
画像 : 我慢は体に毒である pixabay cc0
英語圏には、直訳すると「聖なる排泄物」とも訳せるスラングが存在する。
主に驚き・焦燥・罵倒などを表現するために、口にされる言葉である。
英語圏では物事を大げさに言うとき、頭に聖なる言葉である「holy」をつけることが多々ある。
それがいつしか「排泄物」と結びつき、神聖さと下世話さが同時に響く強烈な言い回しへと変化し、日常的に多用されるようになった。
神話の世界においても「排泄物」にまつわる伝承が各地に存在する。
今回は、そうした神聖と穢れが交錯する物語を取り上げ、その背景をたどっていきたい。
伝説巨人ムボンボ

画像 : クバ族の創世神話 草の実堂作成(AI)
アフリカのコンゴには「クバ族」と呼ばれる先住民族がいる。
かつて彼らが建国した「クバ王国」は、中央アフリカにおいて絶大なる存在感を示し、現在でも芸術面において多大なる影響を残している。
そんなクバ族に語り継がれている創世神話は、非常にダイナミックだ。
かつてこの世界は水と闇に包まれており、生物はムボンボ(Mbombo)という巨人がただ一人いるだけだったという。
ある日ムボンボは、筆舌に尽くしがたい激烈な腹痛に見舞われた。
たまらず彼が嘔吐すると、なんと太陽・月・無数の星々が現れた。
吐き出された太陽はすぐさま高熱を発し、この世界の水が一斉に蒸発し始めた。
やがて蒸気が雲を形成し、乾いた地表からは丘が浮かび上がってきた。
こうして世界の土台が創り上げられたが、ムボンボの腹痛はまだ収まらなかった。
再び彼が嘔吐すると、今度はヒョウ・ワシ・ワニ・魚・カメ・黒豹のごとき怪物・シロサギ・スカラベ・ヤギなど、9種類の動物が生まれた。
この動物たちは後に、自身に似たあらゆる生物を生み出した。
そして最後にムボンボが大量の人間を吐き出したところで、彼の腹痛はようやく収まったという。
この神話においては、我々人類を含む全ての生命は「聖なる吐瀉物」なのである。
牛の聖水

画像 : 牛の聖水の蒸留システム wiki c Dr. Raju Kasambe
家畜の中でも代表的な生物といえば、牛である。
その肉や乳は貴重な食料として、皮は靴や鞄の材料として有効活用されている。
そして驚くべきことに、牛の不浄物である「小水」も、アジアの一部の地域では「聖水」として飲まれ続けているのだ。
牛のみならず、動物の小水というのは雑菌が多量に含まれている可能性があり、常識で考えれば口にするなどもってのほかである。
ではなぜ牛の小水が、単なる汚水ではなく「聖水」として扱われるのだろうか。
インド最大の宗教であるヒンドゥー教では、牛は母なる存在、すなわち聖獣として尊重されている。多くの州で牛の屠殺が禁じられているのも、その宗教的価値ゆえである。
牛の乳はヨーグルトやギーへと加工され、糞は燃料や肥料に用いられる。これらに小水を加えた5種は「パンチャガヴィヤ」と総称され、浄化や儀礼に用いられてきた。
とりわけ牛の小水には霊的な力が宿ると信じられ、一部では女神ラクシュミーとの結びつきも語られている。敬虔な信徒の中には、これを摂取することで身体や魂が清められると考える者もいるのである。
また、ヒンドゥー教と共通の起源を有する、古代ペルシャの宗教「ゾロアスター教」においても、牛の小水は「ゴメズ」と呼ばれ神聖視されている。
「バラシュヌーム」という儀式の中でゴメズは重要なアイテムとして登場し、飲んだり塗ったりすることで、清めの効果が得られると考えられている。
ゴメズは、選別された牛から採取した小水を、司祭が数日間祈祷し続けることにより完成する。
こうしてできたゴメズは発酵しており、強い殺菌作用を持つとされる。
現在でもゾロアスター教においてゴメズは重要視されているが、衛生的な観念からさすがに飲んだり塗ったりするような機会は減ったとのことである。
日本の神産み伝説

画像:伊邪那岐命と伊邪那美命 public domain
日本神話において日本列島は、男神「イザナギ」と女神「イザナミ」の二柱の神により生み出されたとされる。
イザナギとイザナミはその後、多種多様な神々を生み落とし、これらは「神産み」と称される。
神産みは『古事記』において、次のように語られている。
(意訳・要約)
イザナギとイザナミが交わるたび、イザナミの体からは様々な神が飛び出してきた。
順調に神々を出産していたイザナミだが、最後に生まれたのが「ヒノカグツチ」という神であった。
ヒノカグツチは全身が燃えている火の神であり、イザナミは彼を生み出した瞬間、大火傷を負ってしまった。
あまりの苦しみにイザナミは嘔吐し、さらには大小の不浄物を失禁してしまう。
すると不思議なことに、吐瀉物は「カナヤマヒコ」「カナヤマヒメ」という鉱山の神に、便は「ハニヤスヒコ」「ハニヤスヒメ」という土の神に、小水は水の女神「ミヅハノメ」と五穀豊穣の神「ワクムスビ」へと、それぞれ変化した。
だが、イザナミはその後も火傷の後遺症に苦しみ、哀れにもそれが原因で死んでしまった。
イザナミの死を嘆き悲しむイザナギの涙からは「ナキサワメ」なる、井戸や延命をつかさどる女神が生まれたという。
このように神聖と穢れは決して対立する概念ではなく、ときに同じ源から生まれるものとして、人類の想像力の中で結びついてきたのである。
参考 : 『マハーバーラタ』『ヴェンディダード』『古事記』
文 / 草の実堂編集部

























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