音楽&芸術

高村光太郎と智恵子 【智恵子抄の誕生】

日本における近代詩人の代表例としても挙げられ、今でも様々な作品が教科書などに掲載されてみなさんに親しまれている高村光太郎

今では文豪をテーマにしたゲームも流行っており、今でも人気は絶えません。

そこで今回は高村光太郎とその妻である智恵子について解説していきたいと思います。

高村光太郎と智恵子の結婚

高村光太郎と智恵子 【智恵子抄の誕生】

※高村光太郎

高村光太郎は1883年に日本における近代彫刻家であり『老猿』『西郷隆盛像』などの作品などで知られる高村光雲の長男として生まれました。

光太郎自身は父の背中を追って彫刻家を目指そうと東京美術学校彫刻家に入学。そしてロダンの『考える人』に衝撃を受け西洋技術を学ぼうとパリやニューヨークなどに留学します。

こうして彫刻家としての道を歩んでいくのですが、彼には芸術と同じくらい関心を持っていたものがあります。そう、それこそが文学だったのです。

光太郎は与謝野鉄幹の明星にたびたび寄稿をしたり、1914年には詩集『道程』を出版し作家としての道にも進んでいきます。彼は詩を書くことを「自身の彫刻の純粋さを守るため、彫刻に文学など他の要素が入り込まないようにするため」と考えいたそうです。

そんな中1911年に日本女子大の優等生であり、『青鞜』の表表紙を描いていた長沼智恵子に出会います。光太郎は智恵子は自分にとって理想的な女性。光太郎は智恵子のことを「キリストの代わり」と表現したほどです。

そして智恵子と出会ってから3年後の1914年、光太郎と智恵子はめでたく結婚しました。

智恵子の死

※長沼智恵子

お世辞にも裕福な生活ではないけど幸せな生活。

しかし結婚すればやはり妻か夫のどちらかが家事をしなければいけません。しかもこの頃といえば家事といえば女性がするもの。たとえ共働きでも妻である智恵子がやらなければいけなかったのです。こうなってくると自然と智恵子が絵を描いたり、趣味であった切り絵の製作する時間が少なくなってしまいます。

そして智恵子の実家が破産する報せが届くと、智恵子は芸術の行き詰まりや元々から体が弱かったことが重なり精神がどんどん病んでいってしまい、とある時には薬物での自殺を図ってしまうようになってしまいました。

そして1938年には智恵子はこの時不治の病と恐れられていた肺結核によって52歳でこの世を去ってしまいます。智恵子の臨終の時の姿は智恵子抄の中の詩の一つである『レモン哀歌』に残されています

高村光太郎のその後

智恵子を失った光太郎。光太郎は智恵子の生涯を後世に伝えるために智恵子の死から2年後の1941年に『智恵子抄』を出版します。智恵子抄は光太郎と智恵子が歩んでいった歴史や愛を詩にまとめたものです。

この頃になると太平洋戦争が始まり、日本は戦争ムード一色となりますがら、その中で光太郎は智恵子を亡くしたことを忘れるかのように戦争賛美の詩を残していきます。

そして1945年になると空襲で家とアトリエが焼けてしまい、岩手県稗貫郡(現石巻市)に疎開。7年間この地で生活していきます。その後 光太郎は十和田町の町長から「十和田湖のほとりに銅像を建ててくれ」と依頼されます。この時光太郎は70歳。もうそろそろ寿命がきてもおかしくありませんでしたが、光太郎はこれを承諾しました。

実は彼にはある望みがあり、彼が書いた詩には『智恵子の裸像をこの世に残して、天然の素中に帰ることが最後の望み』と智恵子の姿を後世に残すことを強く思っていました。こうして智恵子の像を建てることを決意した光太郎。さらに当時の青森県知事があの有名な太宰治の兄である津島文治がこれを支援し、1953年に十和田湖のほとりに近代日本彫刻の傑作『乙女の像』が建てられました。

hinaccoさんによる写真ACからの写真

智恵子を思い、最後の傑作を残した光太郎はその像の完成の3年後、東京のアトリエで73歳で静かにこの世を去りました。

最後は智恵子抄の中のレモン哀歌の最後の2行を残して終わらせていただきます。

『写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう』

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