神話は、人類が長い時間をかけて語り継いできた物語である。
時代も地域も異なる人々が残した物語をたどれることには、大きな面白さがある。
しかし、そうした物語は時間とともに解釈や脚色が重なり、しばしば本来の姿から離れていく。
今回は、世に流布する神話の誤情報や俗説について見ていきたい。
謎の武器レーヴァテイン

画像 : スルトと剣 public domain
ゲルマン民族に伝わる北欧神話は、ギリシャ神話に比類し得るほどの知名度を誇る。
日本においては、ゲームや漫画などのファンタジー作品のモチーフとして、引っ張りだこである。
だがその人気ゆえに、間違った情報も多く拡散してしまっているのが現状だ。
もっとも有名な誤情報といえば、「スルトの剣=レーヴァテイン」が挙げられる。
スルト(Surtr)とは、世界の終焉「ラグナロク」の際に現れる巨人であり、手に持つ「炎の剣」を振るい、この世を焼き尽くすとされる。
一方、レーヴァテイン(Lævateinn)は鶏を殺すための武器であり、剣であるとも枝であるともいわれる。
本来このレーヴァテインと炎の剣は全く別々の武器なのだが、どういうワケだか同一視されてしまったのだ。
その理由の一つに、レーヴァテインの所有者がスルトの妻シンモラだとされたことがある。
神話によれば、レーヴァテインは悪神「ロキ」によって作られ、9つの鍵が掛かった箱に収められたのち、シンモラの手に渡ったのだという。
つまり「奥さんが持っているなら、その旦那が持っていても不思議ではないだろう」と、誰かが考えたのである。
捏造兵器ブリューナク

画像 : ルーの投げた槍が敵を殲滅している様子 public domain
ケルト神話にも、後世に広まった俗説が見られる。
その代表例が、日本で知られる「ブリューナク」である。
太陽神ルーが持つ必殺の槍で、矛先は5つに分かれ、投げれば稲妻に変わり、敵をどこまでも追尾して焼き殺すとされる。
設定が非常に魅力的だったせいか、ゲームやファンタジー作品において、ケルト神話由来の武器としてたびたび登場するようになった。
しかし、ケルト神話の原典に「ブリューナク」という名の武器は確認されていない。
日本でこの名が広まった大きな出所は、1990年に発売された解説本だとされる。
当時の日本では、ケルト神話に関する情報が今ほど手に入りやすくなかった。
そのため、もっともらしく紹介されたこの武器が、いつしか「神話に登場する武器」として受け止められていったのである。
パレスチナの祖はロバの神!?

画像 : パレス cc0
古代ローマでは、日本の八百万の神々を思わせるほど、多種多様な神格が崇拝されていた。
その一柱に、牧畜の神パレスがいる。
パレスは男性神とも女性神ともいわれ、毎年4月21日には、この神にまつわる「パリリア」という祭りが行われていた。
しかし、パレスは古代ローマの神々の中でも情報が少なく、後世にはさまざまな説が入り混じることになった。
その一つに、
「パレスはカナン、現在のイスラエルやパレスチナ周辺で信仰されていた、両性具有のロバの姿をした神であり、パレスチナという地名はこの神に由来する」
というものがある。
だが、カナンの地でパレスが信仰されていたことを示す確かな資料は確認されていない。
また、パレスは性別がはっきりしない神格ではあるが「両性具有のロバの神」とまで言い切るには根拠が乏しい。牧畜神であることから、後世に動物的なイメージが重ねられた可能性はあるが、原典でその姿が明確に示されているわけではない。
さらに、パレスチナという地名がパレスに由来するという説も疑わしい。
「パレスチナ」という名称は、カナン南部に定着したペリシテ人と結びつけて説明されることが多い。ペリシテ人が住んでいた地域を、古代ギリシャ人が Palaistínē と呼んだことが、パレスチナの語源になったというのが通説である。
一方、ローマの神パレスの名は、ラテン語で「養う」「草を食う」などを意味する pascere と関係すると考えられている。
つまり、パレスとパレスチナは名前が似ているだけで、両者を直接結びつける根拠は乏しいのである。
もちろん、古代の神話伝承には失われた資料も多く、すべてを断定することはできない。
だが少なくとも、現在確認できる原典や研究の範囲では、レーヴァテイン、ブリューナク、パレスをめぐる有名な説明の多くは、後世の解釈や創作によって膨らんだものと見てよいだろう。
参考 : 『フィヨルスヴィズの歌』『Undersökningar i germanisk mythologi』『虚空の神々』
文 / 草の実堂編集部

























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