国際情勢

『G7広島サミット』を振り返る ~ゼレンスキー大統領の広島訪問、その目的とは

2023年5月に開催されたG7サミット広島は、これまでの歴史の中で最も象徴的ものとなり、議長を務めた岸田総理(当時)は重要な役割を果たした。

そして、そこで最大の象徴となったのは、言うまでもなくゼレンスキー大統領の電撃的な訪日だ。

サミットが始まった当初、ゼレンスキー大統領はオンライン参加の予定だったが、急遽対面で参加するため、サウジアラビアのジッダから広島に向けて出発した。

5月20日夕方前に広島空港に到着したゼレンスキー大統領は、すぐさまサミット会場に向かい、当時のスナク首相やマクロン大統領、モディ首相などと相次いで会談した。

翌日にはサミットのウクライナ情勢や平和と安全に関するセッションに参加し、原爆資料館や平和公園を岸田総理と訪れ、最後に“戦争に勝利する”、“広島のようにウクライナの復興を目指す”という決意を世界に向けて演説の中で発信し、帰国の途についた。

そのような過密なスケジュールの中、広島に訪問したゼレンスキー大統領の目的はどこにあったのだろうか。

少なくとも大きく2つの目的があったように思う。

ウクライナと広島

画像 : G7広島サミットでの献花 2023年 ©首相官邸ホームページ

1つは、原爆投下の悲劇を受けた広島という存在だ。

当時のロシア軍は戦況で劣勢とされ、プーチン大統領の脳裏には形勢逆転を狙うため「核」という選択肢が常にあったはずだ。

要は、ウクライナは核使用という現実的脅威にさらされており、ウクライナ軍優勢と核使用の脅威は皮肉にも比例的な関係にある。

その危険性を十分に認識しているゼレンスキー大統領としては、このタイミングで世界唯一の被爆国の広島から反戦、核使用反対という強いメッセージを世界に向けて発信することで、ロシアを強くけん制する狙いがあった。

被爆地広島から核の現実的脅威にさらされている国家の大統領が核使用反対を訴えるという、極めて象徴的な出来事が5月21日に現実のものとなった。

ウクライナにとってのグローバルサウス

画像 : UNCTADによる分類。青がグローバルノース(先進諸国)、赤がグローバルサウス(発展途上諸国)。wiki c Specialgst

そして、もう1つの狙いはグローバルサウスの存在だ。

※グローバルサウスとは、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの新興国や途上国を指す概念で、明確な定義はないが主に、経済的・政治的な視点からグローバルノース(先進国)と対比される形で用いられる。

広島サミットにはG7諸国だけでなく、韓国やオーストラリアに加え、インドやブラジル、インドネシアやベトナムなどいわゆるグローバルサウスの国々が参加した。

ウクライナ侵攻以降、ロシアへ制裁を実施しているのは欧米日本など40カ国あまりにとどまり、グローバルサウスには欧米と中国ロシアのどちらにも寄り付かない国々が少なくない。

グローバルサウスの盟主であるインドも、自由民主主義という価値観を欧米と共有する一方、ロシアとの経済関係を維持している。

近年、世界ではG7の影響力が薄まる一方、グローバルサウスの存在感が強まっており、ゼレンスキー大統領には第三国的立場を維持するグローバルサウスの国々に軍事、経済的支援を呼び掛けることで、自らの陣営に引き込みたい狙いがあった。

そういう意味で、広島サミットというタイミングを利用し、多くの国々の指導者と意見を交わせたことは同大統領にとって大きな成果となった。特に、大国として台頭しつつあるインドのモディ首相と会談できたことは多かっただろう。

当然のことだが、G7広島サミットとゼレンスキー大統領の訪日について、中国とロシアは強く反発した。

中国は在中日本大使を呼び出して強く抗議するなど、対抗措置を辞さない構えを示した。

しかし、今日も同じだが、当時も自由や人権、民主主義といった価値観を共有する国々の連携が求められ、そういう意味でゼレンスキー大統領の広島訪問は全劇的かつ印象的なものだったと言えよう。

参考 : 『G7広島サミット-首相官邸ホームページ』他
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. ロンドン塔について調べてみた【イギリス屈指の観光スポット】
  2. 世界で最も恐ろしい言語とは?
  3. トランプの一国主義でASEANは中国に傾く? 〜日本はどう対策を…
  4. 「世界一出世した軍人」ドワイト・D・アイゼンハワー
  5. ハワイ島 オーラが見える洞窟の行き方【マウナラニ】
  6. 日本に中国における「パンダ」の関係 【パンダ痴漢】
  7. 「自由の女神」がある場所はニューヨークではなかった
  8. 【北朝鮮】金正恩体制におけるカネと権力について調べてみた

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

NHK「らんまん」主人公のモデル・牧野富太郎は何をした人なのか? 「植物学の父」

NHK朝ドラの主人公のモデル・牧野富太郎は、立派な植物学者だということは知られている。…

天安門事件とはどのような事件だったのか? ① 「民主化デモの始まり」

天安門事件とは天安門事件とは、中華人民共和国北京市の天安門広場で起こった事件の総称である…

【イタリア観光】永遠の愛が生き続けるジュリエットの家

『小さなローマ』という異名を持つイタリアの古都ヴェローナは、オレンジ色の屋根が、街の中心を流…

世界最強の戦闘民族「グルカ族」の歴史と強さの秘密

世界には多くの民族が存在する。その中でも戦争や戦いの中にアイデンティティを持っている民族がいくつか存…

徳川斉昭 〜「烈公」と呼ばれた徳川慶喜の実父

幕末の名君徳川斉昭(とくがわなりあき)は、徳川御三家のひとつ常陸水戸藩の藩主を務め「烈公…

アーカイブ

PAGE TOP