣」と「破敵剣」が焼失してしまった。

これらの剣は、破邪の剣として朝鮮半島の王朝、百済から献上されたものだった。

日本の霊剣には、なんと六星や北斗六星、四つの方位を司る聖獣である指針の姿が描かれていたという。

つまりは、厳重に保管された国宝。
その国宝が焼失してしまったのだ。

応和元年(961)、この霊剣の再生が行われた。

新たにあつらえた日本の刀に、陰陽師の手によって霊力が吹き込まれるのだ。

この大役に賀茂保憲が選ばれた。

晴明もこの場にいたとされるが、あくまでも保憲のアシスタントにすぎなかったといわれている。

 

ところが、『蔵人信経私記』や『政事要略』によると、晴明が「自分が霊験に霊力を吹き込むよう勅命を受け、儀式を執り行った」と喧伝していることが書かれている。

だが、保憲が陰陽師としてきわめて速いスピードで出世していたのに対し、晴明は天才とはいえ遅咲きの陰陽師だった。
その晴明が師匠の保憲を差し置いて勅命を受けたとも考えづらい。
大刀契事という書物が客観的な記録なのに対し、『蔵人信経私記』や『政事要略』では「本人がそう言っていた」と信憑性としてはいまいち弱い。
もし、師匠の業績を盗んだのだとすれば、まさに虎の威を借る狐である。

安倍晴明の本当の姿は、いったいどこまでが真実なのであろうか。
「天才陰陽師」というイメージが生み出した神秘的な逸話だけでなく、地道な儀式ですら「本当に本人の功績なのか」という疑念が浮かぶ。

ただ、従四位という陰陽師としてはトップレベルの出世を果たしていることからして、彼が優れた陰陽師であったことだけは間違いないだろうが、功績の数々の真実は歴史の闇のなかに眠っている。


『安倍晴明 陰陽師たちの平安時代』 (繁田信一著 吉川弘文館)


『安倍晴明読本』(豊嶋泰國著 原書房)

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