江戸時代

そろばん教室の開祖・毛利重能【昔は割り算九九があった】

和算」、あまり聞き慣れない言葉ですね。これは江戸時代に日本独自に発達させた「数学を指します。

もっと簡単に言えば、誰もが学んできた「数学」のことなのです。

実は「和算」の発達が「そろばん」の普及からだということをご存知でしたでしょうか?

日本へきた「そろばん」

そろばん教室の開祖・毛利重能【昔は割り算九九があった】

そろばんは、遠く4000年前のメソポタミア地方の‘砂そろばん’が始まりです。砂の上に線を引き、小石を並べて計算しました。(中国では小石を木に置き換えて計算)

日本では平安時代に「算木(計算用具)」が存在し、足し算・引き算・かけ算・割り算の計算が行われています。

そろばんが日本に伝わったのは室町時代末期のことで、シルクロードを通って日本の長崎や大阪の堺に届きました。
その頃は今と違い、「5珠2個・1珠5個」の中国式そろばんで、安土桃山時代に「5珠1個、1珠5個」となっています。

大正時代になると珠の数「5珠1個、1珠5個」、昭和になると「5珠1個、1珠4個」の「4つ珠そろばん」が誕生します。

※昭和以降に日本で一般的になったタイプのそろばん。五珠が1つ、一の珠も4つある。wikiより

シンプルで使いやすさ抜群、珠が少なくなり、頭の中で計算しながら珠を動かすといったイメージも必要になりました。自然と暗算の要素が加わったのです。

これが現在に至る「そろばん式暗算」の始まりです。『2014年そろばんは「世界遺産」にも登録(中国)』

日本最古のそろばん

・「四兵衛重勝拝領
1591年に黒田二十四騎の一人、久野重勝が豊臣秀吉から褒美として贈られています。※大阪の雲州堂にて保管
それまでは1592年の文禄の役で、前田利家が陣中でそろばんを使用したとの記録が残っています。

毛利重能(もうりしげよし)とは?

そろばんが伝わって、江戸時代には難しい計算もできるようになり、「和算(日本の数学)」が発達します。

ところで、和算発達に欠かすことの出来なかったそろばんを、ここまで普及させたのは誰でしょうか?

それは「毛利重能」です。江戸末期の和算家で、生まれは摂津国武庫郡(兵庫県)瓦林。
そろばんを広めるきっかけは京都にありました。今もその証が京都の「二条京極珠算道場跡」として残っています。

「二条京極珠算道場」の起こり

そろばん教室の開祖・毛利重能【昔は割り算九九があった】

※角倉了以によって開削された運河、高瀬川 wikiより

角倉了以(すみのくらりょうい : 京都の豪商)が開削した京都の高瀬川から、毛利重能のそろばん普及は始まります。

木屋町二条の高瀬川「一の舟入」には、数多くの倉が建並んでいました。豊臣秀吉から許しを得て海外貿易などを行い豪商となった角倉了以は、勘定方に「毛利重能」を招きます。

そろばんを使いどれだけややこしい計算でも、サラサラとこなす毛利重能に、角倉了以は一目おき、かなりの信頼を寄せるようになりました。

他にも当時の算額者の吉田光由・今村知商・高原吉種も呼ばれましたが、3人共そろばんは使えず、毛利重能の弟子となってそろばんを学んだのです。

これに重能は、‘’今後の日本の経済発展のためにそろばんは必要。たくさんの人に使い方を指導するべき’と考え、角倉了以に頼み事をしました。

「道場を開くために、倉を一つ使わせてほしい」

こうして重能は、「割算之天下一」を看板に、日本最初のそろばん道場「二条京極珠算道場」を開き、数多くの人たちにそろばんの使い方や和算を教え、瞬く間に全国に広まりをみせたのです。

弟子となった3人は江戸時代を代表する和算家として、有名な著書も残しました。
1627年、吉田光由は「塵却記(じんこうき)」
1639年、今村知商は「竪亥録(じゅがいろく)」
高原吉種は後に和算を発達させた算聖「関孝和」を育てています。

そろばんの普及がなければ、今の日本の数学はここまで発達しなかったかもしれません。

「割算書」

毛利重能が残した算学著書も四種ありました。

・帰除濫觴(きじょらんしょう)
・割算見明星(わりざんけんめいぼし)
・割算極意
・割算書

しかし、この中で今も残るのは1622年に刊行された「割算書」のみになります。和算書としては現存最も古い書物です。(日本最古の算術書は「算用記」)
内容は、割算をそろばんで簡単に行う方法や「割算九九(下記でご紹介します)」が書かれています。

実践数学(絹布・米の売買、金・銀の両替、検地や測量、利子の計算方法、面積や体積、円周率(ここでは3.16))のまとめなども書かれ、ここにうまくそろばんを生かしています。

「割算九九」はそろばんでの計算向き

かけ算の九九」なら小学校で習って暗記しましたが、「割算九九」があったなんて!と驚いてしまいます。

奈良時代には「九九」を使ったうたがあり、すでに「かけ算九九」はあったようです。「割り算九九」は鎌倉時代に中国で生まれて、毛利重能が日本へ持ち帰りました。日本では江戸時代には、どちらの九九も学ばれていたようです。

「割算九九」とは名の通りで割算で使う九九をいいます。

毛利重能が書いた「割算書」にも記され、
例えば…

1÷2=0.5(五分)なら、「二一添(天)作五」

「2でもって1を割れば答えは0.5(五分)になり余りなし」という意味です。
「割る数、割られる数、割った答え」といった形で表記されていることになりますね。
「天」は「5珠を下げて5になる」とする。
「作」は「1珠を全て下げて5になる」とする。

正直難しい…と思ってしまう方が多いようですが、それは「割算九九」がそろばん珠を弾く動き(珠算による割算方法)のため理解しがたく、難しく感じてしまうのが原因のようです。
しかし、そろばんで計算出来ても、語呂合わせを覚えるだけでもなかなか難しそうに感じてしまいますね…

昭和に入ると「和算九九」は使われなくなり、変わって「商除法」が取り入れられています。

8月8日はパチパチで「そろばんの日」

語呂合わせで8月8日は「そろばんの日」です。昭和51年に、珠をはじく音の「パチパチ」から定められました。とても覚えやすくて、思わず「なるほど」と頷いてしまいます。
毎年、この日には『全日本珠算選手権大会』が開かれています。
2019年は、京都府の「国立京都国際会館」が会場となりました。

珠算暗算技能日本一が決定されるため、この大会に向けて一年間、みっちり練習を積み重ねてくる強者ばかりです。
珠算・暗算の個人総合競技から、都道府県対抗戦、各種目別に競われ、会場中に「パチパチ」と珠をはじく音が響きわたります。

スピードと正確さ、そして緊張した中、どこまで集中力が続くかの勝負は、まさに自分との闘いです。

まとめ

今では電卓が普及され、計算するにも数字を打つだけで答えが出るといった便利な時代です。

しかし、普段何気に使っている数学(計算や測量など)は、そろばんなしでは発達しなかったと思うと、改めてすごさを感じました。最近では、新しくフラッシュ暗算も取り入れられた教室も増え、再び注目を浴びる機会がやってきました。

もう一度そろばんブームを!!ぜひ、楽しみに待ちたいものです。

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コメント

    • ヒフミヨは△廻し□なる(コンコン物語)
    • 2025年 7月 30日 9:26pm

     ≪…「2でもって1を割れば答えは0.5(五分)になり余りなし」…≫こそ、数の言葉の世界の根本だ。

     数の言葉ヒフミヨ(1234)の自然数を大和言葉の【ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と】の平面(√ 2次元)からの送り返しモノと、十進法の基における桁表示の西洋数学の成果の符号からの送り返して来たモノとで眺め(『HHNI眺望』す)るとオモシロそうだ・・・
     
     高見神社(北九州市八幡東区)の算額の[ √7 ]から、全て(∀)の [ √1 √2 √3 √4 √5 √6 √7 √8 √9 √10 ]の[シンタックス](算数 数学)と[セマンティックス](国語)を想う・・・

     8月8日に「そろばん祭り」からこんな記事を見つける。

     「春の川を隔てて 男女哉 漱石」の句碑に山口昌哉氏が関わている。山口昌哉氏は、【カオス】の研究者なので数の言葉ヒフミヨ(1234)を十進法の基における西洋数学の成果の符号(e i π ∞)の数学からの送りモノとしてカオスな【1】【0】の役割をチョット数学共同体からパラダイムシフトして眺めたい。
     漱石の「草枕」は、文学的な眺めからの数学の教科書だ。
    句碑の本句取りから、
    銭(数)の川を 隔てて 膠鏘音 
    (がま口の 閉じ開けごとに 膠鏘(きゅうそう)音)

     月日をそろばん(4、1)のパチパチ(8,8)から漱石忌(12,9)へ
    8,8と隔て弾き漱石忌

     8月8日は、そろばんの日でがま口の日・・・
    ヒフミヨの日も潜ませたい。

    数の言葉ヒフミヨ(1234)の風景は、3冊の絵本で・・・
     絵本「哲学してみる」
     絵本「すうがくでせかいをみるの」
     絵本「もろはのつるぎ」

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