西洋史

共和政ローマが「地中海統一」を成し遂げた意外な理由とは

古代のローマ共和国が地中海を統一した理由について、多くの人が疑問に思っているかもしれません。

一見すると地中海統一は、ローマの栄華を象徴しているように見えますが、実は意外な真相が隠されているのです。

今回の記事では、ローマ共和政の特徴と発展過程、領土拡大に伴って直面した問題、対外膨張の必然性と限界について解説したいと思います。

ローマ共和国の成立

ローマは小さな都市国家として誕生し、紀元前8世紀に建国されました。

建国当初は王政だったのですが、紀元前509年に共和政に移行しています。共和政ローマでは、執政官2名と元老院が政治を運営するシステムです。

執政官の権力は制限されており、独裁を防ぐ仕組みが設けられていました。一方で非常事態には独裁官を設置して独裁政を認めるなど、民主政と独裁政の適切なバランスを取ることに最新の注意を払っていました。

このバランス感覚が、ローマを地中海最大の帝国に押し上げる原動力となったのです。

共和政ローマが「地中海統一」を成し遂げた意外な理由とは

画像:共和政ローマの政治風景 イメージ

民主政と独裁政のバランス

建国当初におけるローマの政治的権利は貴族に集中しており、平民は不満を募らせておりました。そのため貴族はたびたび平民の要求に応じ、平民にも政治参加の権利を段階的に認めざるを得ませんでした。

護民官、平民会の設置、執政官の平民枠導入などが実現し、権力のバランスが取られるようになります。

権力の偏りを修正することで国内は安定、対外的にも軍事力の維持が可能になりました。

自らが持つ特権の一部を貴族が譲渡する柔軟性が、ローマの発展を支えた重要な要因でした。

歴史的な法則として、特権階級が一度得た権力を手放そうとしないとき、国家は危機に瀕します。ローマの貴族はこの歴史的教訓を理解し、妥協的解決を選ぶ聡明さがあったのです。

政治的な安定を得たローマは領土を拡大し、地中海唯一の大国に成長します。

領土拡大に伴う内部分裂

しかしその急速な拡大の裏で、内部的には混乱が始まっていました。

新たに獲得した領土は貴族が独占し、大規模な奴隷制に基づく農業(ラティフンディウム)を導入します。

その結果として自営農は打撃を受け、ローマ国内に経済的混乱が起きました。

一方、新しい領土から莫大な富を得た貴族と騎士階級が台頭し、ローマ社会の貧富の差は開いていきます。

このようにローマの領土が短期間に劇的に拡大したことで、ローマの社会は大きな変化に見舞われました。

それまでの小規模な自営農中心の社会から、ラティフンディウムに代表される新たな社会への移行は、ローマの伝統的な社会構造や経済構造に大きな衝撃を与えたのです。

共和政ローマが「地中海統一」を成し遂げた意外な理由とは

画像:ラティフンディウム イメージ

市民軍から傭兵軍団へ

貴族による大規模農場経営(ラティフンディウム)の導入で、自営農が経済的に打撃を受けた結果、平民層は兵士として参加できる生活力を失っていきます。自活できない平民からは兵士が確保できなくなり、市民軍を維持できなくなったのです。

市民軍の崩壊はローマにとって致命的な問題でした。なぜなら市民軍こそがローマの防衛力の根幹を成していたからです。市民軍抜きにローマを守ることはできません。

この事態に対応するため、富裕層が自費で傭兵を雇い入れる傭兵軍団が創設されます。しかし傭兵には市民兵ほどの祖国愛や忠誠心はなく、基本的には金銭で動く兵士です。国家のために戦うというより、金次第で雇い主を変えてしまう兵士たちでした。

こうした傭兵軍団を維持しつづけるには、大量の金が必要でした。そのためには戦争と領土拡大による収奪が欠かせなかったのです。

傭兵軍団の登場が、ローマの更なる領土拡大を促す要因の一つとなったのです。

画像:傭兵軍団によって領土を拡大する共和政ローマ イメージ

内乱と対外膨張

貧富の格差によってローマは内乱の時代にあったものの、傭兵軍団による対外戦争が継続された結果、夢の「地中海統一」が偶然の結果として達成されました。

しかしこの統一は国力の充実に支えられたものではなく、むしろ国内問題を棚上げした結果でもあります。国内の分裂を抑えるための対症療法として戦争が利用されていたのです。

内乱状態のローマが地中海統一を果たしたのは、国力の充実によるものではなく、むしろ国内の分裂を戦争によって隠蔽することが目的でした。

しかし戦争への依存はやがて限界に達し、ローマ崩壊を阻止することはできなくなります。

富の偏在と傭兵化が、ローマ共和国の繁栄を支えたはずの柔軟性を失わせ、崩壊の原因を生み出していったのです。

戦国時代と新秩序の開拓者

画像:新しい時代の開拓者ユリウス・カエサル public domain

内乱期のローマは中央権力の衰退によって、地方の有力者が割拠する戦国時代のような状況でした。

この戦国時代を終わらせるべく、カエサルが新秩序の開拓者として登場します。しかし旧秩序の抵抗勢力によってカエサルは暗殺されたため、日本の織田信長や中国の始皇帝と同じ運命をたどることになります。

ただ一度失われた旧秩序は二度と元に戻ることはなく、新秩序が確立していきます。カエサルの後継者アウグストゥスが初代ローマ皇帝となり、帝政ローマが誕生しました。

新秩序の開拓者は抵抗勢力に殺される運命にあるものの、その死が新時代の幕開けとなるのです。

参考文献:神野正史(2020)『「覇権」で読み解けば世界史がわかる』祥伝社

 

村上俊樹

村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
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