西洋史

ルネサンスはなぜイタリアで起こったのか?

ルネサンスはなぜイタリアで起こったのか?

一部では「日本の美術教育は海外に比べて積極的でない」といわれることもあるようだが、各地の美術館や博物館には素晴らしい作品を求めて沢山の人が訪れている。
企画展で人気の作品が日本に来日する!というような話題の美術展では、時に入場何時間待ちとなることも少なくない。
美術には様々な分野、時代、表現があるが、「モナ=リザ」「最後の晩餐」を生み出したレオナルド=ダ=ヴィンチを聞いたこともないという人はおそらくいないだろう。彼が活躍したのは15世紀のルネサンス真っ最中のイタリアであった。

ルネサンスとは、中世の文化を引き継ぎながらも、人間性を解放し各個人の個性を尊重しようとする動きである。
生きている中での楽しみや、理性や感情の動き、つまり「人間らしさ」というものを大切にしようとする思想だ。
今回は彼が才能を発揮したイタリアのルネサンスというものについて調べてみる。

ルネサンス のベース

ルネサンス

画像:最後の晩餐

まずルネサンスというものはイタリアで発生した。
フランスでもドイツでもイギリスでもなく、なぜイタリアだったかというといくつか要因がある。
まずひとつめに、金を持っている人間が多かったということ。

当時のイタリアでは東方貿易(アジアと貿易をすること)が盛んで、各貿易都市では日々様々なモノとカネが動いていたのである。
一生懸命畑を耕して、小麦粉で自分とその周辺のためにパンを作り、おいしく食べて人生が終わっていたような地域とはだいぶ違う。
商工業の発展によって、世界史でよく出てくる「富の蓄積」というものがあったのであった。

つぎに、当時のイタリアがしっかり統治されていなかったことがある。
国王や皇帝が地域を支配し、統治していると、その権力者の意見や思想がすべてになってしまう。
偉い人が言ったことは絶対である、となると新たな発想が花開くことを止めてしまうのだ。

最後には、前述した東方貿易などによって他所の文化が入ってくる環境にあったことが要因だろう。
例えばイスラーム文化やビザンツ文化などが流入してくるのだが、それらはギリシア文化の影響を大いに受けている。
ギリシア文化とは人間的な文化であり、イタリアをはじめとしたヨーロッパに浸透していたキリスト文化とはまったく違っていた。
キリスト文化ではすべての物事の中心は「」なのである。
対してギリシア文化での中心は「人間」。
ヨーロッパの人々にとっては人間を中心に思考することは、とても斬新なものだったのである。
現代のわれわれからすると、当時のヨーロッパ人の考えのほうが理解しがたいのだが…。

人間への関心

都会の人間関係に疲れた芸能人が田舎で畑仕事をしてのんびり暮らすなんていう話がたまにあるが、当時のイタリアは真逆だ。
農業というものは、雨が降らないだとか気温が低いだとか、自然に左右されることが多い。
今年は暑い、今年は嵐がたくさん来る、今年は雪が多い。
それを決めるのは人間ではなく自然であり、見る人から見れば「神」がそれを決めていると感じることもある。

逆に商業は自然よりも「人間」に左右されることのほうが多い。
○○商店のあいつはケチだから値引きしてくれない、××商店の後継ぎと△△商店の娘さんは恋仲だから優遇している。
また、貿易をしているということは、見たこともない服を着た見慣れない顔つきの異国の人間と出会う機会も多い。
すると必然的に、人間関係、人間社会というものへの関心が高まっていくのである。

また、商業に従事する人々は帳簿をつける必要があるため、文字の読み書きができる人もいた。
文字が読めると、聖書のほかにもいろいろと読んでみたくなる。
興味の対象が「神」に加えて「人間」になっていた当時の人々にとって、今では当たり前に存在する「恋愛小説」などが斬新で最先端の珍しいものに映った。

芸術家を支えたパトロン


芸術家たちは作品の制作に没頭するため、生活費を稼ぐための仕事をしている暇などない。
富を蓄積したパトロンたちがルネサンスを支えた。

イタリアのルネサンスを支えたパトロンの筆頭として挙げられるのがメディチ家である。
フィレンツェで薬屋としてスタートしたメディチ家は商売に成功し財を成した。
その財力を使って銀行を創設し、ローマ、ナポリ、ヴェネツィアなど主要都市に銀行の支店を置いてどんどんと大銀行へと成長していった。
特にローマ支店が担当していたローマ教皇庁はかなり大口の顧客で、収益の多くがこのローマ教皇庁との取引によるものであった。
銀行の利益を使ってメディチ家はさらに事業を拡大し、毛織物などにも手を出し、最終的には総合商社として大成功するのである。
その潤沢な財力が、レオナルド=ダ=ヴィンチやボッティチェリ、ドナテルロなどの創作活動を支え、現在われわれが目にするいくつもの芸術作品をこの世に残してくれたのである。

関連記事:
【ルネサンスの光と影】ボルジア家&メディチ家
ルネサンス期の占星術について調べてみた

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

matsu3204

投稿者の記事一覧

大学時代にイングランド史を専攻。イングランド史に限らず、西洋史全般が好き。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

    • 匿名
    • 2018年 8月 07日 1:05am

    >>ルネサンスとは、中世の文化を引き継ぎながらも、人間性を解放し各個人の個性を尊重しようとする動き

    よくこんな出鱈目を平気で書けるね。ルネサンスは暗黒の中世をやめて古代ギリシャ・ローマの優れた文化を取り戻そうとした運動の事なのに

    0 0
    50%
    50%
    • >>古代ギリシャ・ローマの優れた文化を取り戻そうとした運動の事なのに

      これはルネサンス以前にも各地で起こっていますし、ルネサンスの定義は研究者によって異なるのです。中にはルネサンスの存在そのものを否定する研究者もいるようです。

      0 0
      50%
      50%
  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. レーニンとスターリン 「ソビエト共産党の黎明期」
  2. ヨーロッパの残酷な処刑や拷問方法 【ギロチン、ファラリスの雄牛、…
  3. 【ホロコーストの犠牲者】アンネ・フランクが受けた迫害と15年の人…
  4. 【世界で最も奇妙な食事をした男】ミシェル・ロティート ~ガラスや…
  5. 中世ヨーロッパでもっとも忌み嫌われた「意外な色」とは
  6. 【初めてダイヤモンドを着けた女性】 公妾アニェス・ソレル ~15…
  7. ローランの歌 【聖剣デュランダルの騎士】の伝説
  8. カリブ海にはなぜ海賊がいたのか?【カリブの海賊たち】

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【光る君へ】 藤原彰子に仕えた小馬命婦(清少納言の娘)〜どんな女性だった?

平安文学を代表する随筆の一つ『枕草子』。その作者として知られる清少納言には、一男一女がありました。…

『あんぱん』未亡人・登美子(演・松嶋菜々子)の再婚の選択は正しかったのか?

NHK朝ドラ『あんぱん』で、なにかと話題になっている嵩の母・登美子。登場のたびに、ネットでは…

江戸の闇を駆けた大泥棒「田舎小僧」~多くの大名・御三卿すらも被害に

古今東西、世に盗人の種は尽きませんが、江戸時代にも多くの泥棒たちが暗躍していました。今回はそ…

夏目漱石の生涯をわかりやすく解説 「神経質で短気だった」

『吾輩は猫である』、『こころ』、『夢十夜』…読書好きでない方でも、一度は聞いたことのあるタイトルだと…

【貧乏で苦しんだ文壇の美女】 樋口一葉たった一度きりの恋の行方

文学界には数多くの文豪たちがいますが、樋口一葉は女性ならではの視点で不朽の名作を世に打ち出し…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP