ロボトミー手術とは、頭の両側に穴をあけメスをいれる外科手術のことであり、その目的は脳の前頭葉をいじることで言語や記憶能力を回復させることである。
ロボトミー手術が初めて人間に行われたのは1936年、対象は63歳の鬱病患者だった。
1930年代といえば、まだカウンセリングなども発達しておらず、精神疾患は治療が不可能と考えられていた。
つまり「頭がいかれちまった、もう終わりだ!」ということである。しかしそこに現れたのが、エガス・モニスやウォルター・フリーマンという医師だ。
彼らは、前頭葉を切除すれば精神疾患はある程度治せると豪語し、失敗も恐れず幾度と乱暴な手術を行った。
ロボトミー手術
人間の脳は、前の部分に前頭葉、左右にそれぞれ側頭葉、上の部分が頭頂葉、後ろに後頭葉、後ろ下部に小脳がある。
側頭葉が色や形を判断し、記憶の処理を行う。頭頂部は動きに対する情報や三次元的な空間認識を司る。側頭葉は芸術的な、頭頂部はスポーツなどにおいてどちらもとても大切な部分だ。逸れに対し、前頭葉は思考・判断・創造性・社会性などの人間らしい高度な知能・感情を司っている。
ロボトミー手術は、思考や記憶を司る前頭葉をいじくれば、重篤な精神病患者や認知症の患者の治療ができるのではないかと考えられたものであり、実際にその手術を考案した神経科医のエガス・モニスは1949年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
ロボトミー手術は、数パーセントの死亡例をだしながらも結果的に救われる患者も多かった。その後、1938年には日本でもロボトミー手術は行われている。
1930年代の時代背景
ロボトミー手術が行われた1930年~の時代は、日本では昭和のはじめ頃である。
町は長屋という隣同士の家がつながっているような建物に住んでいる人が多く、部屋数も今のようには多くはない。電気やガス、水道がひかれるようになった頃である。その時代、心理学ではフロイトがヒステリー患者の治療で精神分析を行っており、ピアジェは発達心理学についての研究を進めていた。
しかしこの平和な発展の裏で、日本では昭和初期の精神病患者は治療よりも監禁や隔離を目的とされ、精神病棟や精神科病院は治療よりも監禁、それでも足らず自宅でも監禁していた。しかもそれは私宅監置として政府も容認しているものだった。手首足首を縛り猿轡をかませることも病院で行われていた。
それ以外にも、外国では電気椅子に座らして電流を流すことで患者の動きを抑えることも治療として行われた。
1933年にマンフレート・ザーケルが提唱したインスリン・ショック療法はインスリンを皮下注射して強制的に低血糖を起こし、強制的に起こした意識低下のショック状態により精神病が治ると考えたもの。また、カルジアゾールという一種の興奮剤を打ち込むことで痙攣発作をおこさせ、それによって精神病が治るのではないかという考えもあった。魔女狩りの時に使われたような三角木馬などの拷問器具も用いられたという。それらは、精神病患者を落ち着かせる目的で使用された。
驚くべきことに、これらの現代ではありえない治療方法が実際に多数行われ、死亡例も出ることで、だんだんと行われなくなったという歴史があるのだ。
ロボトミー手術の背景
精神病患者や痴呆症は、現在では正しい知識と理解が浸透しているが当時は「急に発狂する」「幻覚や幻聴など目に見えない、聞こえないものを実際にあるといい大騒ぎする」「人格が変わったかのように怒り出し、また泣き出したりする」「鏡に向かって話しかける」「便や尿を食す」などの症状をだせば、イカレてしまった、狂ってしまったとされて避けられ隔離される存在にしかならなかった。
これは、誘拐を神隠し、伝染病を祟りとした背景と通ずるものがある。そして脳の前頭葉部分は確かに思考や判断力を司る部分があり、意味のわからない言動をする者が静かになることは、治ったと表現され周囲は喜んだのだ。イカレタ人間が手術の末死んだとしても、声をあげるものが少なかったこともある。
一応説明するが、認知症やアルツハイマーは脳が萎縮することにより記憶障害や味覚障害、排便障害などが起こるものであり、根治はできないが薬物により進行を遅らせることは可能だ。幻覚や幻聴が起こる統合失調症も、脳の問題であり時間はかかるが薬物治療により社会復帰をしている者も多くいる。てんかんも、祟りなどではなく脳の神経細胞に伝わる微弱の電気信号が、何らかの原因で一斉に発生し過剰に送られることで身体が強張り手足を突然震わせ意識を失うてんかん発作が起こるだけだ。
全て、脳の障害であり薬物治療で安全かつ確実にその症状を抑えることができる。何より、得体の知れないモノではなく、人間としての安全と尊重がきちんと優先されている。
ロボトミー手術とその後(まとめ)
ロボトミー手術は、脳の両側に穴をあけ前頭葉を切除する外科的手術であり、重篤で暴れまわる精神病患者や自殺の可能性のある患者に効果があったとされ、実験的に何度も繰り返された。エガス・モニスはノーベル賞を受賞しているし、その弟子のウォルター・フリーマンは脳に穴を開ける代わりに眼窩を経由して脳に到達させるひとつの術式を開発した。
フリーマンは3500件以上の手術を行ったと言っている。しかし、エガスは自分の手術を行ったその患者に銃撃されているし、現在でもロボトミー手術の当事者やその家族がエガスのノーベル賞取り消し運動を行っている。
日本では桜庭章司がロボトミー手術を強制的に施術され、変わり果てた自分の人生を壊したその医師を殺そうとした結果、医師の妻と母親を殺害するという事件が起きた。
このような経緯もあり、人権運動が活発化したことや、1960年を過ぎると精神病患者には薬物治療が主流で行われるようになったこと、1975年に日本精神神経学会が否定したことなどから、衰退していき、現在ではロボトミー手術は行われていない。
しかし、薬物治療による効果が見えない患者などで生命の危険もある場合、脳に電気刺激を与える電気けいれん療法は現在でも行われおり、精神病やアルツハイマーが脳の病気である以上、これからも研究は続けられていくだろう。
動物愛護法の観点からラットなどによる動物実験に対しても禁止の声をあげる人がいる一方で、医療の発展のためには多少の犠牲は止むを得ないという考えも理解できる。どちらが正しいかはわからないし、これからも議論は続くだろう。
ロボトミー手術は、決して歴史上忘れてはいけない、そして繰り返してはいけない出来事である。
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