日本からニューヨークへ。
およそ40年前、この距離を一気に縮めた大イベントがあった。それが、東京~ニューヨークが旅客機の直行便で結ばれたことである。当時の飛行時間はおよそ14時間。
そして、現在。航空機の技術は目覚しく進化し、「大きく」「安全に」「快適に」なった。だが、唯一変わらないのが飛行速度である。東京~ニューヨーク間は今も14時間のままなのだ。
その理由は、飛行機が音速を超えるときに発生する大騒音、「ソニックブーム」にあった。では、解決法はないのだろうか?
ソニックブーム に挑む
ソニックブームさえなければ、超音速旅客機は技術的に飛べる。現在の速度の2倍、マッハ2.0で飛べればニューヨークまでは約7時間。札幌までは1時間もかからない。問題はやはりソニックブームにあるのだが、その研究は東京三鷹市にある「JAXA 調布航空宇宙センター飛行場分室」で行われていた。
ここでは、環境にも配慮した超音速旅客機を実現するために、模型を使って試験をしている。さらに、ソニックブームを聴くことのできる装置もあるのだが、仮に上空18,000をマッハ2.0で飛行した際のソニックブームが再現できるというわけだ。作動させると2回の爆音が響く。その音は、騒々しい工場などと同じレベルの90デシベル。
しかし、凄いのは音だけではない。ソニックブームが発生するときは、機体が周囲の空気を押しのけるため、空気の塊となって聴く者を振るわせるのだ。
空気の塊
ソニックブームを攻略するためのキーワードは「空気の塊」だと研究者はいう。
なぜ超音速になると空気の塊となるのか見てみよう。マッハ0.5、つまり音速以下なら飛行機を中心に、空気は波となって同心円状に広がっていくだけだ。ただ、機体の先端部分の空気は圧縮されて、空気の密度が高い部分が発生する。やがて、波紋のように密度の高い部分は拡散される。これが音速のマッハ1.0だとどうなるか。
空気の波は音速より速くは動けないため、空気の波は機体の速度と同じということになる。そうなると機体の先端部分の空気は、より圧縮されて密度はさらに高まる。そして、マッハ1.5では、先端部の空気はさらに圧縮され、マッハ2.0では、強く圧縮された空気が波紋上に広がり、地上にいる人間の鼓膜まで震わせるのだ。
1回目は、機体先端から発せられた音。2回目は、機体の後部は空気が薄い(気圧が低い)のだが、それが元に戻ろうとしたときの音だった。
世界初の超音速旅客機
地球に空気がある以上、ソニックブームが起こるのは仕方がない。そこで登場するのが、このような形状の超音速旅客機「コンコルド」である。
史上初めての超音速旅客機だった。
1962年に開始されたコンコルド計画は、英仏協力のもとマッハ2.0を目指して開発が進められた。コンコルドのシンボルにもなった極端に尖った機首と、真っ直ぐで細い胴体は居住性を犠牲にする代わりに衝撃波を最小限にするために考えられたデザインである。
そして、1969年にコンコルドは運用開始となるのだが、ソニックブームの壁を超えられなかったことから、すぐに地上上空での音速飛行は禁止されてしまう。
2000年には大規模な事故が起こり、それを切っ掛けとして、2003年にはコンコルドは退役となり、大空から姿を消した。当時としては最先端の技術で作られたコンコルドは、ソニックブームの規模も小さくはなったが、それでも地上で許容される範囲を超えていたのだ。
D-SEND#2
コンコルドの商業的失敗を受けて、飛行機の進化は大型化、居住性、安全性に重点を置かれるようになったが、近年になり再び超音速旅客機を開発しようという動きが高まっている。
コンコルドがソニックブームを解決できなかったのはなぜなのか。JAXAでは、最新のコンピューターシミュレーションを駆使してコンコルドから出る衝撃波を解析した。
その結果、コンコルドの形状では機体の下方で予想以上の衝撃波が発生していたことが判明する。しかも、さらに意外な事実も明らかになった。機体の各部で発生した衝撃波は、地上へ到達するまでに少しずつ減衰していくが、機首から発生した衝撃波に翼で発生した衝撃波が追いつき、合体したために衝撃波は減衰することなく地上へと届いていたのだ。
それを克服した形状が、D-SEND#2(ディセンド2)である。
この機体には様々な工夫が凝らされているが、衝撃波を分散させて合体させないようにデザインされている。
衝撃波が4分の1に!
そのひとつが、機首の先端であえて強い衝撃波を発生させ、後続の衝撃波が追いつかないようにしていることだ。このデータをもとに50人乗りの機体でシミュレーションしたところ、衝撃波は4分の1にまで減少した。
だが、それはシミュレーションの話である。そこでJAXAは2013年に全長8m、重量1トンの実験機で実験を行ったが、失敗と延期を重ねて、2015年にようやく成功。実験結果がシミュレーション通りだったことを発表している。実験機にはエンジンがないため、高度30kmまで気球で持ち上げて、滑空させて音速を突破させた。
しかし、超音速機の研究はこれだけではない。東北大学の研究チームでは複葉機に注目した。上下に2枚の翼を持つ複葉機で衝撃波が発生した場合、互いの衝撃波が相殺されることが分かったのだ。その結果、機体そのものが2枚の翼で構成されたような形状となった。
こうした技術は日本が世界に先行しており、近い将来、日本で設計された超音速旅客機が世界を短時間で結ぶことになるかもしれない。
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