自然&動物

【船を沈没させる方法を学んだシャチ】 ホワイト・グラディス ~「学習型シャチとは」

シャチの群れに襲われた帆船が沈没

画像 : シャチ イメージ

高い知性と狩りの才能を持つことで知られる海の帝王、シャチ

2023年10月31日、ヨーロッパ南西部にある、大西洋と地中海を結ぶスペインとモロッコの間のジブラルタル海峡モロッコ沖で、中型帆船が約1時間にわたってシャチの群れに襲われ、沈没した

沈没したのは、ポーランドのクルーズ会社モルスキー・マイルが所有するグラツィエ・マンマ号である。

ホワイト・グラディス

画像 : 中型帆船 イメージ

シャチの群れは、船の舵板に繰り返し体当りして大きな損傷を与え、船体に水が浸入。

グラツィエ・マンマ号はモロッコ海軍の援助を受け曳航されたが、モロッコのタンジェ・メッド港に入港した際に沈没してしまった。

乗客は、船が沈没する前に救助ボートに避難し、全員無事だという。

シャチのトラウマによる復讐の可能性

2020年以降、ジブラルタル海峡とイベリア半島沖の周辺海域では、シャチによる船への襲撃事故が数十件、報告されており、船旅に出る人々を不安と恐怖に陥れている。

シャチの襲撃によって沈没した船は、これまでに3隻。

2022年に2件、2023年5月に1件、そして6月には15分間の襲撃で船の舵板が引きちぎられ、幼いシャチが持ち去ってしまったという。

学術誌『Marine Mammal Science』2022年10月号に掲載された論文によると、舵板を執拗に狙って破壊し泳ぎ去るという共通する手口から、これらの襲撃は同じシャチの群れの仕業であると推察。

リサーチを進めると、犯人は「ホワイト・グラディス」と名付けられたおとなのメスが率いる9頭の群体で、彼女は過去に船との衝突事故に巻き込まれたトラウマを負っており、その時の復讐をしている可能性が高いという。

アメリカ・アラスカ州で野生のシャチを追跡調査している非営利団体『North Gulf Oceanic Society』の野外生物学者ダン・オルセン氏も、

「シャチの群れが攻撃しているのは、必ず帆船の舵ばかりだ。

過去に、メスかその子どもが船のスクリューや舵で怪我を負ったことから、一連の襲撃を始めたのではないかと考えられる。」

と語っている。

9頭のシャチのうち、おとなはホワイト・グラディスだけで、若いシャチたちは彼女の真似をしていると考えられている。

海外の科学系ニュースサイト『LIVE SCIENCE』は、

「シャチは船を攻撃する方法を学習しているのではないか?

シャチが、他の個体に与えるダメージを最大化する方法を教えている様子を見たと証言する目撃者もいる。」

と報じている。

サメの肝臓だけを食いちぎる2頭の美食家シャチ

実は、ここ数年で専門家たちが注目している「学習型シャチ」の襲撃行動の対象は、帆船だけではないという。

2017年以降、南アフリカ・ケープタウンの海岸に、数十匹単位のエビスザメやホオジロザメの死骸が定期的に打ち上げられている。

画像 : ホオジロザメ ccTerry Goss

調査の結果、サメは意図的に肝臓だけが食いちぎられており、他の臓器は無傷という奇異な状態で殺害されていることがわかった。

犯人は、「ポート」と「スターボード」と呼ばれる2頭のオスのシャチであることが判明しており、サメの肝臓はとくに脂肪分が豊富で栄養価が高いため、この2頭は美食家であると考えられている。

そして、2023年10月17日、オーストラリアでも同様の行為が記録されたという。

サメもまた、海の魚たちはもちろん人間さえも捕食されることを恐れる海の王様だが、それをも上回る2頭の帝王に彼らは無惨に食い荒らされていたのである。

学習型シャチたちの襲撃の目的は「遊び」?

帆船に恨みを持つヨーロッパのメスシャチ「ホワイト・グラディス」、南アフリカの美食家シャチ「ポート」と「スターボード」を始め、世界中で学習シャチによる襲撃が蔓延している可能性が示唆されている。

その一方で、彼らの襲撃の目的が「遊び」の可能性もあると、書籍『The Killer Whale Journals(シャチ日誌)』の著者、ハンネ・ストレーガー氏は語っている。

ストレーガー氏は、2022年11月にヨーロッパで沈没した帆船に乗っていた生物学者を取材し、

「彼は『シャチに攻撃されているようには感じなかった。』と話している。

日頃から動物と触れ合っている生物学者は、動物が攻撃的になっているかどうか判別がつくものだ。

シャチに襲撃された生物学者が『攻撃性を感じなかった』とする証言は、研究に値する。

シャチが遊びの一貫として帆船やサメを襲っている可能性は十分に考えられる。」

と述べている。

シャチの生態や知性について、専門家による今後のさらなる研究が世界中から期待されている。

参考 : Orcas sink another boat in Europe after a nearly hour-long attack  | LIVE SCIENCE

ハンネ・ストレーガー著The Killer Whale Journals』(シャチ日誌)

 

アバター画像

藤城奈々 (編集者)

投稿者の記事一覧

ライター・構成作家・編集者
心理、人間関係のメカニズム、スピリチュアル、宇宙
日本脚本家連盟会員

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 最初に世界遺産に登録されたものは何なのか?
  2. 『暑すぎて美女が発狂!』100年前の熱中症エピソードを紹介!
  3. 【奇跡の鶏マイク】 頭部を失った鶏が、なぜ1年半も生きたのか?
  4. 世界の森林面積は陸地に対して何割なのか?
  5. 19歳で双子パンダを初出産した香港のパンダ 盈盈(インイン)※人…
  6. 世界で一番長生きな昆虫について調べてみた
  7. 【4億5千万年前から存在した吸血魚】ヤツメウナギの生態 ~意外と…
  8. 猫の祖先・歴史について調べてみた

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【参院選2025】日本人ファーストを掲げる参政党。急伸の理由は?街頭演説現場リポート

「日本人ファースト」を掲げて活動する参政党は、2020年の結党以降、一定の支持を集めて急速に存在感を…

【近代から現代へ】 第一次世界大戦とアメリカの参戦理由 「ウィルソンの理想主義が大衆社会を招いた?」

第一次世界大戦とアメリカの登場第一次世界大戦は、近代と現代を区分する重要な分岐点として歴…

『三国志前半最大勢力』袁紹が命を落としかけた「界橋の戦い」とは?

袁紹を天下人候補に押し上げた戦い三国志の序盤における主役候補として、袁紹(えんしょう)の…

江戸幕府最後の老中「板倉勝静」と天空の城「備中松山城」

時代に揺れる備中松山藩幕末の備中松山藩主の板倉勝静(いたくら かつきよ)をご存じでしょう…

28歳の若さで亡くなった家康のイケメン四男・ 松平忠吉とは

松平忠吉とは松平忠吉(まつだいらただよし)とは、徳川家康と側室・於愛の方(西郷局)との間…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP